004_言わなければ分からない≒罠。
そもそも言葉による対話がコミニュケーションが主に使うしかないという状況が罠になっているように見えるんわけだよ。
必ず誤解するような仕組みになっているのにそれを使うしかないということは、これはまあ、不具合がそのままになっているということであり、それを仕様であると誤魔化しているというか、納得させられているということであり、そこに、悪意を感じることは確かではあり。
ただ、それは悪意ではなくただ単に能力が足りていないのではないかというとそれはその通りではあり、オッカムの剃刀とかなんとかの話になっていく、んじゃないかなとも思う。
ただそれは劣っているのではなく劣らせられているというか伝わらないということ自体が目的で正しい状態ではないかという発想もあるわけであり。
伝えるべき道具が誤解を生む状況が正しいのであるというのはどういうことであるかというと、それはもう誤解が正しく生まれるように作られてきたということであるのではなかろうかという逆転の発想ではあり、ただ、これはそれほど目新しい発想dもないわけではあるが。
その誤解というあたり、伝わらないという事象そのものが何かのエネルギーと生み出している可能性があり、それを食べている?生き物?のようなものがいるのではなかろうかとなると、ちょっと珍しい発想になる、かもしれないわけではある。
いるかどうかという話であるならば、おそらくいるのではなかろうかなと、となるのは、それに思い至った瞬間に生まれるような、存在であるのではなかろうかという、情報を主体にしているというか、それに関わっている、ただ領域が少しばかりずれているという存在?は、概念が生まれた瞬間に遡って存在したことになる、という話であり、まあ、これもそれほどめずらしい発想ではない、のではなかろうかなとか思うわけである。
ついてきているかな?いやまあ、振り落とす気持ちが満載であるかというと、少ししかないのではあるけれども。
ある意味正しく狂っている理論というか発想ではないかという恐れも僅かにあるわけではあるけれども、自らを客観視できている状態であるので、まだ、大丈夫なのではなかろうかという期待はある。
いや大丈夫ってなんなのであろうかな?




