トカゲのしっぽ~恋愛編~
まだ出会っていない愛するひとへ
私はここに居ます。どうか私を見つけてください。
私の名前は橋本千春二十七歳、総合病院で看護師をしている。
私は今見知らぬ部屋の片隅に身を隠している。
なぜ私がこんな事をしているのか自分でもわからないけどただ言えるのは同じ部屋に私の他に見知らぬ男女が二人居て、その二人が揉めているという事、そしてその二人に私の存在を気づかれてはいけないという感覚だけがあった。
「俺は、あいつの事なんか一度も好きだったことなどないあいつがしつこく勝手に俺につきまとっていただけなんだ」
「ならそれを証明して。私の目の前でその女を捨てなさいよ。」
「わかったよ。」
修羅場に遭遇し思わずビックリして声が出そうになる口を慌てて両手で塞ぎ目をギュっと閉じた。その瞬間私は誰も居ない駐車場に瞬間移動してしまった。するとさっき揉めていたはずの男女が私に向かって真っすぐ近づいて来る。私の前に立った男は連れの女の前で私を思いっきり突き飛ばした。
「つきまとわれて迷惑してたんだよ失せろ」
男は冷たく言葉を吐き捨てると連れていた女の手を引いて私の前から立ち去っていった。突き飛ばされた私は地面に転がった。目の前に広がるコンクリートに男女の足が段々と小さく遠のいて行く様子をただ見つめるだけで私はその場から動けず溢れる涙で視界が歪んでいった。
「ピピピピーピピピピ」
目覚ましのアラーム音で私は目を覚ました。
「今の何だったの?」
知らない男に突き飛ばされた感触がリアルに体に残っていた。冷たく濡れた枕は頬に貼りつき自分の顔に手を当てた。
「私はなんで泣いてるの…」
訳が分からないのに反して胸がギュウッと締め付けられる感覚に襲われた。
布団を抱きしめ嗚咽しながら自分でもなぜ、嗚咽するほど泣けるのか理解出来なかった。
ただ自分の体の奥底から心が痛いと溢れてくる。
その悲痛な叫びが涙となり私の心を揺さぶった。
ひとしきり泣いて落ち着きを取り戻すとベッドから降りてカーテンを開けた。
眩しい朝日が窓から差し込み現実の世界が私に仕事へ行く身支度をするように駆り立てた。
「なんであんな夢を見たのだろ…」
洗面台の鏡に映る自分の泣き腫らした顔に思わずため息が出る。職場に行くと皆が私とすれ違う度に二度見して来た。そんな中、一人の同僚が声を掛けてきた。
「千春、大丈夫?失恋でもした?目が腫れてるよ」
「失恋⁈そんなのしてないですよ。失恋する相手もまだ居ませんから」(笑)…
千春は笑ってその場をやり過ごしたものの朝礼の際、みんなの視線が痛かった。
この居心地の悪さを打ち破ってくれたのは看護師長だった
「今日は、一日入院の方が一名居られます。その方の担当を橋本さんお願いします。他は通常業務で皆さん宜しくお願いしますね。」
「はい」
それぞれの持ち場に着き一日が始まる。
「今日は入院予定の患者さんの担当かぁ気持ちを切りかえて頑張ろう」
自分に言い聞かせながら入院される方の迎えに外来へ降りた。
「おはようございます。今日入院される方のお迎えに来ました」
外来の看護師から申し送りを受ける。患者の名前は川田兼二28歳の男性。今から患者のもとへ向かう。
「川田兼二さん」
患者の名前を呼びながらその患者の顔が見える所まで来た時、私の足はすくんでしまった。それはこの患者の顔に見覚えがあったからだ。
「えっ嘘…」
そこに居たのは夢の中で私を突き飛ばした男とそっくりだった。
「怖い…」
思わず口から出てしまうほど夢で突き飛ばされた衝撃と恐怖が一瞬でよみがえった。そんな私をよそに川田は迎えに来てくれた看護師が私だと気づいて川田の方から私に近づいて来た。
「川田兼二さん?」
「はい川田です今日はよろしくお願いします」
「私は川田さんの担当をさせてもらう橋本ですよろしくお願いいたします。では病棟の方へ上がりましょう」
なんとか平静を装ったけど心臓の鼓動が川田に聞こえてしまうのではないかと思うくらい大きな音をたてていく。
エレベーターに乗って病棟まで上がる数十秒がこんなに長く居心地が悪く感じたのは初めてだった。
出来るだけ最小限に最低限のかかわりだけにとどめよう、そう自分に言い聞かせた。
そんな私の思いも知らず川田はチラチラ私の顔を覗き込み話しかけて来た。
「橋本さんって可愛いね彼氏とか居るの?」
「あの‼そう言うのやめてください」
「あっごめん悪気はなかったんだ」
「あっいえ私の方こそ感情的になりすぎてごめんなさい。でもそう言うの本当に困るんで…」
「あの…」
気まずい雰囲気と川田の言葉を遮るようにエレベーターの扉は開き病棟に着いた。
「ではこのまま病室へご案内しますね。」
「あの橋本さん」
「はい」
「あっいえ何でもないです」
確実に何かを言おうとしていた、でも今の私には無理、夢であんな酷いことをして来た人とそっくりな人が目の前に現れた。
それだけで私の頭の中はパニック状態だった。
それを必死にバレないように振舞うだけで私には精一杯。そうこう思っている間に川田の部屋の前に着いた。
「一日入院で個室希望とのことなので、お部屋はこちらです。部屋には洗面やトイレも付いていますのでご自由にお使いください。後で点滴をしに行きますね。あと何かありましたらこのナースコールを押してください。」
「はい…」
何か言いたそうな川田だったが私は早くこの場から立ち去りたかった。
ナースステーションに戻り点滴の準備を始めると今日の注射担当の田畑に声をかけられる。
「それ今日の入院の方の?」
「そう今から行くとこ」
「それ私が行ってあげようか?橋本さん他にもやることがあるでしょう」
「ありがとう。そうしてもらえると助かる」
内心私はホッとした川田との関りが一つでも減ってくれたことを。私はカルテに看護記録を記入し午後からオペ室へ送り出す準備や確認をしていると田畑が川田の点滴をして帰って来た。
その田畑の顔はどこかいたずらっぽい顔で私に話しかけて来る。
「ねえ橋本さんって川田さんと知り合いなの?」
「いいえ今日が初対面ですけど」
「あっそうなの?川田さん橋本さんのことすごく聞いてくるから」
「私のことを?何て聞いて来られたんです?」
「橋本さんには彼氏はいるのかとか、どんなタイプが好きなのかとか、だから彼氏は今いないし好きなタイプはわかんないから自分で聞いてって言っといた」
「なんでそんなに私を気にするんだろう怖いよ」
「え?橋本さんって鈍感なの?川田さんが橋本さんの事を好きだからに決まってるじゃない」
「それはないない。さっき会ったばっかりですよ」
「恋に時間は関係ないよ」
田畑はそう言って私の肩をポンと叩くとまた仕事に戻って行った。田畑が言うことが本当だったとしても私は絶対に川田とは付き合ったりしないと決めている。このまま何も起こらず川田に退院してもらう今はそこに意識を向け私は午後の川田のオペだしへと川田の病室へ行った。
「川田さんそろそろ手術室に入るお時間となりました。手術室に入ってからを軽く説明させて貰いますね、まず手術室に入ったら心電図をつけてもらい点滴から静脈麻酔を入れて行きます。その後川田さんが寝ている間に親知らずの抜歯を終え麻酔から覚醒させてこの病室へまた戻って来るという流れです。何か分からない点や気になることはありませんか?」
「いえ特にはないです。橋本さん明日退院する時にお話があります。」
「話?」
嫌な予感がした、でも何も気にしていない態度を取らなければと咄嗟にニコっと笑ってみせた。
「退院時ですね、わかりました。それでは手術室に行きましょう」
川田をオペ室へ送り出すと川田から話があると言われた事が思い出され憂鬱になった。
そんな私の気も知れず川田の抜歯のオペは無事に終わり病室へ戻って来た。
夜からは食事も出て私は日勤の勤務も終わり一日目の川田との関りは何事もなく終えることができた。
私は家に帰ると倒れこむ様にゴロンと横になった夢で見た男にそっくりな川田との出会いに疲れたのかいつの間にか眠ってしまった。
「君が川田君か」
「はい、社長」
「君は今お付き合いをしてる人は居るのかね?」
「はい彼女が居ます。」
「そうか…実は家の娘が会社で君のことを見かけてえらく気に入ったと言って居るんだが…」
「せっかく気に留めてもらえたのに申し訳ありません。」
「いやいやいいんだよ。君みたいないい青年が娘婿になってくれたらと勝手に思っただけだから気にしないでくれ。」
川田は社長に頭を下げそんな川田の肩を社長はポンポンと叩いて行ってしまった。
「ピピピピーピピピピ」
朝のアラーム音で私は目が覚めた夢に川田がまた出て来て何だか心がモヤモヤした。
でも今日で川田が退院して行けば私のモヤモヤした気持ちも晴れると気合を入れて身支度をして病院へ出勤した。
病院へ着き川田の病室のドアを開けるとドア越しに立つ私の方に川田は振り返った。その瞬間、川田の顔がパッと輝いたのをみて不覚にもドキっとしてしまった。
「おはようございます。川田さん今日は退院ですね昨日は口の中や顔の痛みなどありませんでしたか?」
「はい、やっぱり寝ている間に抜歯してもらったお蔭で変に力が入ったりせずにいれたからか顔もほとんど腫れずにすみました。」
「そうでしたか良かったですね。それで今日の退院にあたり入院費の支払い精算書が九時半頃に出来上がりますのでその後ならいつでも退院されてよろしいですよ。」
「はい、わかりました。あの橋本さん」
「はい」
「昨日言った退院時に話があると言った件ですが今話してもいいですか?」
「はい何でしょう?」
おもわずゴクリと唾を飲み込み川田の顔を見たその顔は真剣そのものでその緊張感が私にも伝わって来て川田から目が離せなくなった
「橋本さん俺と付き合ってください」
「えっと何処へついて行けばいいですか?」
嫌な予感は当たってしまった。咄嗟にとぼけた事を言ってはぐらかしてしまった。
「いや橋本さんそういう事を言ってるんじゃなくて俺の彼女になって欲しいって意味です」
私に告白して来た川田の顔は本気に見えた。とても私をからかったり、騙してる様には見えなかった。でも私は言うしかなかった。
「私のこと好きですか?昨日会ったばっかりなのに」
「はい好きです」
「そんなの信じられません。からかうのやめてください。」
「からかってません。返事は今すぐじゃなくていいから、真剣に考えてみて欲しい。」
「わかりました。ちゃんと考えてみます…でも期待しないでくださいね」
「大丈夫、俺たちは付き合う事になってるから」
「えっ?」
何なのこの人ちょっと顔が良いからって自分には振られる選択肢がないとでも思ってるの?あの自身はどっから湧いてくるの?色んな感情が込み上げてくるのを押さえて川田に後日返事をすると約束して川田は退院していった。
私は川田と約束をして真剣に川田と付き合うか考えてみる事にした。
でも私が川田と付き合えば私は川田に突き飛ばされて捨てられる…でもあれは夢、もしかしたら夢は逆さで幸せな未来になるかも知れない冒険してみるべきか守りに入るべきか悩んで中々返事が出来なかったそんな中、久しぶりにあの夢を見た。会社みたいな場所で前に夢で見た女が川田に必死に絡んでいた。
「どうして私じゃダメなの?私はあの女より綺麗だしお金持ちよ、なのにどうして」
「俺は…」
「ピピピピーピピピピ」
アラーム音で目が覚める。川田は何を言いかけたのか気になった。何で良い所で目覚ましが鳴るのよと気づけば目覚まし時計をバシバシ叩いていた。
目覚まし時計を叩く指の痛みにハッと我に返った。私は川田の事が気になり出していた。
「どうしよう返事」
頭を抱えながら枕に顔を埋めた。
最近の私は職場と家の往復で疲れ切っていた私とは少し違っていた、気づくといつの間にか川田の事を考えていた。
ため息を吐きながら家路に向かっていると前方から私を呼ぶ声にパッと顔をあげる。
「橋本さん」
満面の笑みで私に手を振っている川田が居た。
そんな川田にペコっとお辞儀をしてみせた。川田は私に走り寄って来ると偶然会えた事に体全身から喜びを滲ませていた。そんな姿が可愛くて思わずクスッと笑ってしまった。
「あっすみません笑っちゃって、なんだか自然体でいいなぁって思って」
「橋本さんの事を考えてたら目の前に橋本さんが見えてこれは運命だとすごく嬉しくなっちゃって」
川田は少し照れたように真っ直ぐ気持ちを口にするその言葉に私の顔もだんだんと赤くなってしまった
「橋本さん、もしこの後時間があれば一緒にお茶でもしませんか?」
「はい私も川田さんにお返事をしなくてはと思っていたので行きましょう」
ばったり出会った場所から近場のカフェに入った。川田と向かい合って座りコーヒーを注文する。
私のことを愛しそうに見つめて来る川田と目が合い私の鼓動は音をたて始めた。
私はドキドキしている事を悟られたくなくて川田が見つめて来る視界からちょっと顔をずらしてみる。川田は微笑みながら、ううんと首を横に振る。まるで俺は君の後ろを見たいのではなく君だよと言われている様だった。
この何ともくすぐったい状況を私は変えるため口を開いた。
「この間の返事ですが、一つ聞いてもいいですか?もし私たちが付き合いだしたとして、他に好いよって来る人が川田さんに現れたらどうしますか?」
「もしそうゆう人が現れたら断る。俺は」
「でも断りたくても断りづらい相手、上司の娘さんだったり、出世が関わってくる状況だとしたら?」
「俺は好きでもない人と付き合ったり結婚出来るほど要領は良くない」
「何で私なんです?」
聞きたい事が次から次へと出て来て質問攻めにしそうになる時ちょうど店の人がコーヒーを運んで来た
「せっかくコーヒーも来たとこだし飲みながらゆっくりと話しましょう。」
川田の言葉に私は今付き合う前提で川田に興味を持ち川田に質問していると思われている事が急に恥ずかしくなって来た。
コーヒーカップを両手で握る手に力が入り中々口に運べない。
川田にとって私はきっと警戒しながらも付き合う事に必死になっている様に見えていると思うだけで私の顔は熱くなった。
「橋本さんって本当に可愛い人だね、それでさっきの話の続きだけど俺が橋本さんを選んだ理由だけど俺は橋本さんと病院で会ったのが初めてじゃなかったんだ」
「えっ」
「じつは橋本さんが何度も夢に出て来るんだ。
夢の中では、俺たちはいつも恋人同士だった。何度も橋本さんを夢で見るようになって行く内に俺は橋本さんを好きになってしまっていた」
川田の夢にも私が出て居た事に戸惑った。
と言う事は私が見た夢も正夢になる可能性があるってこと?いま私の目の前で私のことを愛しい眼差しで見てくれた目もあの夢に出て来た川田みたいに冷たく変わって行くの?私は胸が押しつぶされそうに心が苦しくなった。
気が付けば私は大粒の涙を流し顎の先からコーヒーカップを握る手の上にこぼれ落ちて行った
「橋本さん?」
「あっすみません。川田さん私の話も聞いて貰ってもいいですか?私も川田さんに会ったの病院が初めてじゃないんです」
「えっどういう事?」
「川田さんが入院してこられた日の朝、川田さんが私の夢に出て来たんです」
「じゃあ俺たちは本当に運命の出会いだったわけですね」
「いいえ、そんな綺麗な出合じゃありませんでした川田さんは他の女性と付き合う為に私を突き飛ばし付きまとわれて迷惑してるんだよ、失せろって捨て台詞を吐いて私の知らない女性の手を引いて去って行きました。これが私の初めての川田さんとの出会いです」
私が話し終えると川田はスッと席を立ち私の横へ立ち私の手を取ると私の肩を抱き寄せ私の顔は川田の胸に埋められていった。
「橋本さん、ごめん夢の中の俺が橋本さんにそんな酷いことをして、すまなかった」
夢の話をして泣いてる私を馬鹿にする訳でもなく謝ってくる川田の姿に私はさらに涙が流れた。
川田は人目を気にすることもなく私が泣き止むまでずっと背中をさすり傍に居てくれた、そんな川田に私は伝えた。
「川田さん私あの夢を見た時ものすごく泣いたんです。自分でもなぜあんなに嗚咽するほど泣けて来たのか分からなかったけど今ならわかります。私は川田さんの事が大好きだったからです。」
川田の優しさ溢れる立ち居振る舞いに私も正直に素直に自分の思いを伝えなければと思えた。
川田は私の気持ちを聞き入れるとガクンと膝から崩れ落ち私の足元に座り込んだ。
「良かった~俺、橋本さんに嫌われてなかった」
川田の目は涙で潤んでいた。その瞳で私の顔をみて微笑んでくるからずるい。
私は川田と完全に恋に落ちた…
「兼二さんこれからよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしく千春」
私たちは付き合いをスタートさせお互いを下の名前で呼び合う関係となった。
この日を境に私たちの生活はモノクロから絵具を落としたように色づき毎日が楽しかった。
お互いの仕事終わりに待ち合わせて一緒にご飯を食べたり映画やショッピングを楽しみ休みの日には郊外へ遊びに行ったりした。
ずっとこの楽しい日々が続くと思っていた。
「そんなに私を拒み続けるなら私にも考えがある。あの女を滅茶苦茶にしてやる」
「やめろ、そんなこと絶対にさせない」
「ピピピピーピピピピ」
アラーム音とともにベッドから飛び起きた。
首からは嫌な汗が流れ落ちる最近はあの夢を見なくなっていたのにどうして再び…
夢であの見知らぬ女性が言っていたあの女とは私の事を言っているのは直ぐにわかった。
恐怖と胸騒ぎで気づいたら私は川田にラインしてた。
〈兼二さん朝早くからごめんね。私またあの夢を見たの、それで何だか怖くなって〉
〈千春おはよう。大丈夫、俺が何とかするから〉
朝の忙しい時間なだけに、これ以上のラインのやり取りはしなかった。
川田からのラインの返信が直ぐに来てそれだけでちょっと安心したから、でも何だか違和感を感じた。私は夢の内容を何も話してない。
この日は私の中に芽生えた違和感で仕事に身が入らず一日がとてつもなく長く感じた。
仕事が終わって川田に一緒に夕ご飯でも食べようと電話をすると新しい仕事を任されて忙しいから今週は会えそうにないと言われてしまった。
仕事なら仕方ないと自分の家路に帰りながらふと夜遅くまで仕事を頑張っている川田に差し入れをしてあげたくて川田のアパートに行った。
すると川田の部屋の明かりが付いていて人影まで見てしまった。
私は思わず差し入れの袋を落としその場に崩れ落ちた。
「嘘だったの?仕事で会えないって」
裏切られた気分だった目からは涙が勝手に溢れて止まらなかった。
その後自分がどうやって自宅に辿り着いたか覚えていない。
一晩中泣いて次の日に職場に行くと皆にまたも二度見されて、これってデジャブ?と肩をポンポンと叩いて去って行く同僚も居た。
「デジャブってほんとに…」
思わずハッとした。
私が今まで見て来た夢は現実に変わろうとしているのかも知れない急に血の気が引いて行くのがわかた壁に吸い込まれる様に床へと沈んで行った。
それを見ていた看護師長が今日は家に帰って休みなさいと帰らせてくれた。
病院を出て歩き出しふと空を見上げると又、涙が込み上げて来た。
行き交う人達に泣いてると気づかれない様に涙が引くのを空を見ながら待った。でもそのタイミングで声を掛けられた。
「千春」
声の方に視線を向けるとそこに居たのは川田だった川田の方を向いた瞬間、溜まっていた涙が一気に流れ落ちるのを見られてしまった。
「千春、大丈夫?」
「うん大丈夫だよ。ちょっと体調を崩して早退するところ」
「送って行こうか?」
「ううん大丈夫。仕事頑張ってね」
川田の顔をまともに見ることが出来なかった。
家路に向かう一歩一歩が重く長く感じられて仕方なかった。
そんな時、誰かに見られているような視線を感じたその感じる視線の先を見ると夢で見たあの女性が居た。
思わずヒッと声が出ると同時に私はフリーズしてしまった。
そんな私を見て意地悪気に微笑んで川田に向かって走り出し川田と並んで歩いて行ってしまった。
夢に出て来た女性を目の前で見た以上確実に夢が現実化していると認めるしかなかった。
家で布団に潜って夢の現実化を止める方法を考えるも良い案が浮かんで来ない。
それどころか今朝、川田と会って私が具合が悪いの知ってて何でラインや電話一つして来ないのか悲しくなって来た。
こんな時は悪い想像ばかりしてしまう、あーまた涙出て来た…私はその夜は泣きながらいつの間にか眠っていた。
「俺を信じて」
「ピピピピーピピピピ」
アラーム音で目が覚めた。
川田の言葉が私に言ってるのか、あの女性に言ってるのか、どちらとも取れる内容に私は心を決めた。
今から向かってくる現実から私は逃げない全部受け止めてみせる、そう決意してからその現実が訪れるのにさほど時間はかからなかった。
一週間が経ち川田から久しぶりにラインが来た。
〈仕事が終わったら俺の職場の駐車場で会おう〉
〈わかった会えるの楽しみにしてるね〉
一週間なにも連絡がなくて突然のシンプルな文章のライン私は今日がその日だと覚悟を決めた。
この一週間たとえ夢が現実となったとしても全部受け止めると決めて私はただボーと過ごして来た訳じゃない。
私は川田に突き飛ばされても大丈夫なように受け身の練習を毎日してきたのだ、靴だって足をひねらない様にスニーカーを履いて行くわよ。
そして約束の時が来て私は駐車場で待っていると二人の足音が聞こえて来た。
でも途中から一人だけの足音に変わり川田が一人で近づいて来た。
「もうお前とは別れたんだから俺に付きまとって来るんじゃねよ二度と顔を見せるな」
川田は自分だけ一方的に話して私に発言させる隙を与えず私を突き飛ばした。
男の人の力には敵わずいとも簡単に私は地面に転がってしまった。
そんな私をあざ笑うかの様にあの女性が車の陰から出て来た。
「あ~スッキリした彼の前をあんたがウロチョロするから目障りだったのよ、あんたには地面を這いつくばってる姿がお似合いよ。さあこんな人ほっといて行きましょう」
川田とあの女性は後ろを振り返ることなく私を置いて行ってしまった。
私はかろうじて受け身は取れたもののやっぱり痛い心も体も痛くて自然に涙は溢れ出した。
この一週間どんな言葉を川田から浴びせられたとしても耐えられるように何度もシミュレーションして来たのにやっぱり辛かった。
川田を嫌い憎もうと思ったけど出来なかった。
私は川田の事をいつの間にか愛していたらしい。
私はゆっくり立ち上がると家路に向かって歩き出した。
さっき川田が私に言い放った言葉が思い返された。
「もうお前とは別れたんだから…」私は足を止めた。
「私たちまだ別れていない、いや別れて欲しいって言われてない。これって…」
私は徐に顔を上げると川田が我が家の前に立って居た。
ゆっくりとお互いに近づくと川田は私の手を掴むと私を自分の胸に抱き寄せた
「千春さっきはごめん、でも全部終わったから」
「全部?もうあの夢に怯えなくていいの」
「そうだよもう大丈夫。実は俺、社長の娘にずっと付き合って欲しいと言われてた。
断ったらストーカーみたいになって千春をめちゃくちゃにしてやるって脅して来るから千春とは別れたと嘘を言ったんだ。
そして千春ともほんとに距離をとってその間に社長の娘のストーカー行為の証拠を集める事にしたんだ
でも千春が病院を早退した日に俺と千春が話してる所を社長の娘に見られて別れたって嘘じゃないって今にも千春に何かして行きそうだったから今日、目の前で千春を捨てて見せるって事になったんだ。
そして社長の娘のストーカー行為の証拠も集まったし警察に被害届を出して来た。」
事の顛末を聞いたらホッとして又涙がでてきた。
「そう言えば俺のメッセージ届いた?」
「メッセージ?」
「ほら俺を信じて」
「あれ私へのメッセージだったの?え~
何で私にメッセージを送れるの?」
「千春も俺にずっとメッセージを送り続けてたよ」
「何て?」
「会いたいって」
私は耳まで赤くなった。
「俺たちツインレイだから出会うべきして出会い惹かれ合ったのさ」
「私あなたに会えて良かった。私は兼二さんが好きです。あっでもあの突き飛ばされた時は痛かったなぁ~(笑)」
「千春~ごめんね。ほんとにごめんね。」
「し~らない」
「千春~」
「な~んてね(笑)」
私がそう言って微笑むと川田はさり気なく私の肩を優しく抱き寄せ家に一緒に入って行った。
トカゲのしっぽと言う題名にしたのは、トカゲは敵から襲われたり身の危険を感じたりすると尻尾を切り離します。
作中で川田のことを好きな社長の娘が千春に嫉妬し千春に危害を与えそうなのを、川田があえて千春を社長の娘の前で振って捨てる事で、川田は社長の娘から千春を守ると言う意味から「トカゲのしっぽ」とつけました。