第1話その4
「三大強国、イリイスガイ帝国、マースマーライ神国、ディサアーレイ凰国が同盟を結ぼうとしています」
シーギは重い口調で話した。それでもオーストは少しも動揺せず、
「それはまず先に他の国よりも私たちの国を制圧するために動いているってことかい?」
と聞いた。
「その通りでございます」
執事は主に対して深く頷いた。
「オースト様がこの国に君臨してからジュイディッカ光国は今日までこの国が滅亡することなく繫栄させることができました。そしてジュイディッカ光国があることで他の国への侵略も容易ではなっくなったので弱国である他の国も存続することができたわけです」
私も口を開く。
「三大強国は北の方にある。その下にジュイディッカ光国、その下の方に他の国があるものね。オースト様が三大強国が南下して進軍をすることを許さなかったから、南のほうにある国が7つも存在している」
原作ではオーストが南の国々を守ることなんてなかったけど、この世界のオーストは三大強国の南下を防ぐことで自国の周りが敵に囲まれないようにし、南の国々を味方につけることができた。
「作用でございます」
と、シーギは頷いた。
「北の方には三大強国以外の国が過去には存在しましたが、5年前にフースリ共和国がイリイスガイ帝国に侵略されたのを機に全滅しました」
「家屋は燃やし、国民は皆殺し。あまりにもひどい話だったわ」
原作では捕虜にはするけど皆殺しにするなんてなかったのに。
「それが三大強国のやり方だからね」
オーストはナイフとフォークを置く。
「自国と自国民以外のものは全て無くせ。彼らはそういう方針で8つの国を滅ぼし領土を広げた。私たちの国でも南にある国々でも同じことをするだろう」
「誠に由々しき事態です」
シーギはそう言い、胸の内側のポケットから紙を取り出した。
「仮の三国同盟条約締結書の写しでございます。おそらくここから大きく変更されることはないかと」
オーストは渡された紙を広げ読み通す。
「……確かに良い内容ではないな」
「なんてかいてあるんですか?」
オーストがあまりにも渋い顔をしているので思わず尋ねてしまった。
「この国を三大強国で侵略したのち、どの国の領土とせず三大強国の共有領土にするとはっきり明文されてある。三大強国が組むことなんて歴史上、一度もなかった。今回こそ本気でこの国を乗っ取るつもりらしい」
「そんな!!じゃあ、オースト様の……」
「私も本気で殺そうとしている。私が一番邪魔だろうからね」
全員、暗い気持ちになった。いつかその時が来るかもしれない。でも、来ないでほしい。その期待は裏切られたのだから。
私はこの雰囲気を変えようと口を開いた。
「でもオースト様なら、三大強国が協力して戦いに挑んできたとしても倒せるんじゃないですか?」
「残念ながらそうだとは言い切れないな」
「そんな……」
「この私でも三大強国が一度に攻めてきたら少し難しい。特に王族が来たら厄介だ」
「イリイスガイ帝国のライオール第一王子、マースマーライ神国のユースィ第二王子、ディサアーレイ凰国のカルナ第一王女が特に危険なんですよね?」
「あぁ、彼らは全員魔力が高いからね。彼らが同時に来るとなると私の結界は破られるかもしれない」
「申し訳ありません。今の私じゃ、まだまだ力不足なんですよね……」
しゅんとして落ち込んでいる私にオーストは優しく語りかけてくる。
「そんなに落ち込まなくていい。ただ、もっと強くなってほしいのは本当だな。あと追加で他に仲間が欲しい」
「その人材をどこで調達するかが問題ですよね」
シーギは深く溜息を吐いた。
「そうだな。この国の人々は皆、とても優秀だよ。でも全員、リーディアより上回る魔力を持っているわけではないからね」
「リーディア様のようなお強い人がこの国にはいないんですよね」
ウーニャも深く溜息を吐いた。
「他の国からスカウトすることはできないんですか?オースト様ならすぐ見つけられそうですが?」
「私はここから離れるわけにはいかないからね」
「結界が弱まるからですか?」
「そうだよ」と、オーストは頷く。
「今、この国に張られている結界が強固なのは私がここにいるからだ。今使っている【透盾】の魔法は術者が結界を張っている場所から離れないことが発生条件だからね。私はここを離れたくても離れられない」
原作でもオーストは【透盾】の魔法を使っていたけれど、その場所を離れることができた。でも、この世界では違うようだった。
『なんでこの国から離れることができないんだろう?』
原作のオーストは好きな場所に行き来できたのに……。
「昔は外へ出ることができたんですが?」
「昔はできたな」
「なら、なぜ……」
「私にも分からない。ひょっとして年だからかもしれないね」
アハハハと笑うオーストに対して「笑ってる場合ではないでしょう」とシーギが諫める。
「とりあえず魔力の強い人材を探しつつ三大強国が結集する前にこの危機を凌ぐための打開策を見つけなければなりません」
シーギの言葉にオーストは「そうだね」と言い、カモミールティーを飲む。
「シーギ、引き続き調査を頼むよ」
「かしこまりました、オースト様」
すると、鐘が大きく鳴った。銀で作られた巨大な鐘はオーストの家の一番家に取り付けられていた。そして、この鐘の音は……――
――……敵襲を知らせる鐘だった。
オーストの肩に乗っていたキカが警戒し羽ばたいて、ウーニャの肩に乗った。私たちの近くで翼の生えた兎が空中から跳び出してきた。その兎は伝令役のミギー。彼は空中に留まる。
「オースト様!!大変です!!」
ミギーは息も絶え絶えに焦った様子で話した。
「ディサアーレイ凰国の兵士が結界を破ろうとしています!」
「場所は?」
「北2番です!」
「分かった。リーディア、行こう」
「はい!」
私は立ち上がり宙から銀の仮面を取り出した。顔全体を隠せるそれは私が他国民と戦う時、自分の正体を伏せるために身に着けるものだ。
「そうだ、リーディア」
「なんでしょう?」
オーストはこちらに近づき私の前まで来て、まるで悪戯っ子のように笑って言った。
「その仮面を途中で外してみたら面白いんじゃないか?」
「え?これを?」
オーストはふふっと笑う。
「君は今まで素性を隠してきた。それは君がイリイスガイ帝国で今まで通り暮らせるようにするためのものだ。でも君は祖国を捨てここに来ただろう?なら、もう素性を隠す必要がなくなったわけだ」
「確かにそうですね」
「人々が怖れる【雷の魔女】がリーディア・マルゴットだということを世界に知らしめてやればいい」
「……良いですね、それ」
私も笑った。
「【雷の魔女】の正体、大公開しちゃいましょうか」
私はいつも通り腰まである長い髪をローブの下に入れ仮面を着ける。そして、ローブに付いているフードを被った。オーストの頭には赤い三角帽子が現れる。その帽子は幅が1メートル、高さは端が折れ曲がっていても50センチメートルあり、【炎の大魔女】の象徴と言えるもの。
オーストは宙から箒を取り出し、私もそれに倣う。私は箒に跨り、オーストは横向きに座って乗った。
「では、行こうか」
「はい!」
「お気をつけて」
シーギとウーニャが私たちにお辞儀をした。
「行ってくる」
「行ってきます!」
オーストと私の声が重なった。オーストが飛び、私もその後に続く。
戦いはいつも緊張する。でも、緊張している場合ではない。自分やオーストだけではなくこの国の人々の命が懸かっている。
私は気を引き締めてオーストと共に戦地へと赴いた。
私たちは並んで飛び、焔の森ジュジュッカを超え「北2番」に向かう。エリアごとに番号をつけており。北2番はジュイディッカ光国の結界の最北端近くのエリアだ。ディサアーレイ凰国から比較的近いエリアなので、ディサアーレイ凰国の兵士が割と頻繁に来る。
「あの人たちも全然懲りないですね」
「自分の国の資源が枯渇するかもしれないからね。彼らには危機感しかないんだろうよ」
「むやみやたらとエネルギー資源を使うからじゃないですか。元々、恵まれた土地じゃないのに」
ディサアーレイ凰国は豊かな資源に恵まれた国ではない。他国の貿易と侵略で領土を大きくしてきた国だ。彼らは広大な土地を保有しているのにも関わらず、そこにある資源を片っ端から使う。まぁ、全ての資源を使い切る勢いで魔法兵器を作ってきたからこそ成り上がってきたと来たとも言えるが。
「彼らの見立てでは地下にある大然ガスやハイドレイドがあと300年分くらいあるとされていた。それが10年ぐらいしかなかったんだ。そりゃ、焦るだろうさ」
大然ガスは魔法物質と同じ物質でできているエネルギー物質で、人が持つ魔力の代わりに使えるもの。ハイドレイドは魔法を混ぜることができる物質で、兵器を作るだけでなく魔女や魔法使いが使う杖や箒、服装全般、そして医療器具、ライフラインに関わる設備などに使われる重要なもの。
「本当は彼らが見つけていないエネルギー資源ってあるんですよね?なぜ未だに見つけられていないんでしょう?彼らが馬鹿だからですか?」
「あるかどうか分からないものを見つけるのはいつの時代でも難しいものさ。ディサアーレイ凰国だけではないよ」
「でもオースト様は知っているじゃないですか」
「私は長く生きているからね。この下にある【地脈】と【道脈】の存在を知っているだけさ」
「【地脈】は地上、【道脈】は地下にある物の場所を辿れる線なんですよね?私も知らなかったけれど、この世界で知っている人ってオースト様以外いないんですか?」
「南の国で知っている人は何人かいるね。全員、私の知り合いだが誰も他人に教えたがらない。なぜなら【地脈】も【道脈】も使い方次第では脅威になるからね」
「そんなに怖ろしいものなんですか?」
「そうさ。【地脈】や【道脈】はこの世界の全てに繋がっている。その脈を使って自分の魔法を敵国に流すこともできるよ」
「それは本当に怖いですね……」
「だろう?」
オーストは私の方を見た。
「私たちは他国に知られないようにそれらをあまり使わないようにしている。君もそんなに使ってはいけないよ」
「そもそも使い方を教わってないから使いようがないですよ」
「それもそうだったな」と、オーストは可笑しそうに笑った。
「明日には教えよう。だから、無事でいておくれよ」
「もちろんです!」
私もくすくすと笑った。
そんな会話をしていたら遠くの方で大きな音が響いていた。結界に魔法を当てている音だ。
「リーディア」
「はい!」
私は「リスリア!」と唱え、幻覚魔法で自分の声と見た目を他人が正常に認識できないようにして、「プレシモーア!」と呪文を唱え、魔法で自分の身体を透明にして速度を速めた。オーストを置いて一人だけ雲の上に出る。しばらく進むと下の方に敵の大群が見えた。大きな大砲のようなものを使い結界を壊そうとしている。彼らは文字通り海の上に立っていた。彼らの姿は小さいし雲で隠れているものの彼らはざっと千人くらいいるようだ。またこんなに来たのかと溜息が出た。結界を超え、彼らの大群の中間地点まで移動する。自分がその辺りまで来たことを確認し、「リーサファイア!」と唱えて魔法で身体全体を空気で纏い……垂直に勢いよく降下した。
「【雷の裁き】!」
彼らが私の方を見た。でも、もう遅い。
彼らの頭上を越えて海の真下へ、その瞬間、電流が彼らの中を走る。
「ぎゃあああああああああ!!!!」
という悲鳴が聞こえてきた。身に着けているイアリングのおかげで海の中にいても地上にいるのと同じくらいクリアに聞こえる。
20メートルぐらい潜るとまた私は呪文を唱えた。
「【雷の大地】!」
彼らの下に雷でできた床を作る。海に潜って逃げないようにするためだ。
どうやらパニックになってるらしい海上の兵士を見て、「今回、弱い兵士しか来てないのか?」と疑問に思った。
『これごときでパニックになるとか経験の浅い奴らしか来ていないんじゃない?』
ということは新しい兵器を試しに使うために来たのか……。ディサアーレイ凰国のマルマーデ女王は相変わらず無慈悲なことをする。
『可哀そうに。でも、全員殺すけど』
ここで彼らを逃がしてはいけない。どうせまたこの国に来て誰かを殺しに来る。
『この前は結界の外にいた子たちが殺されてしまったし』
相手が子どもでも容赦しないのが彼らなのだ。なら、私たちも己の身は守らなければならない。彼らの戦力を削るためにもこの軍を殲滅させなければならないのだ。
私は海の中から見上げ、海面へと向かった。海上を出ると彼らが電流から己の身を守っていた。彼らの上に躍り出る。
「皆さん、ごきげんよう。とても楽しそうね」
と、私が挨拶すると、
「【雷の魔女】だあああああ!!」
と兵士たちが叫び出し、再び阿鼻叫喚となる。
「あななたちはいつも私の期待に応えてくれるわね」
彼らから見れば今の自分は悪役そのものだろう。でも私たちから見れば彼らこそ悪役だけど。
何かを言う彼らを無視して空の上を目指し飛ぶ。その先にオーストがいた。
「今日も完璧だね」と、オーストは私に話しかけてきた。
「ありがとうございます」
私は敬愛する師匠に心からお礼の言葉を言った。
「さて、」
オーストは下で苦しんでいる兵士たちを見た。そこにいる兵士たちと兵士以外の人たちに話しかける。
「君たちに紹介したい人がいる」
オーストはわざとらしく右の手のひら全体を使って私を指し示す。
「私の愛弟子、【雷の魔女】だ。彼女の正体を知りたい人も多いだろう」
面白そうにくすくす笑って、
「【雷の魔女】、教えてあげるといい」
オーストがこんなに楽しそうにしているのを見るのは久しぶりだ。そんな彼女の期待に応えるように私も全員に聞こえるように自己紹介をしよう。
「リスリア」と唱え幻覚魔法を解き、フードを取り髪を出した。長い茶髪は光に反射してきらりと輝く。そして仮面を取った。
「私が【雷の魔女】、リーディア・マルゴットです」
と言いながら、仮面を海に捨てた。
「イリイスガイ帝国の王族の皆さんも見てるかしら?私はもう国には帰りません。次から私はあなたたちの敵になります」
と、わざとらしくにっこりと笑う。ライオールの反応を見るのが楽しみだわ。
「君たちに自己紹介ができたことだし、そろそろこの宴も終わらせよう」
オーストは静かに呪文を唱えた。
「【炎の海原】」
燃えた、私たちの下で全ての人たちが。赤く明るい炎、それは彼らの身体を超えて彼らが辿ってきた道を走る。海を越えたその先にあるのは…………
………………ディサアーレイ凰国。
結界を超え領地に辿り着き、海辺の街を燃やした。
透視魔法でその様子を全部見てるけど、いつも思う。私の師匠は本当に世界に恐れられている【炎の大魔女】オーストなのだ、と。
『そのオーストの弟子になれたことは本当に奇跡だったんだわ』
己の幸運を噛み締める。世界で繰り広げられている炎獄をしばらく見てから私たちは帰路についた。