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第1話その3

「こんなに早く来たということは、朝っぱらから呼び出しをくらったわけかい?」

 オーストは紅茶を飲んでから私に聞いてきた。私は椅子に座りながら話す。

「そうなんですよ!」

「今日の早朝、朝日も出てないし鳥の鳴き声もない時間にいきなり父からの怒声。寝巻きのまま引き摺り出す勢いだったから自分で魔法で着替えて王座の前に行っていきなりそれだったんですよ!」

「鳥が鳴く前ということは朝の4時くらいか。アルセウヌ王は随分早起きなんだね」

「ジジイだからなんじゃないですか?」

「そうかもしれないね。人は年を取ると自然と早起きになる。眠りたくても眠りが浅くなって、眠れなくなるからね。でもアルセウヌ王はまだ42の筈だが?」

「42でもジジイになる人はなるんです。現に今、顔に皺けっこうあるし、生えている髪の半分は白髪でM字ハゲじゃないですか。十分ジジイですよ」

「確かに42にしては老けているな」

 ふふっと小さく笑ってから、次第にハハハッと大きく笑い出した。

「ふふっ、はははっ、あはは、ふふ、はーっ、はは、はーっははは!!」

「オースト様、さすがに笑いすぎでは?」

 オーストの笑い方はとても変わっていて初めて聞いた時は少し驚いた。だって音楽で言うところのクレッシェンドみたいな感じで笑い声が大きくなっていく。最初は控えめに笑うのに、時間差で笑いのツボにハマり爆笑するのだ。原作のオーストはこんな感じの笑い方ではなかったけど、私はこの人の笑い方が面白くて好きだった。

「ふふっ、すまない。アルセウヌ王が本当に年寄りにしか思えなくなってしまってね」

「オースト様は若々しいのになぜ人はこんなにも違うのかしら?」

 オーストは520歳らしいから、魔力の強さでこうも見た目に差が出るとアルセウヌ王が可哀想にも思えてくる。

「全員が全員、いつまでも若々しくいられるわけではなんだよ。私が特殊なんだ」

 オーストは再びティーカップに口を近づける。

「そうですね。オースト様はとてもお強い人で、アルセウヌ王及びその他の人間は弱いということですよね」

「何もそこまで言ってはいないだろう?」

 オーストは今度はさっきみたいに笑わず苦笑した。

「それで話の続きは?」

「そうでした」

 私は紅茶を飲み終えて自分でティーポットでティーカップに紅茶を注ぎ込みおかわりをする。

「王座の間に行ったらたくさんの人がいたんですよ。私の知り合いも家族も全員大集合ですよ。その人たちの前で私が殺人未遂を犯したから死刑にするって、いきなりアルセウヌ王が言ったんです。みんな私を冷たい目で見てましたが、ライオールだけは笑っていました」


「ライオールだけは笑っていました」

「さっき聞いたよ」

 オーストはおかしそうに笑って言う。

「彼は余程君をイラつかせたらしいね」

「いつもみたいに嘲笑うみたいな感じですね。いつものことだけどやっぱり腹立つんですよ」

 今朝のことを思い出し一気に不機嫌になる私。

「それで私は悪女として死ぬ気はないって言って逃走しました」

「大勢の人が君の逃走劇を見たんだね。私も見たかったよ」

「オースト様、私は全然楽しくなかったですからね」

「でも箒でここまでひとっ飛びできたのは楽しかっただろう?」

「まぁ、それはそうなんですけど」

 再びティーカップに口付ける。

「君は空を飛ぶのが好きだからね」

 ふふっと笑ってオーストは話を続ける。

「私の弟子になった時、1番初めに教えてほしい魔法は何かって聞いたら空を飛ぶ魔法と言っていただろう?それを聞いた時、君はすでに飛ぶことができていたのになぜ私に聞きたがるのか不思議に思ったよ」

「空を飛ぶことはできたんですが、より早く飛ぶことに限界を感じていましたから。学校で習った方法だとプロペラ旅客機くらいのスピードしか出せないんですよ!?」

「イリイスガイ帝国は空を飛ぶことに関しては昔から遅れているね。攻撃魔法はすこぶる得意なのに」

「そうなんですよ!他の国でももう少し早くスピード出せるでしょう?イリイスガイ帝国の人たちはほんっとうに遅いんだもの」

「それで私に教えを乞うたわけだ」

「はい!オースト様は弾丸のように早いと聞いていたので。実際とても早かったですし」

「君は私の飛び方を3日でマスターしたね。自分のものとして身につけるのが早いと思ったよ、本来なら3ヶ月かかってもおかしくないからね」

「オースト様の期待に応えたかったので。それにこれぐらいのことで手こずったら師弟関係を解消されると思ったし」

「君は最初から私の予想を上回るほどの出来だよ」

「ありがとうございます」

 そう言うとオーストの側にいたキカが私の方に飛んできて肩に止まる。その顔を私の頭に近づけてすりすりした。

「キカも君のことを気に入ってる。君が来てくれて本当に良かったよ」

 オーストは私に微笑みかけた。

「……ありがとうございます……」

「何だい?感極まったかい?」

「当たり前ですよ!魔女としても人としても尊敬している人に言われると泣きたくもなります……!」

「そう言われると嬉しくなるね」

 オーストは空中からハンカチを取り出し私に渡してくれた。白バラの刺繍が施された白いハンカチ。これはオーストが複数持ってるハンカチの中で1番お気に入りのもの。主に自分専用だけど相手が信頼している人間なら貸してくれることもあるとウーニャさんが教えてくれた。




「ご歓談のところ失礼いたします」

 声がした方を見ると猫の獣人のメイドがいた。灰色で耳が折れており、ブリティッシュショートヘアのような見た目をしている。黒いドレスに白いキャップとエプロンを身に付けた彼女は小柄で、私と比べるとさらに低く感じられた。

「そろそろお昼の時間ですがランチはどうなさいますか?」

「おや、もうそんな時間かい?」

 壁に掛けられた時計を見ながらオーストは言う。

「はい。ランチはどちらでお召し上がりになりますか?」

「そうだね……今日は外にしようか。リーディアは外で良いかい?」

「もちろんです」

 今日はすごく良い天気だし青空を見ながらランチを取るのは楽しそうだと思った。

「ではご用意いたしますね」



 私たちは家の外に出た。2人掛けのテーブルにはオレンジの花柄が入った緑のテーブルクロスが掛かっていて、その上には二つのケーキスタンドがあり、色とりどりのお菓子と料理が並んでいた。

 一つ目のケーキスタンドには、1段目はプレーンと紅茶の2種類のスコーンと糖蜜パイ、2段目はサーモンと玉ねぎとレタスのサンドウィッチとベーコンとほうれん草のキッシュ、白い小鉢に入った野菜のマリネとローストビーフ、3段目は苺タルトとチョコレートケーキとオレンジのカップケーキが載っている。もう一つのケーキスタンドには、1段目はゆで卵と鶏胸肉にユッリカという柑橘類のソースをかけたオープンサンドと、アボカドとエビとホタテにフッシという香味野菜とバジルを混ぜ合わせたソースをかけたオープンサンドが、2段目は白い小鉢に入ったミニトマトとミミック牛のモッツアレラとオレンジのジュレ、半分凍ったスイカのソースを牛肉にかけたクラッカー、アーモンドクッキーとココアと北カボチャのクッキー、3段目は透明なグラスに入ったバニラアイスとマスカットと踊るナタデココ入りのゼリーのパフェ、イチジクとブルーベリーとレモンの3種類のマカロンが載っていた。他にはユベ蜂蜜とバターと白ワインがけのローストポーク、リリタとコイッスの海藻のサラダ、赤と青リンゴのロールケーキ。

 そう、オーストの家ではアフタヌーンティーを昼からする。普通はアフタヌンティーは午後3時から午後5時。でもオーストは昼の12時、場合によっては数時間後にまたアフタヌーンティーをするのだ。しかも、めちゃくちゃ食べる。朝もガッツリ食べるし、夜もガッツリ食べる。場合によっては夜食も食べることもある。

『こんなに細いのに一体どこに消えていってるのかしら?』

 魔力を大量に消耗するからこそ、こんなに食べるのかもしれない。現に私も魔法を使うことが多くなってからよくお腹が空くようになった。食事の量に気を使って食べていないのに全然太らない。逆に痩せた。昔から太りにくい体質ではあったがこんなにも簡単に痩せるとは。魔法ってとても怖いわね。


「今日もとても美味しそうだね」

「フローが頑張りましたから」

 オーストの喜ぶ顔を見て嬉しそうに答えるウーニャ。フローはコアラの獣人の料理人のことで、彼が私たちの食事の全てを担っていた。

「オースト様の言葉を聞いたらフローは喜び躍るでしょう」

 私たちの後ろから羊の獣人の執事であるシーギが話しかけた。見た目はオオツノヒツジのようだが、ウーニャと違って人間と同じ5本指の手と足を持っている。

「お帰り、シーギ。君も早かったね」

「はい。朝の報せを受けてリーディア様も帰ってくると思いましたので私も急いで帰ってまいりました」

「そんなに急がなくても。今回のお仕事、大変だったでしょう?」

 私はシーギに話しかける。

「大変ではありましたがオースト様やこの国のためですから。これしきのことで弱音は吐きませんよ」

「本当に君は執事の鑑だね」

 オーストは微笑む。

「君のような優秀な執事がいて私は幸せ者だよ」

「そう仰っていただき、ありがたき幸せ。僥倖にございます」

 シーギはオーストに向かってお辞儀をした。



 オーストにはシーギが、私にはウーニャが椅子を引いて座らせてくれた。キカは再び飛んできて、オースト左肩の上に乗る。ウーニャはあらかじめ持ってきていたキッチンワゴンに載せてあったティーポットを取り、私たちのティーカップにハーブティーを注いでくれた。

「カモミールティー!良い匂いね」

「今日はリーディア様が好きなアルア草原で取れたカモミールティーです」

「やっぱり!この濃厚で爽やかな甘い花の香りはアルア草原のものじゃないと出せないものね」

「君は本当にこのハーブティーが好きだね」

「はい。修行で初めて飲んだあの日から一番好きな飲み物ですよ」

 箒で早く飛べるようになってからオーストに連れられてアルア草原に行った。ジュイディッカ国の西の方にあるその草原はたくさんのハーブが生えている。

「その草原に生えてある131種類のハーブと薬草を私に持ってきなさい。全て集めるまで帰ってきてはいけないよ」

 そうオーストに言われ、泣きながら集めた記憶がある。オーストは先に帰るし、ハーブの知識があまりない自分には一人で探すには大変過ぎて2週間はかかった。そのおかげで鼻が利くようになったし、集めたハーブと薬草に関してはオーストがその特徴や使い方を教えてくれたので知識は増えた。そしてオーストの家に帰ってきたあの日、オーストは私をすごく褒めてくれた。そして持ち帰ったハーブの一つであるカモミールを使って、温かいカモミールティーを淹れてくれたのだ。そのお茶は今まで飲んできたどのハーブティーよりも美味しかった。元々私はカモミールティーが好きだったけど、アルア草原のものが一番好きだ。

「カモミールティーといえば……」とシーギが話し出す。

「リーディア様が修行で採集に行った時のことを思い出します。修行の内容を聞いた時は心配しましたが、リーディア様は成し遂げられましたね」

「私も心配していました!」とウーニャは私たちに再びティーカップにカモミールティーを注ぎながら話した。

「リーディア様は当時16歳。まだまだ子ども、しかも女の子をそんないきなり大海原に放り出すようなことをするなんて。オースト様は厳しすぎると思いました」

「その代わり私とシーギで交代で見ていたから良いだろう?」

 少し憤慨している様子のウーニャに苦笑しながら答える。

「200km離れた場所を【魔法の窓(エレウィーロ)】から眺めてたのでしょう?それだといざ何かあった時、駆けつけられないかもしれないじゃないですか

 !」

「もちろん対策はしていたよ」

「オースト様のことは信頼しています。でも完全に大丈夫だとは言い切れない。何が起こるか分からないのがこの世界じゃないですか。オースト様もご存じでしょう?」

 力説するウーニャに対して困った顔をするオースト。困惑しながらも食事はしっかり摂っていた。彼女はサンドウィッチを食べてからスコーンにラズベリーのジャムを塗り始める。

「実際、リーディア様は何度も危険な目に遭ってるじゃないですか。性悪小人にサラディケ洞窟の不可侵領域に引き摺り込まれそうになったり!」

「洞窟の中にあるレッドクリスタルを取ってくる修行でしたね」

 代わりにシーギが答えた。

「ヴィッサボネ山の妖精に操られて妖精の子どもにされそうになったり!」

「山の中にあるカカリ石碑の呪いを解く修行でしたね」

「バーハッハラ森の主に目を付けられて花嫁にされそうになったり!」

「森に充満する毒の煙の出所を探り、それを浄化する修行でしたね」

「シックディ村とヤヤサッカ村とヴァディ村の村人が組んで生贄にされそうになったり!」

「村の中の裏切り者を探し出し殺すという修行でしたね」

「ガイカイ街とアレッカ街の間に起きた紛争で死にかけたり!」

「あれは肝が冷えましたね」

「いっつもいっつも実地訓練で危ない目に遭ってるじゃないですか!」

「私が修行した時もそんな感じだったよ」

 言い訳するオースト。

「実際に身をもって行動した方が上達が早いんだ」

「それはオースト様ができたからこその所業です!全員が全員、オースト様のようにできるわけじゃないんですよ?」

「落ち着いて、ウーニャ」

 私はさすがに見かねてウーニャを制した。

「私も早く強くなりたかったし、実際に早く強くなれたでしょう?今まで無事にやって来れたし良いじゃない?」

「それでも厳しすぎます!5年以上かけても良いところを1年でやるなんて!流石に厳しすぎます!」

「ウーニャ」

 私はウーニャの手を握る。

「いつも心配かけてごめんなさい。そしていつも私を気にかけてくれてありがとう」

「そんなありがとうだなんて……」

 感極まるウーニャ。

「こちらこそいつもこの家に戻ってきてくださってありがとうございます」

 私たちはお互い微笑み合った。

「落ち着いたようで良かったですね、オースト様」

「あぁ、そうだね……」

 オーストは安堵したかのように答えた。前から思っていたが、オーストはウーニャには頭が上がらないようだった。



 私たちは食事を楽しみながら、シーギの報告を受けた。

「思っていたよりも事態は深刻なようです。三大強国が共同戦線を張るために条約を交わそうと動いています」




 


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