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柔らかくってまんまるな

作者: 雨下夕

 ごくごく一般的で面白味のないマンションのリビングの深夜1時。


 テストが明日に迫っている俺は、ひたすらペンを走らせ、教科書に目を通していた。


 あまりの眠さに、ガクンと視界が揺れた。

 握ったままのシャーペンを机に落とす。

 カシャンと軽い音がした。たぶん中の芯は折れているだろう。

 眠い、眠すぎる。

 シャーペンの芯を確認するのすら辛い眠気に襲われてる。


 でもテスト勉強は途中だ。

 しかし眠い。

 とりあえず、少しだけ……。

 そのまま朝まで寝てしまうかもしれない、と頭に過ったがもう耐えられない。昨日から勉強漬けで眠いのだ。

 ソファに片足だけ上げて、置いてある枕を取ろうとする。

 しかし、途中で違和感に気づいて枕だと思っていたそれを持ち上げることをやめ、掴んだまま止まった。


 枕がいつもの感触じゃない。

 なんというか、古い枕ではあり得ないくらい、まるで毛皮のようにふかふかしている。

 さらにものすごく重い。重すぎて片手で持ち上がらない枕なんか我が家にないはずだ。


 流石におかしいと思って手元を見ると、何かがいた。

 眠くてぼんやりしていようともおかしいことはおかしい。

 そう、枕ではない何かがいたのだ。

 いつも使う枕はクリーム色だし10年前から使っているものだから、ぺったんこになっている。


 今手にあるものは、丸い。

 そして純白だ。


 枕より球体に近い真っ白でふわふわふかふかなそれは、呼吸をしていた。

 それに恐る恐る触れると指先からふんわりと温かい。

 生き物の温度だ。

 ぎゅっとみっしり生えてる毛は分厚くって、柔らかい。


 眠気でぼんやりしたまま、おもむろにその真っ白なまんまるをひっくり返した。

 ばすん、ちょっと重めの音がして、茶色のソファにそいつの全貌が明らかになった。


 ギョロ。

 視線がこちらを向く気配がした。


 真っ白な毛で覆われた、両手で持ち上げられるくらいの丸い物体の真ん中に顔があった。

 金色で、アーモンド型のでっかい目がまず最初に目に入る。

 猫の目だ。

 続いて切れ込みみたいな三角の鼻が見える。

 猫の鼻だ。

 そして、その下にある不釣り合いに小さな口は、やっぱり猫のものだ。

 耳はない。あの特徴的な三角の耳は少なくとも見えるところには見当たらない。

 足もない、くびれもない、ただ丸い。

 その上顔のパーツが不自然な位置……こう、中心にぎゅぎゅっと配置されてる。

 福笑いで適当に並べたような、目が斜めだとか、口が縦とか、鼻が逆とかではない。

 顔のパーツのバランスは崩れていない。

 だから、別に悍ましいとか気持ち悪いとか、不気味とか恐怖を感じるとかはない。

 ないのだが。

 いや、おかしいだろこれ。

 生物としておかしすぎるだろ。

 第一に、どうやってここに入ってきたんだ?

 足もないのに!


 逆に混乱してそいつを見つめたまま動けなくなってしまった。

 じっと見つめていると小さな口が蠢く。

 スッ……と開かれた口に赤色の舌とちっちゃな牙がチラリと覗く。


「み゛」

 それ鳴き声なの?!

 流れるようにそんな感想が口からこぼれそうになるのを必死で堪えていた。

 いや、ていうか、なにこれ、本当に猫?つーか生き物?


 恐怖はあまりにまん丸なせいで感じないけどこの生き物の正体は分からないままだ。

 もう少し触って調べようと、思った。

 その時、グッと瞼が開かなくなるような、頭が眠気で重くなる感覚がした。

 ぐら、と視界が揺れる。


 この状況であり得ないはずなのに、瞼が落ちてきそうな眠気が襲ってくる。


「ん゛みぃ゛」

 まん丸の猫らしき何かは、ぱすんと跳ねる。

 いや、嘘を言った。重いから、ばっすんみたいな音がしてでソファが揺れた。


 なぜだかその行動が、『寝ろ』と言われているように感じた。

 ごくごく自然に、猫らしきもののお腹の真ん中に顔を埋める。

「ん゛み゛」

 まるで引っ張られるような自然な感じで、だ。

 ふと、このまま猫の腹から大きな口がぱっくり開いて、自分を飲み込む想像をした。

 どこぞのホラーやらみたいな展開だが、あり得そうで怖い。


 もちろん想像しただけの事なんだが、正直恐怖を感じた。ヤバい、だが、眠すぎて目がどうしても開かない。

 程良く温かで柔らかな感触に、そして遠くで聞こえる心臓の鼓動に、眠りの世界に引き込まれて落ちていった。



「生きてた……」

 不穏な感じで眠りに落ちた第一声は、これである。

 まだ日も登っていない時間だ。意識が戻って、バネでも入っているかのように飛び起きた。

 手足を確認して、顔や首、全身を確認してしまう。いつも通りの特にカッコ良くもないつまらない自分だった。

 周りを見渡してもあの生き物はいない。

「やっぱり夢だったか」


 正直一安心である。

 夢とはいえ、あんな不思議な生き物相手に警戒心なくクッションにしてしまうなんて、自分がわからない。

 しかし、あれはなんだったんだろう。

 夢という割には鮮明で、妙にスッキリした気持ちだ。

 全く怖くない妖怪、みたいな?

 いや……違う気がする。

 なんだろう、妖怪でも化け物でもなければ猫でもない、ただひたすらまんまるいやつだった。


 とにかく、今日も自分は学校で、両親は相変わらず出張だ。

 顔を洗って、朝食作って、もう一度勉強しよ。

 ソファで寝た割には軽やかな体調を不思議に思ったが、とにかく動かなければ。

 洗面所のスイッチを押し、ライトに照らされた鏡に映った自分の顔とバチっと目が合った。

 痩せた頬に、血色の悪い小柄な痩せっぽっちの高校生男子が映っている。

 いつもの自分……だと途中までは思った。

 ただその青白い額に、猫の肉球みたいな赤い跡がなければいつもの自分だった。


 自分の家は両親が多忙だからか、ペットは一切飼ったことない。

 正直、肉球を見ても犬か猫かの区別なんてつかない。

 だが、心当たりは一つしかない。


 あれは、昨日の夢かと思ったあの出来事は夢ではなかったということだ。

 色々な思いが頭の中を駆け巡ったが、出てきた言葉は一つだった。

「肉球あったのかよ」


 ちなみにテストは思った以上にいい点を取れたし、やたらスッキリとしていて疲労感がなかった。

 もしかしたら、あれは幸運を運ぶ何かだったのかもしれない。


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