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第51話 『愛され王女アルティア』

『その少女』が母に愛されていたのは間違いないのだけれど、それでも彼女の母の行動は異端にして異常だった。


 母の行動について語るならば、前提として『グリモワール王国の女は強い』という諸外国からの風評も頭に入れておく必要があるだろう。

 とにかく『思い詰めて突飛な行動に出て、行動の結果を受け止め、貫き通す』というのは物語に出てくる『グリモワール王国の女』がしばしば見せる個性であり、それを否定できないだけの歴史的事実もいくらか存在する。


 数年以内にはその最新の例として数え上げられることになりそうなのが『王女アルティアの消失』だろう。


 二十五年ほど前に誕生した王女アルティアは多くの人に愛された。


 それは彼女の容姿が特別優れたもので……『優れている』という以外に歴史的根拠たりうる記録は一切残っていないのだが……生まれた時からたいそうかわいらしかったからだ。


 また、彼女はすでに王位継承者がすっかり確定したあとに生まれた『末っ子の王女』であり、彼女の母親にあたるのが権力に興味のない男爵家の末娘だったということもあり、アルティアが権力闘争の外に存在したのも、愛された理由だろう。


 まだ理由はある。この愛されるために生まれてきたような王女は、それら要素に加えて【聖女】の先天スキルを持っていた。

 アルティアの母は『王の妻』として考えると側室としても身分が低すぎる男爵家の出身であり、王女の後ろ盾たりえない。

 しかし【聖女】であることが判明したため神殿がアルティアの後ろ盾につき、こうして『愛される王女アルティア』は『権力志向はないが下賤だとも言われない立場』を手にしたのだ。


 このアルティアと結婚する政治的なメリットはさほどないのだが、それでも彼女が十歳になるころには数多の貴族から婚約を望む手紙が届いた。

 基本的に神殿にこもって表に姿を出すことのなかったアルティアではあるが、彼女を目撃した者は口をそろえて『硝子細工のような、繊細な美しさ』だとか『目を離せば消えてしまいそうな儚い美しさ』などと容姿を讃えるのだ。

 しかもいっこうに表に出ない性質なものだから、噂を聞きつけた貴族たちが『せめて、一目だけでも』と望むのは無理からぬことであった。


 アルティア自身は神に仕えることに熱心であったため、そういった世俗のしがらみとかかわる気はなさそうであった。


 しかし彼女が十二歳のある日、唐突に婚約者が決まることとなる。


 その婚約者の詳しいことも記録には残されていないが、神殿勤めをする歳上の神官だったようで、礼拝の中で関係を深めたのではないかという推測がなされている。


 それから三年後。

 アルティアは潜在スキル鑑定の時には懐妊していた。


 すでにお腹も目立つようになっていたためか、通常は多くの人と共同で行われる潜在スキル鑑定の儀式は、一人だけで行われることになった。


 基本的にすべての国家で『潜在スキル鑑定前は子供で、鑑定後から大人としての扱いを受けるようになる』という不文律……一部国家では法文にも書かれている……がある。

 グリモワール王国は『不文律』としている国家ではあったが、王女が子供時代に懐妊していたというのは外聞が悪いと思われたのだろう。

 神に仕え続けてめったに姿を表さない『美しき王女』は、その姿がようやくお披露目されると思われたスキル鑑定の儀式でさえも、表に出ることがなかった。


 そしてさらに半年ほどが経ち、アルティアは夫とともに失踪した。


 ちょうど子が生まれたタイミングである。


 残された資料からかろうじて読み取れるのは、『アルティアという王女がいて、その人物が、ある時点からぱったりと記録に出現しなくなった』ということまでだ。


 だから、ここから先は、記録に残っていない話になる。


 ……『その少女』


『魔王』にして【ぜんまい仕掛けの神(Clockwork)】というスキルの持ち主であるリリティア・グリモワールはそうして生まれ、母アルティアに連れられて行方をくらましたのだ。


 驚嘆すべきは、リリティアの母アルティアの行動力であった。

 王女身分、神殿で築き上げた仲間、友人、自分を愛してくれた家族。そういったものをすべて捨て去って、我が子を庇うことを即決したのだから。


 さて王家はアルティアの動向をある程度はつかんでいた。

 そうして、なぜ失踪などしようとしたのかを問いかけ、戻るように説得をした。

 そこにあったのは愛しいアルティアへの気遣いであったが、対外的な評判を思う気持ちも皆無ではない。実際、王宮は神殿にアルティア失踪を明かさず、『産後の肥立ちが悪く、宮廷で療養している』というように繕っていた。


 けれど気遣いがもっとも大きな要素ではあったのだが……


 アルティアはそれをつっぱねた。


「わたくしから娘を奪おうとする者すべてと、わたくしは対決します」


 その様子はまさしく手負いの獣、否、子が生まれたばかりの母獣であり、王家からの遣いは満足に交渉をすることもできぬまま追い散らされ、アルティアはその後すぐさま潜伏地を変えてしまった。


 それでも王家が本気で探せば隠れきれるものではない。


 王家の遣いはその後も時期を見てアルティアに接触し、この愛おしい王女を王宮に戻そうとした。

 それは彼女が愛されていたがゆえに、『農村での、その日暮らし』などということはさせたくなく、何か事情があるなら明かしてもらって、夫と子供ともども宮廷で暮らしてほしいという、気遣いなのであった。


 しかしアルティアは取り尽く島もないありさまだ。


 王家の遣いは夫にも接触したが、彼女の夫もまた事情の説明はしてくれなかった。

 アルティアより幾分か話が通じそうではあったが、気弱な対応をしながらも『僕は彼女の好きにさせたいと思っています』と、王宮に戻らない意思だけは明確に示したのだった。


 そもそもどういった事情でアルティアが失踪を試みたかもわからないので王家としては説得のしようもなかった。


 ……予想はついたはずだった。

 十中八九、娘が原因。しかも生まれたとほぼ同時、産後の肥立ちの中で無理をおして失踪したともなれば、それは先天スキルに原因があるに決まっていた。


『魔王』


 だが、わからなかった。


 そのような先天スキルに心当たりがある者は、少なくとも王国内にはいなかったのだ。

 ……正しく言えば、『王女が娘や夫を伴って失踪した』という重大な国家機密にかかわることのできる中にはいなかった。

『魔王』に対する記録と記憶は五十年前に失われており、当時前線で『魔王』と戦った功労者が王宮侍従の重職には多く、だからこそ、記憶も記録もなかった。


 アルティアは我が子のスキルを『魔王』だとすぐに理解したが……

 その知識が欠けていることを、王家のお家の重大機密にかかわる重鎮は認識できなかったのだ。


 ……そうして時は経ち、愛された王女アルティアの娘、母そっくりの美しく儚い容姿に育ったリリティアは、噂になった。


 グリモワール王家の血筋の中では母以外にいない真っ白い髪に色素の薄い瞳を持つこの少女は、美しさから農村で評判だったのだ。


 そうして彼女が住まう農村のあったアンダーテイル領はこの時期、外部から様々なスキルを持つその道の一流どころを領内に招いており、そういった客人たちが『美しい少女』の噂を耳にし、中には確かめる者もおり、アンダーテイル家期待の嫡男への講師役を終えて故郷に帰ったあと、噂した。


『アンダーテイル領内の農村には、雪のように美しい少女がいた』


 ささいな噂は年数をかけて、『ある場所』まで届く。


 他国の神殿。


 雪のように美しい少女━━リリティアの母である『愛された王女アルティア』と同世代かつ同じ神殿で育った中には、そのころになると方々(ほうぼう)の神殿でそれなりの地位にいる者も多かった。

 彼らが青春を懐かしみ、『そういえばあの美しい少女は今、どのような大人になっているのだろうか』などと思いを馳せ、中には『ちょっと調べてみよう』と思う者もいた。


 そうして、失踪の話にたどり着く。


 ……グリモワール王国のごく一部以外において、『魔王』の話は消失していない。

 あの美しい少女の失踪というニュースに興味を惹かれた中には、アルティア失踪事件についてくわしく調べる者もいた。


 そうして、誰かがたどりついてしまったのだ。


『アルティアは子が生まれたとたんに失踪した』


 そこまでわかり、アルティアが『鑑定』技能を持つ【聖女】であることを知っていて、なおかつ『魔王』についての記憶や記録を失っていないとなれば、たどりつく。

 ……ともすれば、『そうではない可能性』を信じて、望みにすがるように確認の者を派遣したのかもしれないが……


 愛された王女アルティアの娘リリティアが『魔王』であることが、確かめられてしまった。


 美しき青春、神殿暮らしの修行生活において一服の清涼剤であった憧れの少女アルティア。

 ……しかし『美しい思い出』は、現在の立場を脅かしてまで守るほどのものではなかった。


 神官は、神官として当たり前の職責を果たすことになる。


 聖務(せいむ)は発令され、『魔王』の確保および討伐のための人員が組織されることになる。

 けれど『魔王』の扱いを巡って神殿内でも派閥間抗争があり……


『魔王』の処遇は、焦れた一派が強硬手段に出るまで、硬直を続けた。


 それがリリティア・グリモワールが学園都市に逃げ込むまでにあったことである。



「リリティア、あなたはわたくしに似て美しい。だからこそ、多くの人から『宝石』として扱われるでしょう。けれどね、我らは人間です。石ころではない。だから、もしもあなたを宝石扱いする者があれば、実力をもってあなたの『人間』を証明なさい」


 五歳児にする話ではないと思う。いくらなんでも英才教育が過ぎる。


 アルティアというのは『繊細』だの『儚い』だの言われている女性ではあるが、それはもう本当にすがすがしいまでに見た目だけで、中身は猛女とか烈女とか、あるいは凄女(せいじょ)とか、そういうたぐいなのだった。


 五歳児に「あなたのお父様だって、わたくしが実力で勝ち取ったのよ」という話までするのは本当にどうかと思う。


 物語に出てくる……特に外国の物語に出てくる『グリモワールの女』をそのままリアルに出したようなのがアルティアという王女なのだった。

 すなわち、『一途で、思い込みが激しく、目的のためならばあっさりと実力行使をしてくる』という、そういう存在。


 父は学者気質の繊細で気弱な人で、戦いに向かない潜在スキルと、神官には掃いて捨てるほどいる【下級神官】の持ち主だった。

 外聞においては『まだ子供だったアルティアを手篭めにした男』と言われることもあるのだが、事実はまったく逆のようで、母アルティアは『どうしてわたくしに弱々しいイメージを押し付けようとするのかしら』と怒っていた。もっと他に怒るべき部分があると思うんですけど。


 そんな明け透けな母といつも胃痛を覚えている父とのあいだに生まれたリリティアは、少なくとも五歳まではすくすくと育った。


 自分が王家に連なる者という話は幼いころからとても正直にされていたわけだが、母はなんていうかこう、猛々しいというか、一歩間違えば狂っているような感じだったもので、『これは真実なのか、それとも母がそう思い込んでいるだけなのかわからない』というのが、リリティアの自分の血筋に対する感想なのだった。


 父の方は良識があったので幼い子供相手に情報開示をしすぎることもなく、たいていのことは『リリィが大人になれば、きっとわかるよ。わかってくれるといいな』と胃痛と神経痛を覚えているような顔で述べるだけで、母の言葉の真偽は証明してくれない。


 リリティアは自分の血筋について悩むことをやめた。


 そもそも現在は農村の民の一人なのだし、生まれた時から村娘なものだから、王家の血筋とか言われてもよくわからない。


 同年代の子供の中にはリリティアがあまりにも『白い』ものだからその容姿をいじる者もあったけれど、母の英才教育があったので、そういった子を『わからせる』だけの強さがリリティアにはあり、なんだか知らないがガキ大将みたいなポジションに落ち着いていた。


 自分を取り巻く環境に不穏なものがあり、母の言葉がどうにも真実っぽいという予感がしてきたのは八歳ぐらいからだった。


 よくよく観察してみると、どうにも視線を感じる。

 それは村の子供や大人というわけではなく、もっと別種の何かだ。


 そういえばこの当時(というかリリティアが生まれてからずっと)は住んでいる村の近郊によく外国のお客さんも来ていたようだし、それかなというふうにも思っていたが、どうにもそれだけではない感じがする。


 このことを母に相談すると、母はにっこり笑って、こんな話をした。


「それはね、あなたの潜在スキルの受動的(パッシブ)技能のおかげで感じるのでしょう」


 そのままの流れで母はリリティアの潜在スキルを明かしそうだったが、これは父が慌てて止めた。

 潜在スキル鑑定はよほど特別なケースを除いては十五歳にするものらしい。そう聖典で定められているのだとか。


 父はこの決まりを守ろうとするぐらいにはまだ神に仕える気持ちがあるようだったが、母の方はと言えば『リリティアが知りたいなら教えるべきでしょう。わたくしたちの神はもはや、この子なのですから』と述べた。


 リリティアはといえば父がかわいそうだったので興味がないふりをした。


 ……両親がリリティアを潜在スキル鑑定の儀式に出すつもりだったかは、今となってはわからない。

 リリティアの先天スキルを知っているのだから、きっとそれがばれる可能性は排除するように動いただろう。

 あるいは何か計画があったのか、もしくは本気で何も考えていなかったのか……


 もう、確かめることもできない。


 十歳になった日のことだ。


 唐突におとずれた神官戦士団によって、リリティアの平穏な暮らしは終わってしまった。


 ……それまで語られなかったリリティアの出自と、母の失踪理由。

 すなわち『魔王』にまつわる隠された物語。

 それが幼い彼女に牙を剥いて……


 リリティアは、己の運命との戦いを強いられることになる。

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