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第48話 君の名は

 夕暮れが学園都市に差し掛かるより少し前、レオンの部屋は薄暗かった。

 学生寮にある彼の部屋は西日が強く差し込む向きに窓が設置されており、夕方が一番まぶしく、昼間はそうでもない。

 目が眩むほどの茜色で部屋が染まるまではあと少しといった時間帯は、これから差し込む光の激しさの前触れのように暗く、室内照明がほしいほどだった。


 彼の部屋は整頓されている……というより、私物がない。

 ベッドやクローゼット、室内用冷蔵庫があり、あとはあまり使った痕跡のない勉強机ぐらいという、『備え付け』がほぼすべてだった。


 これは彼の『たびたび事件に巻き込まれる』という特異性に由来する。事件に巻き込まれて襲撃を受けたり、やむなく家に誰かをあげたりすることが多く、経済的・場所的な都合であまり物を置かないようにしているのだった。


 そういうわけでレオンの背の高さに合わせられた椅子に腰掛ける少女は、足をぶらぶらさせて色素の薄い瞳でじっと青年を見つめている。


 レオンは彼女の様子からどうにか心情なりバックグラウンドなりを読み解こうとするのだが、『たぶん、潜在スキル鑑定前の年齢』『髪も目も白い』『表情筋が死んでる』『極度に無口』ぐらいの情報しか仕入れられなかった。


 なぜ自分についてくるのか。学園都市にどうやって入り込んだのか。そもそも何を思ってここにいるのか。これからどうしたいのか。あと名前はなんなのか。すべてが不明だ。


 おそらく学園長あたりは情報を持っているはずなのだが、それがレオンにもたらされることはなかった。


 まあ秘密の多そうな出自なので情報を簡単に開示されるとも思わないし、さすがに少女が名前さえ名乗らないのはあの学園長でも予想の外なのかもしれないが、せめて会話のとっかかりになる情報ぐらいはくれよ! と思うレオンなのだった。


 足をぶらぶらさせる少女を見下ろしながら、生徒手帳をしまったレオンは頭を掻いて、


「あー、そういうわけでな、俺の担任の先生にいろいろ話してほしいんだが……言葉はわかるんだよな?」

「わかる」

「……じゃあまずは名前ぐらい教えてくれねぇか? それともマジで記憶喪失なのか?」


 彼女と出会った夜のとぼしい会話の中で、そんなようなやりとりがあったはずだ。

 なぜ自分が追われているのかわからない、と彼女は言っていた。記憶喪失なのかと問い掛ければ……『たぶん』だったか。消極的肯定をしていたような気がするのだが……


 一つだけ推理できることがある。


「この学園都市はな、記憶喪失の子供が、単独で侵入できるほどザル警備じゃねェんだわ」


 ナギあたりに言えば『そうかな?』と疑問符を浮かべそうだが、学園都市で三年を過ごしたレオンからすると、そのぐらいの信頼はある。

 むしろ厄介なのは正式に入学したあとにスラムに消える生徒たちの方で、『外部からの侵入者』というのはエリカにまつわる事件を知るまで想像さえしなかったものだ。


 まあ、どこかの国の一流諜報部隊とかなら侵入もできるのだろうが……

 少なくとも、記憶を失った女の子が単独で入れるほどではない。


「ここには誰かに手引きされて入ったのか?」

「そう。ここに逃げるのを助けてくれた人がいる」

「……『逃げてた』自覚はあるんだな」

「…………なんか、追われてたから」

「……『逃げてた』理由はわからねぇのか」

「『魔王』? とかいう……うさんくさそうな背の高い人がそう言ってた」

「学園長か。……自分の名前もわからない?」

「……」

「なんで俺にくっついてくる?」

「助けてくれたから」

「……先生……あーっと、なんだ、顔立ちの幼い、子犬風の、なんかいっつも笑ってるあの男の人とか、そっちだっていたろ?」

「なんか……雰囲気が怖い女の人に囲まれてたから……」

「ああ……」


 ようするに。

 この子にとって、学園内で『危険でなさそうな人』が自分だけなのだとレオンは察した。


 自分についてきたというよりは、一番安全そうだと、彼女のとぼしい経験から判断した場所が、『レオンのそば』なのだ。


「まァなんだ、たしかにエリカとかいつでもブチギレてるし、先生は独占欲強そうな女に挟まれてるし……えーっと……クソ! フォローしたいのにできねぇな!?」

「……」

「今の説明で『どの面下げて』って感じになっちまったけど、基本的にはみんないいヤツだから、まァ、あとで女子寮行こうな? さすがに男子寮に女の子連れ込むのは外聞が……」


 ちなみにだが学園都市の男子寮……『学生寮ブースの中の男子宿舎』と『女子宿舎』は特に性別で行き来を制限してはいない。

 夜になってまで異性がいるととがめられるし、話をしたいだけなら互いの宿舎の真ん中にある建物が使えるのでわざわざ異性を招くこともないが、異性の連れ込みそのものは禁止事項ではないのだ。


 禁止事項ではないのだが、それはそれとして、『あいつ、連れ込んでる』『あいつ、連れ込まれた』という話はどこからともなく出回るものであり、それを発端にいろいろ邪推されることはあるので、世間体が大事なら連れ込まないのがいいという話だ。


 なお、レオン本人は認めたがらないが、レオンがいかにもわけありっぽい人を自分の部屋に連れ込む頻度は高いため、彼の世間体はすでにボロボロで、いまさら少女を一人連れ込んでも逆にノーダメージの感はある。


「……まァ、とにかく、これから先生に会いに行くんだ。あんたの話を聞きたがってるからな。ついて来てくれるか?」

「わかった」

「ついでに夕飯でも済ませるか。そんで終わったら女子寮にある自分の部屋に帰ってくれよ。向こうの寮長に案内されたろ? 自分の部屋」

「……」

「どうして急に聞き分け悪くなんのかなあ!?」

「レオンは来る?」

「俺が!? 女子寮に!? 行かねェよ!」

「じゃあ行かない」

「あの、いきなり事件に巻き込まれたせいで不安なのはわかるんだが、学園は基本的に安全な場所だからな? あと先生は信頼していいから、『手引きしてくれた人』についてもちゃんと正直に話せよ? あとでな。今は言わなくていいから」

「どうして?」

「……」


 あきらかに厄介な情報なので、一人で聞く勇気がない。


 とはいえレオンにもプライドがあるので、あからさまに歳下の少女を相手に『俺はヘタレだ』と堂々名乗ることはできなかった。


「……まァ、二度手間になるしな。それに、先生のが情報を得たあとでできることが多い。あんた……名前ねぇのは不便だな」

「あだ名とかつける?」

「いや情報がなさすぎてあだ名どころじゃねェんだわ。……あ、生徒手帳発行してもらったろ? 学園長の差金で発行したなら、そこにあんたの名前があるんじゃねェか?」

「…………」

「見せてくれよ。ついでに連絡先も教えてくれ」

「発行の人から知らない人に連絡先を教えちゃいけないって言われてる」

「部屋に上がりこんでおいて『知らない人』判定なの!?」

「……レオンは知ってる人」

「じゃあ今のワンクッションなんだったんだ……」


 少女はここまで着っぱなしだったボロのワンピース(レオンの部屋に女物の着替えはなく、女どもが着せ替えようとするのから少女が逃げていたため)の腰部にある大きめのポケットから、生徒手帳を取り出す。


 ポケットのついた生成りのワンピースというのは『村娘』的な服装だ。

 細かい道具やら弁当(学園都市にあるようなものではなく、よく焼き固めたビスケットとか、油紙に包んだパンとか、干した穀物とかだ)やらを入れるのに役立つ。


 このぐらいの年齢の娘でも農作業には普通に駆り出されるため、手伝いのためにこういった動きやすくて破れても補修が楽、そして作業に必要なものをおさめるポケットのついた服を着せられる。

 つまり少女はどこぞの農民の娘というのが、現段階の情報からわかる彼女のパーソナリティなのだが……


 生徒手帳を受け取る。

 そこに念写された少女の顔と、横にある名前を見て、


「…………なあ、これ本当にあんたの名前か?」

「…………」


 少女は唇を固く引き結んで、圧力のある視線をレオンに向けている。

 レオンはじっくりと少女をながめた。……【槍聖】からの逃亡をしていた都合でボロボロになった服装だけ見れば、この名前は似合わないことはなはだしい。

 だが少女の容姿そのものに注目したなら、確かにとうなずけるような感じもある。


 だが、レオンの考えたことは、こうだった。


(知りたくなかった……!)


 少女の名前。


 リリティア・グリモワール。


(いやおかしいだろ!? なんでこんな、いかにもな『農村暮らしです』みたいな格好をしたやつが……)


 学園都市南東に位置する『魔道の王国』。

 アンダーテイルなどの領が存在する広大なその国の名こそが、『グリモワール』。


 それを姓に冠していい者など、多くはない。


(なんでこいつが王族なんだよ!)


 リリティアは無表情のまま首をかしげている。


 レオンは特大の厄ネタが部屋に転がり込んでいることを、改めて認識させられた。

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