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第41話 超法規的取引

「ところでラミィ、知っていますか? 貴族制の国家には決闘にまつわる法律が各種存在しますが、法整備をされていながら、実際には『行われないもの』として扱われているのですよ。そして当学園において殺し合いの決闘は禁止です」

「死ね」

「うーん、雑!」


 話しかけるタイミングが悪すぎるうえに、話が唐突すぎて、なおかつ現状に無関係すぎた。


 ラミィはピアスをあしらった顔の左側ををゆがめて、格子の向こうにいる人物をにらみつけた。

 薄明るい石牢の中で粗末な木製の椅子に座り、こちらをまっすぐに見つめ返してくる人物は━━【死聖】ノイ。


 この『孤島の監獄』に入れられている重大犯罪者であり、現在尋問を受けているはずの女だ。


 しかし真横でベラベラしゃべる学園長(クソ)は何を考えているのか、よりにもよって【死聖】の武装解除をしていないし、拘束もしていない。


 ラミィは格子の隙間を見た。人が通れるほどではないが、小柄な【死聖】であれば肘ぐらいまで出せるだろう。そして肘まで出せるということは、投げナイフは当然ながら普通に飛んでくるということだ。


 武装解除をしていない【死聖】を前に、こんな格子は無意味である。

 むしろ【拳聖】であるラミィにとって不利に働くだろう。……接近しなければ殴れない。こんな格子は一秒かからずぶちぬけるが、そのわずかな時間が生死を分けるなんて考えるまでもないからだ。


 まあ、今この瞬間に学園長がまだ攻撃されていないのだから、大丈夫なのかもしれないが……


 気が気でないのは、どうしようもない事実だった。


 そんなラミィの内心を知ってか知らずか、護衛対象(学園長)はにっこりと黄金の瞳を細めていた。


「さて【死聖】、誰に私殺害の依頼を受けたのか、教えてください」

「いいよ。いくら払う?」

「あなたの依頼者はいくら払いましたか?」

「その情報にいくら払う?」

「いくらで買えます?」

「その情報にはいくら払う?」


「やめろォ! 頭が痛くなるんだよテメェらの会話はよぉ!」


 どうしてこんな異常者たちのお守りに付き合わされているのだろうか、自分の存在意義を見つめ直さざるを得ない。


 ラミィは目の前の格子を殴った。……もちろん、全力では殴れない。壊れないように気をつかったせいで、轟音が響き、ストレスは減らない。


「つうか【死聖】! テメェは立場わかってんのか!? 国王暗殺未遂で捕まってんだよ! いくらこのバカがバカでもさすがに処刑モンの重罪だぞ!? 素直に吐けや!」

「いやいや、失敗した時に死んだり拷問されたりなんて、そんなリスクはとっくに織り込み済みだよ。ぼくにそういったものは通じない。ぼくから情報が欲しいならできることはただ一つ。『金を払え』」

「こいつぶっ殺していいですか」


 ラミィが学園長にたずねるが、横に立つ男は黄金の瞳を細めて満足そうにあごを撫で、つぶやく。


「学園都市内全店食事フリーパス」

「……っ……!」


「おい待て待て待て! なんで秒で屈しそうなんだよ!? おかしいだろ!?」


「いえ、ラミィ、考えてもみてください。金額に直せばこれは、小国の国家予算級のものですよ。彼女、すごく食べますから」

「ぼくの健啖ぶりを知っているのかい?」

「見ていましたので。だてに目玉が多くありませんよ」


「っていうか【死聖】もそれでいいのかよ!? 暗殺者だろうが!? そんなあっさり依頼者を売っていいのか!? 依頼人からの信頼とか気にしねぇのかよ!?」


「なんか彼女、すごくまともなこと言うね」

「ラミィはまともでかわいい子なんですよ。服装はアヴァンギャルドですが」

「そのミニスカメイド服はあなたの趣味じゃないの?」

「私の好きなメイド服はロングスカートのヴィクトリア王朝風です」

「ふぅん。その情報、高く売れそうだ」


 なんだか真横でよくわからないことが起こっている。

 ラミィがまじめでいることにアホらしさを覚え始めたころ、【死聖】が肩をすくめるような動作をした。


「まともな神経をしてると『マスタリー』に至れないよ」

「『マスタリー』に至ってる連中が全員頭おかしいみたいな言い方やめろ」

「いや、おかしくないわけないでしょう。おかしくなかったら、もっとみんな『マスタリー』に至ってるわけで。……ああ、そうそう、君にはマスタリーについて無料で教えてあげると言ったね。約束を果たそうか」

「……」

「カイエン・アンダーテイルに曰く、スキル習熟は四つの段階に分けられる。【中級術師】というまあまあな潜在スキルをマスタリーに至るまで極めようと思う『頭おかしい人』の彼は、本当になんのセンスもないから、理論化するしかなかった。だから彼の提唱した理論は、多くの人の理解を得られるものになった。その中でもマスタリーとそれに至る方法は語られている。けれど……」

「……なんだよ」

「彼はその部分だけ間違えている。いや、あえて嘘を語っている、と言うべきかな。彼の提唱する方法では『マスタリー』に至れない」

「はあ? 実際にマスタリーに至った経験を理論化したんじゃないんですかね」

「無料の情報はここまでだ。続きは課金してほしいな」

「こいつマジでぶっ殺してぇんですけど」


「私が引き継ぎましょう」


「クソみたいな長い話したら殺しますからね」

「マスタリーを得るにはね、『スキルを憎む』という段階が必要なんですよ」

「……あ?」

「おや、ではもう少し長く。なぜマスタリーに至る者が少ないのか? それはね、現状、与えられたスキルを受け入れている者が大半だからです。マスタリーに至るためには、傲岸不遜なまでの『不満』が必要だ。つまり、『この程度の才能しかないのは間違っている。こんなスキルじゃなんの役にも立たない』という……『己に示された道標への絶望』が、必要なのです」

「……つまり、なんだよ」

「カイエン氏の『スキル習熟理論』は書籍になり各国に出回っています。だから、彼は第四段階で嘘を書かざるを得なかったのでしょう。何せ、『スキルに絶望せよ』などと書けば、それは叛逆(・・)になる。彼にも立場がありますからね。おおっぴらに『あれ』には逆らえない」


「ん。そういうこと。ねぇ学園長、『あれ』についていっせーので言ってみない?」


「なんと意味のない遊びでしょう。私はそういうのを非常に好ましく思います。では」


「「せーの」」


「「…………」」


「せめてどっちか片方は言え!!!」


 もうすべてが馬鹿馬鹿しくなってくる。

 ラミィは真剣に帰宅を考え始めた。


 学園長は肩をすくめ、笑った。


「言えないのですよ。彼女は、依頼者を言わないので」

「……だからさあ、ぐだぐだぐだぐだ、まわりくどいっつってんですけど」

「神殿」

「……」

「私の殺害を依頼した組織。カイエン氏が『スキル習熟理論』で嘘を書かねばならなかった理由。どちらもが『神殿』です。【死聖】は沈黙により情報をくれたのですよ。まあ、確定情報ではないのですが」


「解説されると恥ずかしいな。粋な気づかいは気づかなかったフリで応えるべきだと思うよ」


「さて、ここからが私にとっての本題です。【死聖】、あなたに私の殺害を依頼したのは、神殿の『どちら』の派閥か。すなわち━━『封じる』か、『奉ずる』か」

「いくら払う?」

「じゃーん。理事会員手帳ー」


 奇妙なイントネーションの言葉を発するとともに、学園長はスーツの内ポケットから真っ黒な手帳を取り出した。


「この手帳の値段は、情報通のあなたならわかるのでは?」

「わりと投げ売りされてる様子も知ってるんだけど。聖女騒動とか」

「しかしあなたは本来、理事会側ではない。売りたくない相手にはいくら積まれても売らない手帳です。これを差し上げましょう。情報料としてね」

「その提案の意味はわかってる? 【死聖】を従えるリスク……『死』を司る(ひじり)を抱えること、自由に人を死なせる力を持つ意味、ぼくらの指標となることの意味。わかっているかい?」

「私は【ぜんまい仕掛けの神(Clockwork)】の根絶を目標としています。そのためには【死聖】のもたらした情報が必要だ。あなたの情報は金で買えるが、あなたは金を積まれても嘘はつかない。その信頼はさまざまなことを行うための大義名分となる。私はそれを欲しているのですよ」


 学園長はにこにこと。

【死聖】ノイはぼんやりと。


 二人は格子を挟んで見つめ合い、そして、【死聖】はうなずいた。


「よし、保留しよう」


「いやここで決めろ!」


 思わずラミィは叫んでしまったが、学園長は肩をすくめて理事会員手帳をふところにしまった。

 そして、


「では、別な条件ですが━━━━」


 切り出す。

 むしろそちらが本命という様子で語られた言葉に、【死聖】ノイは、こう応じた。


「わかった、あなたの提案を呑もう。ぼくの依頼者について明かすよ」


 ラミィは「そんなんでいいのかよ」とつぶやく。

 その腑に落ちない表情が、今しがた交わされたやりとりの不可解さを物語っていた。

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