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第33話 からん、ころん

 レオンはスキルというものを嫌っている。

 いや、恨んでいるとさえ言えるだろう。


 たとえば夜の街を散策していたら人が倒れているのも、その人が何やらわけありっぽいのも、狙いすましたようなタイミングで『その人』を狙った追手が現れて、なんやかんやといっしょに逃げる羽目になるのも、全部全部スキルのせいのような気がする。いや、自分のスキルがそういうものじゃないのは知ってるけど、それでもだ。


 先天スキルは才能。

 潜在スキルは道標(みちしるべ)


 誰が言い出したか、レオンが生まれたころから世界はそういうふうになっていた。それはいい。まァいい。社会とか歴史とか世界の仕組みとかに『悪役』を押し付けて嘆くだけ嘆いてなんにもしない時期はとっくに通過したつもりだ。


 先天スキルは呪い。

 潜在スキルは上限。


 レオンはそう思う。そしてレオンの潜在スキルは『中途半端』『器用貧乏』の【闘士】だ。なんでもできるが、どれでもトップグループほどの実力にはならない。いてもいなくても変わらない、そんなスキル。


 だから『事件』に巡り合ってしまったら、精一杯、回避の努力をする。


 レオンは臆病者だ。それは自己評価でもあるし、他者評価でもあるはずだ。

 レオンは巻き込まれるだけ巻き込まれておいて、途中で全部投げていいとなれば容赦なく投げる。

 だってそうだろう? 事件なんていうものにはかかわらない方がいい。人の事情なんていうものには首を突っ込まない方がいい。人の人生の大事にかかわって、重要な役割を回されて、失敗したらどう責任をとれっていうんだ? とれるわけがない。そういう自己評価だから投げ出す。誰にも責められない『賢い生き方』ってヤツだ。


 だから、『事件』が向こうからやって来るのは本当に迷惑で……


 頼むから、自覚させないでほしい。


 ━━俺は本当は、ヒーローになりたがっているのだと。


 どれほど押し込めても、誰かの事件で重大な役割を負いたいという『痛い』自分がずっとずっと心の中に存在するのだと、どうか、自覚させないでほしい。



「ああ、クソ……! 会ったばっかの先生を巻き込んだ!」


 自己嫌悪で吐きそうになる。

 今までだって人に投げてきた。でもそれは学園のガードだったり、あるいは事件の当事者だったり、なんらかの責任を負う立ち位置の人だ。

 ところがトリスメギトスの教師には『責任』がない。あくまでも各種面倒な事務処理及び雑労働、それに授業の垂れ流しをするだけの『便利屋』だ。しかも勉強だって本気で学びたければ『ゼミ』に所属する。

 その働きが自分たちの学園生活を支えていることに敬意を表しつつも、いざという時に頼るべき相手ではない。教師というのは学園都市トリスメギトス内に限って言えば、たいていの学生よりも無力な存在でしかない。


 でも、頼ってしまった。


 たった一度、この件で助けられたからだろうか。だから差し迫った状況の中でとっさに顔が浮かんだのか? だから助けを求めたのか?

 そんなの━━


こいつ(・・・)と変わらねェじゃねぇかよ!)


 真夜中の学園、街の裏。入り組んだ通りは迷宮のようであり、明かりのない建造物の陰は湿った濃い闇が支配している。

 どこの何屋ともわからないざらついた壁に背中をあずけながら、腕の中の少女を見る。

 多少の暗視能力があるだけの【闘士】ではその顔立ちまではわからない。けれど、少女が傷つき、血を流し、だんだん冷たくなっていくのは抱きしめていることでよくわかった。


 神官系のスキルの持ち主がいなければ、きっと彼女は死ぬだろう。

 学園内の神殿、あるいは薬師・錬金術師系の部活動を頼るべきか。それらは少なくともこんな治安の悪いスラムの闇の中にはない。夜中の街をどれほど奥まった場所に逃げようとも、安心できる場所などその先にはないというのに……


「小僧」


 しわがれた男の声がして、レオンはとっさに息を止めて、必死に気配を殺した。

 聞かせるような『からん、ころん』という足音がだんだん近付いて来る。

 レオンは緊張と恐怖で高鳴る心音を隠すように、傷だらけでぐったりする少女をぎゅっと抱きしめた。


「小僧、騙されてはいかんぞ。その生き物はな、殺さねばならぬのよ。どれほどいたいけ(・・・・)で、どれほどあざとい姿であろうが、世界のために死なねばならんのだ」


 レオンは答えない。

 動くこともできない。


 からん、ころん。

 足音は確実にレオンのもとへと近づいて来る。


「現に、わしの槍に狙われて逃げ延びておるではないか。ただの無力な少女にそんなことが可能か? 否であろう。【槍聖(・・)の槍(・・)から逃げられる者が、無力な少女であるものかよ」


(わかってんだよ、ンなことは……!)


 この少女がただ者でないことなど、レオンにもわかっている。

 それは昼に【死聖】の話を聞いたからだ。そして実際に、【槍聖】に狙われてここまで逃げ延びているからだ。


 理不尽な話だが。

(ひじり)』の名を冠するスキルの持ち主が『殺す』という決意で得物を振るっているのに死んでいないのは、この上もない『まともでない』証明たりうる。


 引き渡すべきだ。


 昨日ちょっと出会ったばっかりの子だ。守る義理などありはしない。そしてレオンは事情も知らない。だったら言われた通りに引き渡すべきだ。

 少なくとも、病院か治療系の部活動か、とにかくケガを治せる場所に連れて行く程度のことだけすべきであって、こうやって守りながら暗闇に潜み続ける必要性は皆無だった。


 でも、見捨てられない。


 何が得か、どうするのが普通か、そういうのとはまったく別に……


(こんなに心細そうにしてる子を放っておけるわけねェだろうが!)


 どうしようもない衝動が、レオンには常にあった。

 弱者救済━━などと一言でまとめてしまうといかにも傲慢だし、『お前は人を弱者扱いできるほど強いのか?』という自問(ツッコミ)が頭をよぎるけれど。


 目の前で傷つき、困っている、一人ぼっちの誰か。


 これを助けないという選択肢がないのだ。あとから『ああ、別に俺が助ける必要もねぇじゃん』と気付くのだ。いつもそうだ。

 だから冷静になってから投げ出す。レオンという少年の中途半端と言われる行動は、そうして出来上がっている。


「小僧、それ以上かばいだてするなら、貴様を『魔王の使徒』とみなすぞ。……最後の通告だ。『魔王を引き渡せ』。すでに充分、貴様に冷静になる時間は与えたぞ。年寄りの気遣いを無駄にするでない」


 からん、ころん。


 木製の靴の音が舗装された道にこすれて響く。まぎれもない『死の足音』。対面すれば死ぬ。いや、対面しなくても次の瞬間には死んでいるかもしれない。


(ひじり)』と敵対するというのは、そういうことだ。


 腕をほどいて少女を解放しろ。傷ついた彼女の背を押して【槍聖】の前に引っ立てろ。そうするだけで明日からまた平穏で一般的な生活が戻ってくる。ただそれだけで……


 ただそれだけで。


『少女を見捨てた』という後悔を永遠に抱え続ける、平穏。


「助けようか?」

「!?」


 目の前から急に声がかけられた。

 だから腕の中の少女が急にしゃべったのかと思った。

 しかし視線を下げた先にいるのは、ボロのローブをまとった……


「あんた、【死聖】か?」

「ん? ああ、そうか、君はあまり夜目がきかないのか。そうだよ。やっほー。【死聖】ノイだよ。昼ぶり?」


 抑揚のない声が字面に直せば快活に映るだろう文字をつむぐ。

 ……ナギ先生はこの女をずいぶん信頼し懐いている様子ではあったが、レオンはどうにも、この女をうまく受け入れられない。

 それはよくある『暗殺者』に対する偏見かなと思って自己嫌悪もしたのだが、こうやって対面してみても、やっぱり、不気味な気配を感じてしまう。


「……金なら、ねェぞ」

「君は、その女の子を守りたい。そうだよね?」

「ああ……」


 苦々しく認めた。

 守りたいのだ。魔王だとわかってなお。【槍聖】がそばに迫ってなお。この少女を見捨てた後悔の上の『平穏』など歩みたいと思えない。その人生に価値を感じられない。


 どうしようもない正義感であり、救いようのない短絡だ。『困っている弱々しい存在』に見える(・・・)というだけで、こんなにも『見捨てる』というのに罪悪感を覚えるのだから。


「……けどよ、【死聖】、あんた、この子を殺そうとしてるんじゃねェのかよ」

「ぼくがその気ならもう死んでるよ。でも、生きてる。それが答えだ」

「……」

「それと、お金はいらない」

「……けど」

「ああ、いいんだ、返事は。君の立ち位置だけ確認できれば、ぼくは勝手にする。君の仕事は、その女の子をナギのところまで届けるだけでいい。そうすれば治療をするだろう」

「あの先生、神官なのかよ」

「少なくとも【女神】と連絡できる立場だろう?」

「……くそ。……頼む。俺はナギ先生と合流する」

「ん。それでいい。時間稼ぎお疲れ様。時間は君を有利にするだろう。君がその子を守ろうとする限りにおいてね」


【死聖】が闇に溶けていく。

 ……『(ひじり)』と『聖』がこれから戦う。少なくとも一瞬で決着がつくこともないだろうし、そのあいだにレオンがターゲットにされることもないだろうとは思う。


 だから、今の状況は『ホッと一息』という感じのはずだった。

 なのに……


「……くそ!」


 レオンは悔しげにうめく。

 その悔しさの正体がなんなのかは、彼自身も、わからなかった。

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