第8話 庭園散策らしい
「まあ……!」
夫人達に導かれ、庭園に着くなり私は思わず歓喜の声を上げた。庭園中に咲き乱れる雛菊の花と、その空中に浮かんでは沈む魔法具によるライトアップ。前世で言うところの光のページェントみたいなもの。
魔法具から放たれる柔らかな光が雛菊の花を浮かび上がらせ、満天の星空と相まって、異界のような幻想的な光景を生み出している。
「球形魔法具によるライトアップです。稼働源には商品としては大きさや美しさの面から売れない屑魔法石を使っておりまして、稼働時間は短いですが、無駄なく資源を利用できるように工夫をしております」
「素晴らしい技術ですね。流石は、ヴィオレット辺境伯家」
ヴィオレット辺境伯家は辺境伯として軍を有する反面、芸術関係に造詣が深いことで有名だった。
兵士達が多く在駐する中でよりよい武具を、より美しい魔法具を造ろうと職人達が試行錯誤した結果だと言うのが通説だ。事実、ヴィオレット産の武器は切れ味が良くまた見目も麗しいため貴族出身の騎士達に人気がある。
まあ私には、綺麗~可愛い~くらいにしかわからない。武器なんてほぼ目にする機会がないからね。あったとしても護衛の騎士達が下げている剣を見るか、鍛錬場でちらっと見るくらい。王女なんてそんなものだ。
メリッサ様が夫人の言葉を継ぐように口を開く。
「これは妹のアリスが考案したものでして……殿下がいらっしゃった際には必ずお見せしたいと日頃繰り返し繰り返し言っていたものですから」
「アリス様は発想に力に富んでいらっしゃるのですね。まだ6歳でしょう……? 素晴らしいわ」
「もったいないお言葉にございます。きっとアリスも喜びますわ」
ヴィオレット辺境伯家は、辺境伯、夫人、長女のメリッサ様、長男のレオン様、そして次女のアリス様の5人家族である。
メリッサ様は私と同い年、レオン様は私の2つ下、アリス様はルーカスと同い年だ。そう、アリス様は現在6歳。
6歳でこの発想力って凄くない? 造ったのはたぶん本人じゃないだろうけど、私6歳の時にこんなことを出来る自信がない。
異世界転生系ラノベでは前世の知識を生かして商品を作り成功していくなんて展開がありがちだが、実際に異世界に転生した私が明言しよう。
──いやそんなの無理だって! と。
こちとら生まれも育ちも一般人だぞ。
マヨネーズくらいは作れるかもしれないけど、味噌とか醤油とか発酵食品でしょ!? 怖すぎるわ! シャンプーのボトルとかボールペンとか原理がわかるようでわからないし、石鹸? むしろどこでそんな知識を取り入れてくるの??
極端に私に学がないだけかもしれないが、あんなに簡単にどうにか出来るものではないのはわかる。
転生時にチートを持って生まれたんじゃない。あいつらは生まれながらに微チートだったのだ。
夫人のよくわかるようでわからない専門的な魔道具の説明をふんふんと頷きながら聞いていると、不意にどこからか歌声が聞こえてきた。
伸びやかで、しかしストレリチア固有の音楽とは異なった──いわば異国風の調べ。けれどそのメロディーは妙に懐かしいものだった。何度も何度も繰り返し聞いたような、泣きたくなるような懐かしさの音程。
その歌声はお世辞にも上手いとは言えなかったけれど、私の心を大いに揺さぶった。
何故ならば──
「アリスっ…!」
今まで大人しく微笑んでいたメリッサ様が、喜びの色をその瞳に湛えてその名前を叫ぶ。その視線は私を透かして、遥か上部へ。
振り返ればいくつもの明かりの灯った辺境伯邸の窓の内の1つが空いており、そこから1人の少女が身を乗り出しているのが見てとれた。
「まあ、アリス……あんなところで……」
アリス・ヴィオレット。
夜闇を背景に、彼女の美しい薄桃色の髪が舞い上がる。
その大粒の宝石のような碧眼と目が合った───ような気がした。
「殿下!アリスはですね、天才なのです!私達が見たことも聞いたこともない曲をスラスラと作り上げて歌ってしまうのですよ!」
メリッサ様か興奮した様子で私に語りかける。妹の特技を自慢したいいじらしい姉の言葉は、既に私の耳には届かない。
懐かしいのも当然だ。日本人なら1度は必ず聞いたことがある──いや、卒業式、入学式、何かのお祝い事にかこつけて嫌というほど聞いてきた、“国歌”。
「……君が代」
ああ、夢の女神よ。
私は起きたまま悪夢を見ているのでしょうか。
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