第7話 とりあえず無事らしい
辺境伯一家と談笑しながら夕食を終え、用意された客間へと戻る。辺境伯家のメイド達が下がると、私は急いで私物を詰め込んであるトランクへ駆け寄った。
このトランクは私のお気に入りで、なんと言っても板で区切られて二層構造になっているのが素晴らしいのだ。上段にはハンカチやペンなどの見られても良いものを、下段には日記帳などをはじめとした出来れば見られたくないなーと言ったものを詰め込む。
まあトランクといっても私は王女。荷物持ちは従者の仕事ですから、取らないで差し上げて下さいと念押しされているため、入っているものはごく僅か。軽い軽い。
こちとらあの激重のランドセルを背負って6年間登下校したんだぞ……! といっても伝わるわけがないよね。
そんなわけあって馬車を降りる直前にこのスッカスカのトランクに慌てて詰め込んだ次第だ。
トランク板を外して下段をを覗くと子犬はくるりと丸くなって眠っていた。見た感じ、暴れたような跡はないのでひとまず胸をなで下ろす。
しかし怪我を負っているようだし、油断は出来ない。私はトランク上段にしまっておいた回復ポーションを取り出して右足に振りかけた。
この世界には回復魔法というものが存在している。しかし、それを使えるのは水、花、光、闇のたった4属性の魔法使いに限られる。
この世界の魔法は10個の属性に別れている。炎、水、花、風、地、雷、氷、闇、光、無だ。
魔力持ち──魔法使いの素質のある人間達はこれらの属性を、1人1つ、珍しい例では2つ持って生まれる。ちなみに属性は遺伝するらしい。
このうち炎、水、花、風を基本属性と言い、魔法を使える人種の中でも大部分を占める。
残りの属性は特殊属性と呼ばれ、珍しい属性として知られている。その中でも光、闇、無は極端に人数が少ないそうだ。
生憎、私──というよりは、ストレリチア王家の家系は代々炎属性だ。
私はもちろん、お父様も弟のルーカスも炎属性。ロイはお母様の血が濃く現れたのか特殊属性の氷である。よって炎属性の私には回復魔法が使えない。
今回は予備の回復ポーションを使ったけれど、ポーションは経口で体内に取り込む場合は苦いし、傷口に振りかける場合は体に負荷がかかる。
なので、本当は回復魔法で治した方が理想らしいがわがままは言っていられない。
ポーションの回復の感覚に耐えかねてか、トランクの中で子犬が身動ぎする。
魔物は危険生物だ。いつ暴れ出したとしてもおかしくないし、軽々と私達の命を奪うことの出来る恐ろしい存在。
しかし、せめて、傷が治るまでは…。
保護してあげたいと、なんの戦闘力もない私が願ってしまうのは傲慢だろうか。
トランクの中で身動ぎをしていた子犬が、再び穏やかな寝息を立て始めた頃、客室の扉を叩く人物がいた。
「おやすみのところ申し訳ございません、殿下。ナターシャにございます」
「ナターシャ様……?」
ナターシャ・ヴィオレット様。正式には、ヴィオレット辺境伯夫人。
まだ寝ては居なかったけれど、こんな時間にどうしたのだろうか。
「どうぞ」と入室を促すと、ローブを纏った夫人はにこやかな笑顔を浮かべていた。
その背後からひょっこりと、彼女の娘──ヴィオレット辺境伯家長女、メリッサ様が顔をのぞかせる。
「今日はよく空が晴れていますし、きっと星も美しく見えることでしょう。今、庭園の雛菊が見頃を迎えているのですが……よろしければ、ご一緒にいかがですか?」
何それ、絶対楽しい。
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