第5話 川辺で遊んだらしい
よく晴れた快晴の元、騎士に導かれながらやってきたのは街道付近を流れる小川。
水は淀みなく流れ、しかし地形のお陰かあまり流れは速くないらしい。
少し大きな岩陰に小魚が泳いでいるのが見て取れた。その清らかな川に、私は足を踏み入れる。
ドレスじゃなくてよかったな。
今日は狩猟が目的なわけだから、とメイド達の反対を押し切ってズボンを着てきて良かった。
まあ日焼けしてはいけないから、と外套は着せられているがドレスなんかよりは全然マシ! ビバ!洋服!!
靴を脱ぎ足を流れに浸すと、心地よい冷たさが感じられた。城にいるとそうそう出来ない体験だ。
ざぶざぶと水をかき分け岩陰に向かい、小魚を素手で獲ろうとしたが逃げられてしまった。まあそう簡単に獲れるわけがないか……。
そのあとはゆっくりと川下の方へと進む。といっても監視の目が行き届く位の距離しか移動していないが。
すいすいと泳いでいく川魚達は小川に生息しているのに反して、よくよく肥え太っていた。獲って塩焼きにして食べたら美味しそうだな。おそらくは自然豊かなフィアールカ山脈の付近を流れているからなのだろう。
まだ見ぬ川魚を探して下へ下へと移動していると、岩陰で何かが蠢いた。黒い何かが岩陰から姿を現したり、隠したりを繰り返している。
小動物……リスか何かだろうか? と好奇心のままに岩陰をのぞき込む。
「……ひっ」
声を上げてから気がついた。声、騎士に届いてないよね……? そーっと後ろを振り返ると、騎士と目が合い微笑まれる。ひとまず、声には気がつかれてないみたい?
私は視線を岩陰のそれに戻す。岩陰にいるそれは──黒い子犬だった。しかも、足に怪我をしている。きゅう、きゅう、とか細い声が流水音に呑み込まれる。
これは拾っても良い物なのだろうか? そんな混乱めいた疑問が脳裏を過る。
たとえがこれが前世に起きた出来事だったとしたら。私は迷わず拾って病院に連れて行っていただろう。私自身は博愛主義というわけではないが、見過ごせるほど冷酷でもない。鳥は拾ってはいけないらしいけど、猫だったら大丈夫なはず。
しかしこの世界は剣と魔法の溢れる異世界。そして、この世界に普通の動物は存在しない──要は、この動物は魔物で確定ということ。
この世界で育った子供達はみな、魔物は見た目で強さを判断してはいけない、と口酸っぱく親から教え込まれる。
かつてどこかの国の騎士団が森で遠征訓練を行った際に、小鳥の魔物によって半壊状態に追い込まれたという事例もあった。何でもその小鳥型の魔物はドラゴンが擬態したものだったそうな。
まあこれはあくまで悲惨な例に過ぎないが、森へ林へ足を踏み入れる子供達が魔物に襲われて命を落とすという事件が後を絶たない。
今一度問おう。
──これは拾っても良い物なのだろうか?
相手は手負いの魔物。小型であるということは安心要素にはならない。手負いの獣ほど恐ろしいものはないのだ。
「んー……」
後ろから、護衛の騎士の「準備が整ったようです」という声が飛んできた。自身の安全をとるならばこのまま放置して馬車へ向かうべきだ。しかし、このまま見過ごせばいくら強靱な生命力を有する魔物とて確実に死に至るだろう。
「殿下?」
「──いいえ、今行くわ」
私は慌てて外套の内ポケットに子犬のようなものを突っ込むと、身を翻して川を上がった。
悲しきかな、お人好し魂。
もうどうにでもなってしまえ。
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