9 合法的
「どの依頼を受ける?」
ギルドの掲示板の前。
俺の言葉にルゥナが振り向いた。黒いリボンと、一つに結ばれた紫色の髪がふわりと舞う。
他の冒険者はすでに依頼を受けて出て行ったのか、ほとんど人がいない。ギルドは閑散としていた。
「対人戦、おすすめ」
「対人戦か」
対人戦、というと。護衛依頼や盗賊討伐依頼のような、人間が相手になる依頼のことだろうか。
試しに、俺が『盗賊団討伐』という依頼書を指差すと、ルゥナが目を輝かせて、こくりと小さく頷いた。
「そう。向こうは本気で殺しにくる。こっちは殺せない。いいハンデっ」
確かに護衛依頼や盗賊討伐依頼は報酬が高い。
それに、魔物と違って数が激減したり、明らかに格上の魔物に偶然遭遇したり、なんて事がないため安定している。
魔物ではなく、こういった依頼を専門にしている冒険者も多い。だが、
「F級だから、無理なんだ」
もし相手が強敵であれば、殺さずに済ませることは難しい。そして人と殺す、となると精神的なハードルが高くなる。
『複数人の護衛対象を守りながら』、『盗賊を生きたまま捕らえる』など、条件がさらに追加されると、難易度はさらに上がっていく。
それに、相手が極悪人でない限りは『殺さない』という条件がほとんどだ。なので、推奨D級以上になってくる。
「そう。残念」
ルゥナは眉尻を下げ、寂しげに目を伏せた。表情の変化が少ない分、本当に悲しんでいるように見える。
「せっかく、合法的に戦える、いい仕事なのに」
合法的……。物騒な言い方だな。
まあ、確かに。冒険者の中には、限りなく黒に近い依頼を個人で受けている奴や、犯罪に片足突っ込んでいるような奴もいる。コソコソと冒険者ギルドを通さずにやり取りしているため、国も苦労しているそうだ。
それと比べたら、法に触れずに同じくらい高い収入を得られるため、合法的な良い仕事と言えるのかもしれない。
「ルゥナの階級は、まだ聞いていなかったな」
護衛依頼や盗賊討伐依頼が選択肢として出てくるとなると、やはり実力者か。
「私はC級」
C級。普段はソロなら、実際はC級の中でも上位に位置する実力があるだろう。
この街の冒険者はD級が最高だったはずなので、その凄さがはっきりと分かる。
「……やっぱり、パーティー組むの辞めないか」
F級の俺は、パーティーを組んでもE級の依頼までしか受けることができない。
ルゥナがパーティーを組もうと言ってくれたのは、親切心からだ。
いくら、お互いお金に困っているからといっても、ルゥナは俺に合わせて依頼の難易度を下げる必要なんてない。
それに、足手まといのくせして、報酬だけは分けてもらうような図々しい真似は、さすがにできない。
「どうして?」
いや、不思議そうに首を傾げられても困るんだけど……。
「ルゥナ。俺は、弱い」
「ん。弱い」
事実とはいえ、ここまではっきり言われると傷つくな。
「私が守るよ」
相変わらずの無表情。ルゥナは俺を見上げて、なんてこともないように言った。
そういう問題じゃないんだよ……。
それでも悩む俺に、ルゥナはそれに、と続ける。
「少年。私たちは同じ志を持つ仲間。実力は関係ない」
ルゥナは掲示板に視線を戻し、一つの依頼書を指差す。『シルバーウルフ討伐』。
「これ、受ける」
いつもより、報酬が高めになっているが、C級冒険者の稼ぎに比べると少なくなってしまうだろう。
「ルゥナ。俺に合わせなくていい」
「合わせる?」
「ああ。こんな階級の低い依頼じゃなくても、もっと高難度で稼げる依頼はあるはずだ」
「大丈夫。数が多いし、私も満足できる」
数か。C級ほどの実力になると、シルバーウルフ討伐でも報酬が安い分、たくさん狩って、同じくらい稼げるのだろうか。
「でも、……いや、ありがとう」
ルゥナの厚意を無駄にするわけにはいかない。
俺が礼を言うと、ルゥナは何も言わず、ただ小さく微笑む。
とても親切でいい人だ。
だが、悪い人じゃないと分かっているのに、所々ドキッとするのは、なぜだろう。
恋愛感情とかそういうものではなくて、なんかこう、魔物と相対してる時みたいな……。