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7 冒険者ギルド


「助かった。ありがとう」


 身支度を終えた俺は店を出る。


 外はすでに明るくなっていた。


 振り返り、扉まで見送りに来てくれたシェイラに改めて礼を言う。


 結局、店の二階にある空き部屋を使わせてもらった。


「……ん。どういたしましてぇ……」


 シェイラは朝に弱いようで、重い瞼を懸命に持ち上げて、なんとか笑顔を作ろうとしている。


 だが、眠気には勝てなかったようで、ドアのふちに体を預けて、立ったまま寝てしまった。昨日とは打って変わって、年相応の少女のような顔だ。


「ところで、だが」


 俺は頰が引き攣るのを自覚しながら、呼びかけると、目を閉じたまま、「うん」と声が返ってくる。


 懇願するように言葉を続けた。


「何で、俺はまだワンピースを着ているんだ……?」


「んー……。んんん」


 シェイラは小さくうめき、腕を組む。眠そうな顔のまま、片目だけが開いた。


「……仕方ないよぉ。汚れがまだ落ちていなかったんだから。それに、ローブで隠れて見えないしぃ」


「そういう問題じゃない」


 視線を落とすと、見慣れた深緑色のローブ。


 どうやら、都合よくローブだけは汚れが落ちたらしい。いい加減にしてくれ。


「服を取りに、また来ないとね……?」


 シェイラは片手で口元を隠しながら、あくびをする。俺が女物の服を着ることを許容しそうな最低ラインを狙わないでほしい。ちゃんと動きやすいワンピースだし……。


「どっちにしろ、貰ったポーション代と一泊分の宿代は今日の夕方にでも返す」


 無償の善意ほど怖いものはない。


 借りを作ったままにしておくのが一番まずいのだ。


『その時に絶対、服を返せ』


 強調するように大きめの声で、そう続けて言った俺に、シェイラは首を横に振った。


「……じゃあ、気をつけて」


 おい待て、今の首を振った反応はどっちに対してだ? 服の方……じゃないよな?


 シェイラはふわっと微笑むと、ひらりと手を振って店の中に戻っていった。


 俺はため息を一つ吐いて、大通りに向かって歩き出す。


 とりあえず、ギルドに向かう。さっさと稼いで服を買いたい。アイツは当てにしないほうがいいからな……。




 ◇




「シェイラが言ってた通りだな」


 依頼書が貼られたギルドの掲示板。


 受付に依頼書を持っていく必要がない常時依頼に分類される、シルバーウルフ討伐依頼の報酬がいつもよりも多い。


 道が使えなくなり、物流にも影響するため、街の近くまで現れたシルバーウルフを早急に退治したいということだろう。


 こういう時には補助金が出て、その分が上乗せされるのだ。


 元々、森の奥にシルバーウルフの特に大きな群れが三つ確認されていた。


 それぞれ、優秀なリーダーに率いられた強力な集団で、人間に深く干渉することなく、長い間生きている。今まで討伐されてきたのは、他の若いシルバーウルフの群れが多い。


 だが、今回。原因はまだ分からないが、突然一つの群れが壊滅し、散り散りになったそうだ。


『恐らくだけど、シルバーウルフの群れを壊滅させた、強い魔物がいるね』


 シェイラは、ゴブリンが街の方向に逃げたことから、シルバーウルフを超える強者が森の奥に現れたと推測していた。


 変異種や上位種といった、特に強い魔物が現れた時によく見られる、魔物の典型的な行動らしく、俺以外にもいくつか目撃情報があったそうだ。


 そのため、縄張りを追いやられ、ゴブリンの中でも武器持ちの強い個体や上位種まで、街の近場で遭遇するようになったという。


 短剣を投擲してきたあのゴブリンも、長く生きてきた強い個体だったのだろうか。


 ……と、シルバーウルフの群れが散り散りになっただけだったら、リーダーが死んだか、内部分裂だろうと片付けられるが。



 今は、『シルバーウルフの群れの崩壊』、『異常に強い魔物が現れた時の兆候』二つの事態が同時に起こっている状況。



 それは、直接的な関係があるんじゃないか、と考えるには十分であった。


「『森の異変調査』……」


 ギルドもシェイラと同じ判断をしたらしい。複数のパーティーが同時に受けられるようになっており、情報の内容によって、報酬が出される。


 討伐依頼ではないため、推奨階級は設定されていない。


 森の中で何が起こっているのか、それを把握するために、より多くの冒険者が必要だと判断されたのだろう。


 お金に困っている俺にとって、惹かれる内容の依頼だが、シルバーウルフ以上の脅威の存在がいる可能性を考えると、踏み切れない。


 とりあえず、新しいアーツを習得していないか鑑定を……




「――――見つけた」




 ゾクリ、と背筋に悪寒が走る。


 わずかな喜びが混じった、抑揚のない淡々とした声が耳元で囁かれて、反射的に振り返る。


 目の前に小柄な少女。


 嘘だろ、コイツ、音もしなかった……ッ。


 少女の瞳孔が開ききった、金色の瞳がこちらを見つめている。動揺し、身体が硬直してうまく動かない。


「ずっと会いたかった」


 恋をしているかのようにウットリとした声を無視し、俺は咄嵯に一歩退き、腰のナイフに手を伸ばす。


 だが、それを予想していたように、目の前の少女が俺の手首を掴んでいた。


 瞬きした瞬間に距離を詰められたことを理解する。間合いなんてものじゃない。文字通りの目と鼻の先。


 一瞬遅れて、少女の紫色の前髪が俺の頬を撫でる。


「私の名前は、ルゥナ。よろしく、少年」


 掴まれた手は冷たく、まるで氷に触れているようだった。


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