4 串肉三本
色々と質問されたが、やましい事は何もやっていないため、無事に解放された。
だいぶと時間を取られてしまい、日が暮れて暗くなってしまったが……。
〈転送〉のこと、ゴブリンのこと、全財産を落としたことで動揺していたとは言え、短剣を片手に店を出るとかマヌケすぎる。いや、なんか仕方ない気もしてきた。
とりあえず、落ち着こうか。
街の広場に設置された長椅子に座り、深呼吸をする。少しだけ思考がクリアになった気がした。
俺が座る長椅子を避けるように歩く人の流れを見ながら、これからのことを考える。また衛兵を呼ばれても、文句言えないわ、これ。
〈転送〉とゴブリンについては冒険者ギルドで情報を集めるしかない。
お金についてだが、これもまた冒険者ギルドに行き、魔石を換金するしかないだろう。
落としたお金は諦める。安い宿に数十泊できる程度まで貯まっていたが、やみくもに危険な森で探して、死ぬよりマシだ。
それにシルバーウルフの魔石で一泊分のお金になる。
「魔石が無かったら、もっと追い込まれていたな」
無謀にも夜の森に戻って、落としたお金を探していただろう。
さすがに宿に泊まれないとなると、話は変わるのだ。
ふと思い立ち、夜空を見上げる。
雲ひとつない満天の星空を飛んでいるのは、ヴァンプバット。コウモリのような見た目の小型の魔物だ。
「こいつが居るから、宿無しで寝るのが難しい……」
ヴァンプバットは音もなく急降下し、街のどこかに消えていった。
この街、商業都市『スターステイト』の周りは大きな壁で覆われ、門も頑丈な作りになっており、魔物の侵入を許さない。
森に多く生息する魔物が冒険者を集め、その魔物の素材が商人を集めた。そうして商業が発展していった、『スターステイト』。
森は富だけでなく、魔物の被害をもたらす。だからこそ、この街は魔物への備えを欠かさない。
しかし、小型の魔物や空を飛ぶ魔物は例外で、簡単に入ってくることができるのだ。ワイバーンのような侵入可能で強い魔物が近くに存在しないため、あまり問題にはなっていないが。
小動物や人間が出すゴミを食べ、基本的に人間を襲わないヴァンプバットだが、無防備に外で寝ていたら、当然襲われる。
「とりあえず、ギルドに行くか」
長椅子から立ち上がり、伸びをして身体をほぐす。
そして、街の中心部に向かって歩き出した。
◇
「えっと、銅貨三枚……?」
冒険者ギルドに着いた俺は受付嬢の言葉を反覆するように呟きながら、目の前に置かれた木製のトレイにある三枚の銅貨を呆然と見る。
「はい」
「シルバーウルフの魔石のお金も入っていますか?」
「いえ、その」
いやいや、銅貨三枚って、串肉三本だぞ?
震える手で何度も銅貨を数える俺に、申し訳なさそうに受付嬢が答える。
「リエルさんが受注されていた【メルル草採取】が未達成ということで、ペナルティーが引かれまして、報酬としてお渡しできるのは、この金額になります」
やばい。依頼受けてたこと、忘れてた。
シルバーウルフに襲われて、必死だったから……。
「すみません。依頼書にはしっかりと明記されています」
冒険者は依頼を受け、それを完遂すれば報酬を受け取る権利が発生する。しかし、途中で放棄したり、依頼内容とは異なる行動をすると、ギルドからペナルティーが課せられるのだ。
ということは、俺の手持ちのお金は銅貨三枚ってことになる……と。
宿にも泊まれないし、串肉を食べたら一瞬でお金は無くなる。
「へあっ!?」
茶髪を肩口で切り揃えた、仕事ができる人オーラのある受付嬢の意外にも小動物的な反応を聞きながら、勢いよく銅貨を握りしめて後ろを振り向く。
もし銅貨を盗まれたら、今度こそ俺は無一文。
そう思うと、周りに居る全員が俺の銅貨(串肉三本分)を狙っている気がしてくる。
「足りない……ッ」
お金が足りない。宿に泊まれず、そこら辺の道で野垂れ死にたくない。
銅貨を握りしめ、確かなその存在に心を落ち着かせる。
落ち着け。冷静でないときに不幸が立て続けで起こるものだ。
まずは……
「今から森に行ってきます」
「落ち着いてください!」
がばっとカウンターから身を乗り出した受付嬢にローブの裾を掴まれる。
ええい、離せ。これから落としたお金の回収に行く!