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3 今日も平和


「兄ちゃん、早くしてくれや。もうすぐ店を閉める」


 服屋のおじさんが困ったように眉を下げる。俺はなるべく焦っていることを悟らせないように、平静をよそおう。


「ちょっと、待ってくれ。〈収納〉」


 何度目か分からないアーツの発動。


 俺の目の前に、ほわんっと真っ白な球体が現れる。球体に手を突っ込むが、空っぽ。


 入れていたはずのお金はすっかり無くなっていた。


「おじさん」


 頰が引き攣るのを自覚しながら、〈収納〉を物珍しそうに見ていたおじさんに話しかける。


「……全財産、落とした」


 俺の言葉を聞いた途端、おじさんは気の毒そうな表情を浮かべ、


「そりゃ、災難だったな。ま、頑張れや」


 ポンッと肩に手を置く。そして、


「銀貨三枚だぞ」


 俺にトドメを刺すようなことを言った。


「待ってくれ!」


「うるせえ、金が無いなら、買うのを諦めればいいだろ」


 俺だってそうしたい。だが、


「頼む。さっきから外で衛兵が待機してんだ」


 窓の外を指差して、おじさんに詰め寄る。


 少し考えれば分かること。街に入る前に川で血を落としておくべきだった。


 俺は前衛ではなく、ポーター兼弓使いの後衛。その辺の感覚がなかった。


 返り血まみれで、街を歩くだけでちょっとした騒ぎになるとは思わなかった……。


 おじさんはため息を吐き、窓の外を見る。


「あ、一人増えたな。衛兵が」


「おじさん……」



 絶体絶命。



 そんな言葉が頭にちらつき、絶望感に打ちひしがれる。


 しかし、おじさんは全く気にしてないようで、呑気な声で言う。


「さっきのは空間魔法か。珍しいな。なんで、冒険者やってんだ?」


「……色々あるんだよ」


 人は魔物を倒すことで身体能力が上がり、スキルやアーツを獲得する。


 ポーターとしてどこかのパーティーに参加することが多く、今日のようにソロで依頼を受けることが滅多にない俺が使えるのは、〈転送〉と〈収納〉のたった二つのアーツだった。


 〈収納〉は、異次元空間に物を収納できるという便利な能力であり、これ一つで商人として十分やっていけるもの。


 だが、収納した物の大きさ、重さに依存して常に魔力を消費するという性質を持っている。


 平均以下の魔力しか持たない俺では大きめのリュックほどしか入れることができない。


 これでは〈収納〉と同じ効果を持つ魔道具、魔法袋の劣化。しかも、魔法袋はD級以上の冒険者であれば、手が出せる価格。人件費なし。


 そうじゃなければ、冒険者なんかにならないで、商人になっとるわ、ボケ!


「つーか、〈収納〉に金を入れてて、落としようが無くねえか?」


「落とすこともあるんだよ」


 〈収納〉に入れた物は自分にしか取り出せないため、矢、食料、ポーションの予備などの他に俺はお金を入れていた。盗まれる心配がないからだ。


 だが、シルバーウルフとの戦闘の時に、焦って落としたのだろう。


 矢を取り出す時に、お金を入れた麻袋も一緒に……。


「物々交換はダメか?」


 おじさんは腕を組み、難しい顔になる。


「物による」


 簡潔な答え。望みはまだありそうだ。


 革製のポーチから、ゴブリンの魔石を三個、シルバーウルフの魔石を一個取り出し、カウンターに並べる。


「魔石だ。ギルドに持っていけば金になる」


 おじさんは顎髭を触りながら、考える素振りを見せる。


「兄ちゃん、悪い。オレには、その魔石の価値が分からん」


 そうだよなぁ。冒険者や、魔石を素材として扱う仕事でなければ、あまり魔石を見る機会だってない。


「この短剣はどうだ? ゴブリンが持っていたやつだ」


 魔石をポーチにしまい、代わりに短剣を取り出す。


 ボロボロで錆びていても、一応金属。


 鍛冶屋に持っていけば少しの金になるので、ゴブリンの魔石を回収した時に、ついでに回収していたのだ。


「ずいぶんと古いな。血痕も付いてる。鞘もないのか」


 おじさんは俺に短剣を突き返し、面倒くさそうに頭を掻いてから、俺をドアの前まで押し出す。


「大人しく、出ていけ。事情を話せばすぐに分かってくれるだろ」


 それも、そうか……。


 冷静に考えてみれば、なんてこともない。衛兵には話を聞かれるだけだろう。


「分かった。ありがとう、おじさん」


「おう。また来てくれや」


 おじさんに背を向け、店を出た。


「すみません、ちょっと良いですか?」


 出た瞬間に強面の衛兵に声を掛けられ、足を止める。


「はい。こんな格好だけど、怪しい者じゃないです……」


 両手を上げて、抵抗する意思がないことを示すが、衛兵たちは腰に下げている剣に手を当て、警戒を強める。野次馬に来ていた街の人たちからは悲鳴が上がった。


「あ、あれ?」


 衛兵の鋭い視線を追っていくと、俺の右手で存在を主張するゴブリンの短剣。


 錆びていて、血痕も付いたボロボロの短剣は、なかなかの不気味さだ。


「ぁ……」




 無事に捕まった。




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