2 ゴブリン
やはり、新しいアーツを獲得したのかもしれない。
太い枝に座り、あの後も何度か試して三つに増えた小石を眺めながら、そう結論を出す。
とは言え、スキルやアーツの確認には冒険者ギルドにある魔道具を使う必要がある。
〈転送〉が上位のアーツに進化したのか、それとも全く別のアーツなのか。
とにかく街に戻ろうと思い、立ち上がったその時、茂みの向こう側からガサガサという音が聞こえてきた。
「……っ!」
反射的に音のする方へ向き直り、弓を構える。
音を立てないようにそっと様子を伺っていると、そこから現れたのはゴブリンだった。
数は三体。
そのうち一体は人間から奪い取ったものなのか、錆び付いた短剣を持っている。おそらく、リーダー格と思われる。
ゴブリンは、まだこちらに気づいていないようで、キョロキョロと辺りを警戒しながら、シルバーウルフの死体に近づいていく。
どうやら血の臭いに釣られてやって来たようだ。
この辺りは弱い魔物が多く、シルバーウルフほど強い魔物がめったに現れないとは言え、死体をそのままにしたのは不注意だった。
単純に面倒だったし……。
どうせなら、毒でも塗っておけば良かったか。
だが、相手はこの森にいる魔物の中で一番弱いと言われているゴブリン。
今の装備で十分対応できるし、この森にも何度も来ているため、習性や行動パターンもある程度把握している。
俺一人でも対処できる。
息を潜め、腰に下げた矢筒から矢を取り出す。
「……よし」
ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、静かに弦を引き絞る。
シルバーウルフとの戦闘で矢筒の中は、ほぼ空っぽ。
残っている矢も少ないため、確実に仕留められるように狙いを定める。
息を止めて、限界まで引き絞り――放つ。
「ギィッ!?」
俺の存在に気づき、驚きの声を上げるゴブリン。
放たれた矢は一直線に飛び、狙い通り先頭にいたゴブリンの額に突き刺さる。
そして、矢の勢いのまま後ろに倒れ、そのまま動かなくなった。
残り二体のゴブリンは仲間がやられたことに動揺しているのか、動きが止まっている。
隙ができた。どうせなら、〈転送〉を試すか……。
枝を飛び移り、少しだけ場所を変える。リーダー格の短剣による投擲を警戒しつつ、この巨木を活かす立ち回りを。
次の矢を取り出して、構えた。
そして、意識を集中させながら、
「〈転送〉」
矢を放った瞬間にアーツを発動。
空間に吸い込まれるように矢は一瞬で消え失せ、
――――ゴブリンの首元に転移する。
『ッ!?』
突然の痛みに、声にならない悲鳴を上げ、倒れる。
さすがに、一発で成功するとは思わなかったので驚いた。
それにしても、えげつない攻撃だな。気付いた時には矢に当たる。それも、初速の威力を保ったまま。
腰に下げたポーチから魔力回復ポーションを取り出し、一気に飲み干す。うわっ、苦っ……。
強力な攻撃手段であることは確かだが、消費魔力がやはり大きい。
〈転送〉が距離が開くほど、消費魔力も一定ずつ増加する。というような単純なものではなく、距離が開くほど、消費魔力の上昇幅も大きくなっていくからだ。
この距離なら一、二回ほどだろうか。連発は無理、使うにはもっと近づく必要がある。
距離をとって一方的に攻撃できることが利点の弓使いにとって致命的では……。
最後の一体はリーダー格のゴブリン。
仲間が倒されたことで、我に返ったのか、雄叫びを上げながら、手に持った短剣を素早く振りかぶり――
「危な……ッ」
投擲された短剣を、上半身を全力でひねることで回避する。
短剣は数本の前髪を切り裂いて、木の幹に深々と突き刺さり、一瞬遅れて冷たい風が頬を撫でた。
「……嘘だろ、おい」
今、完全に目があったんだが。
葉や枝で姿は隠れていて、ある程度距離もある。それなのに、完全に俺の方を狙った攻撃だった。
まさか、上位種か? シルバーウルフもそうだけど、何なんだよ今日は……。
三体の中で一番奥の方に居たから最後にしたが、順番を間違えた。
冷や汗が背中を流れるのを感じながら、次の矢をつがえて、
「あれ?」
ゴブリンは一目散に逃げ出した。
呆気に取られ、しばらくその光景を見つめる。
深追いする理由はない。矢も少ないし、これ以上の戦闘は難しい。だが、何か違和感が……?
「ッ!? あいつ街の方向に逃げて……ッ!」
嫌な予感がした俺は慌てて地面に飛び降り、走り出す。
普通、人間がいない安全な森の奥に逃げていくはずだ。明らかに様子がおかしい。
「〈転送〉ッ!」
矢を放つと同時にアーツを発動させる。
弓矢を警戒してなのか、木々の隙間を縫うように走るゴブリンの頭上に転移。
――命中。
ゴブリンは力なく崩れ落ち、絶命した。
「何だったんだ……」
結局、何も分からずじまいか。
肩で息をしながら、辺りを警戒する。もう近くに敵はいない。
安堵しながら、ゴブリンの魔石の回収に向かう。最近、山火事もあったし、物騒だな……。
もう日が暮れ始めており、辺りは薄暗くなっていた。