表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/38

14 シルバーウルフ


 何度も体をひねり、体勢を整えて、私は必死に目を凝らす。


 遥か下方。小さい少年のお姉さんらしき人を追う、五体の小さな集団がいた。


 その中に、一回りも二回りも大きな先頭を走る個体を見つける。


 私はそのシルバーウルフのいる場所めがけて、一直線に飛び降りた。


 当たった、そう確信するほどのスピード。


 衝撃で地面が、空気が震える。砂塵と小石が吹き荒れる。だけど、この手応えは……


「今のを、避けた?」


 両足の骨にまで響くような痛みに顔をしかめつつ、複数の気配がする方向を見据えた。


 やがて、砂埃が晴れる。


 そこに立っていたのは、やはり先ほど見た、他の個体とは一線を画す大型のシルバーウルフだった。


 身体中に切り傷があり、右目も潰れている。痩せていて、大きな左目が血のように赤く染まっていた。


 長く生き続けている個体は討伐推奨階級を大きく上回ることがある。


 おそらく、この個体も。


 そして、残りの四体もただのシルバーウルフではない。奇襲にも動じることなく、私を警戒していた。


 簡単に倒せる相手じゃない。


 さっきまでの焦燥感は消え失せ、代わりに高揚していく。


『グゥルルァアアッ!』


 大気を震わせる遠吠えが響き渡った。ビリビリとした威圧感が全身を襲う。


「……怪我は大丈夫?」


 振り返り、小さい少年のお姉さんに声をかける。


 褐色肌、燃えるような赤髪の小さい少年とは対照的に、色白の肌、海のような淡い水色髪の少女だった。


「はっ、はい! お姉さん、気をつけてくださいッ」


 声援に小さく微笑みながら、私は前を見据える。


 どうしようか。リーダー格は一体だけでもD級はありそう。リエル少年に残してあげた方がいいかな? 埋め合わせするって言っちゃったし……。


 よし、残しておいてあげよう。


 小さい少年を助けた時は、独り占めしちゃったから。私は同じ失敗を繰り返さない。


 そうと決まれば、ひとまず。少女の安全を確保だ。


 後ろを川に、前をシルバーウルフに塞がれてしまっているため、私が攻撃を避けたら、少女へとシルバーウルフが向かってしまう。


「私はルゥナ。あなたの名前は?」


 座り込んでいる少女に話しかけると、少しだけ安心した表情になった。


「えっと、わたしは……クレアです」


 クレアちゃん。彼女の名前を頭の中で復唱する。



 よし覚えた。



「少女って呼ぶね」


 なぜか呆気にとられた様子の少女に向き直る。抱きかかえながらが一番、守りやすいかな。両手がふさがって、いいハンデにもなるし。


 近づこうとすると、少女の顔が急に青ざめた。


 ――大丈夫。見えているから。


 振り向きざまに、ナイフを投擲。


 夕日を浴びて煌めく刃が、回転しながら風を切り、宙に弧を描く。


 一歩、踏み出していたリーダー格の足元へと、吸い込まれるように突き刺さった。


「あなたは、リエル少年に残しておいてあげるから」


 動揺しているシルバーウルフを無視して、少女の元に駆け寄る。


「へ? あ、あの!?」


 戸惑う少女をお姫様だっこ。


「しっかり、つかまってて」


 しびれを切らしたのか、シルバーウルフが一斉に飛びかかってくる。


 リーダー格は最小限の動きで回避。残りをすれ違う瞬間に、蹴り飛ばす。


 短い悲鳴を上げながら、シルバーウルフが川へと落下した。水しぶきが上がる。


 これで残りはリーダー格。


 こいつを倒せば終わってしまう。


 大きく息を吐きだすと、自然と笑みがこぼれた。楽しい。心の底からそう思う。


 目の前のリーダー格の瞳には、明確な殺意が宿っていた。


『グルォオオオッ!』


 牙をむいて、雄叫びを上げる。


 私の隙を窺っているのだろう。その巨体が僅かに沈む。


 その動作だけで、私は理解できた。こいつは強い。


「いいなぁ、リエル少年」


 こんな強敵と戦えるなんて。私は思わず呟いた。


 命をかけた戦いなのに、楽しくて仕方がない。この感覚がたまらなく好き。もっと、ずっと続けていたいくらいに。


 戦いたい、戦いたい。でも、リエル少年に譲らないと。


『ガァアアッ!』


 シルバーウルフが大きく跳躍する。


 先ほどまでとは比べ物にならない速さと力強さを感じる。


 右足を軸に、くるり、と一回転する。


 直撃すれば無事では済まない威力のそれを、紙一重のところで避けていく。


 すれ違い様に、左足を振り上げ、顎を思いっきり蹴飛ばした。


 鈍く重い音が響き渡り、シルバーウルフが地面に倒れ込む。


 起き上がろうともがくも、力が入らないようで、弱々しくうめいていた。


 肩の力を抜き、呼吸を整える。


 これ以上はやめておこう。死んじゃうから。またリエル少年に怒られてしまう。


『……グゥウウッ』


 シルバーウルフはゆっくりと立ち上がり、私を見据えてくる。


 その口元からは血が流れており、身体中が泥だらけだった。それでもなお、闘志は消えていない。


「惜しい。私が戦いたかった」


 長い時間を生き続けた個体は、精神も肉体も並みの個体を大きく超える。


 変異種や上位種とはまた違った強さだ。知識、経験、技術……様々な面で優れている。


 さっきから、やけに静かな腕の中の少女に目を向けた。


「ん……?」


 彼女は死人のような表情で気を失っていた。緊張の糸が切れてしまったんだろう。私の腕の中は安心できるからね。


 そして、改めてシルバーウルフに向き直った。


 体勢を下げ、飛びかかってくる。私は前へ踏み込んだ。


 腹部を蹴り上げ、後ろへ飛び退く。


 シルバーウルフは、よろめきながらも立ち続けていた。


 これくらい痛めつけた魔物が、一番強い。リエル少年も喜ぶだろう。




 ◇




 拍子抜けした。


 目の前で繰り広げられる戦いは、まさに一方的。


 無傷で返り血すら付いていないルゥナと、全身傷だらけのシルバーウルフ。


 そのシルバーウルフは、普通のシルバーウルフよりも巨大で迫力があった。明らかに別格。


 俺なんかじゃ絶対に勝てない相手だ。


 それなのに、ルゥナは平然とした様子で軽々と相手をしている。


 まるで子供の遊びのようにあしらっているかのように、シルバーウルフの攻撃は一切当たらない。


 ただ淡々と、流れるような動きで攻撃をかわしていく。


 白と黒のフリルがあしらわれたドレスのような服を身にまとう姿は、戦うというよりも踊っているかのよう。


「すごいな……」


 茂みに隠れて様子を見ながら、俺は無意識のうちに呟いていた。


 その言葉に嘘はない。素直に感嘆の声が漏れてしまうほどの光景が広がっていた。


「姉さん――クレアは大丈夫でしょうか?」


 隣にいたミサが、心配そうな声色で言う。


 ルゥナが抱きかかえている女の子。あの子がミサのお姉さんらしい。名前はクレアだと走りながら話を聞いていた。


 水色髪の少女は魂が抜けたような表情をしていて、完全に意識を失っているようだ。あんな戦闘が目の前で行われているのだから仕方ない。


「加勢するか。ミサは待っていてくれ」


 ミサが小さく頷くのを見てから、立ち上がる。


 ルゥナは、クレアを抱きかかえているからなのか、さっきからトドメをなかなか刺さない。


 優しい彼女のことだ。万が一にも、クレアに攻撃が当たらないように、回避に徹しているのだろう。


 ルゥナに手を振った瞬間、蹴り飛ばされたシルバーウルフがこちらに飛んできた。


 え? 目が合ったよね、ルゥナさん? こいつ、どうするの……?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ