婚約解消を狙っているようですが、浮気の証拠を手に入れたので婚約破棄して差し上げます
本当に偶然だった。まさか自分の婚約者が浮気しているなんて想像もしていなかった…。あの瞬間までは…。
昼休み、先生に用事を頼まれたので先に食べているように言われたルディ・クランベルク侯爵令嬢は婚約者であるリザード・カルファン公爵令息の学生証が落ちていることに気がついた。職員室に入るためには学生証が必要だ。届けるため彼の後を追う。
たしかこの道を左に曲がって…。あれ?中庭からリザード様の声が聞こえますわ。職員室に向かったので、中庭なんかにいるはずないのに…。
とりあえず確認してみよう。いきなり出て行って別人だった場合、申し訳ないので木陰に隠れながら様子を窺うことにした。
「リド様。忘れ物ってこれで合ってます?」
「そう、それだ。ありがとう、助かったよ。まさかニーナの家に置いたまま帰ってしまうとは。申し訳ない」
「いえいえ、リド様と学園内で会えるなんてニーナ嬉しい」
会話の内容に衝撃を受けたルディは一歩も動けなくなった。
嘘でしょ、どういうこと?ニーナ様って隣のクラスで可愛いと噂されている子爵令嬢の…。愛称で呼んでるってことは随分と昔からの付き合いってことよね。
まさか、婚約者がいるのに浮気…?
「毎日夜に会っているんだからいいじゃないか」
「それでも寂しいものは寂しいんですぅ」
「拗ねた顔も可愛いな」
これはもう浮気確定ですね。毎日夜に会っているってことはもしかして…。考えたら吐き気がしてきましたわ。
「早くリド様と一緒になりたいです」
「そう慌てるな。前にも言ったろ?婚約者がいるんだ。だから、婚約解消をしないと」
「婚約破棄しちゃえばいいじゃない」
「破棄は、非がある方が慰謝料を払わなくてはいけないんだ。一応…ニーナとの関係があるからバレてしまうと慰謝料を払わなくてはいけないのは私の方。その点、解消だとお互いに了承した上で別れるため、慰謝料は発生しない」
「なるほどぉ」
呆れて言葉も出ませんわ。どうやら後ろめたいことをしている自覚はある様子。だから、婚約破棄になって本当にリザード様に非がないかの身辺調査をされると困るから、婚約解消を狙っているのね。
「それに、だ。慰謝料を払わなくて済んだらその分のお金をニーナに使ってやれる」
「本当ですかぁ!私、欲しいネックレスがあったんです」
「ああ、いいぞ。なんでも好きなものを買ってやる。だからもう少し待っていてくれ」
「わかりました」
決めました。絶対に婚約破棄して差し上げましょう。あんなクズ野郎だとは思いもしませんでしたわ。慰謝料をたっぷりとって、子爵令嬢と浮気をした公爵令息のレッテルを貼って差し上げます。そのためには物的証拠を得なければ。
「今夜もそちらに行くから、続きはまたその時に。そろそろ戻らないと婚約者に怪しまれてしまう」
「はーい!お待ちしてまーす」
「ではまた後ほど」
やばい、リザード様がこちらに向かってくる。急いで食堂に戻らなくては。緊張で固まった足をなんとか動かし、元来た道を駆け抜けた。そして、食堂に戻ったルディは自分自身に言い聞かせる。
何もなかったかのように平然を装うのよ。学生証もリザード様のカバンの中にしまったし、私はここでリザード様の帰りを待ちながらお昼を食べていただけ。よし。
リザード様が戻ってきた。さっきまで浮気をしていた奴だとは思えないほど、清々しい表情をしている。
「遅かったですね、もう用事は済みましたか」
「あ、ああ。どうやら提出した書類に誤字があったようでね。直してきたよ」
「そうでしたか。お疲れ様です」
この嘘つき。中庭で逢引きしてたくせに。私は必死に笑顔を取り繕ろった。
「おや?全然食べていないじゃないか」
「やはり1人で食べるのは寂しくて。リザード様をお待ちしてましたの」
「そうか、悪かったな」
素早く昼食を済ませ、教室へと戻る。隣で歩いている彼の横顔を見ながら、人って何を考えているか分からないわ、と感じた。そして席に戻ると、ルディは今後の作戦を立てるためにあれこれと思案し始めた。
まずは証拠を押さえなければいけないわ。一番良いのは魔法石を使って映像を残すことだけど…。あんまり近づき過ぎるとバレてしまうわよね。手紙のやりとりはしてないと思いますし、仮にしてたとしても入手することは不可能だわ。
さまざまな案を考えては打ち消し、どうしようかと悩んでいると、幼馴染のサリー・ハングレッド侯爵令嬢から声がかかる。いつの間にか授業が終わっていたみたいだ。ちなみに、ハングレッド侯爵家と我がクランベルク侯爵家は代々仲が良く、屋敷同士も近いため姉妹のように育ち、誰よりも仲が良い。
「悩んでるみたいだけど、どうしたの。眉間に皺寄せてルディらしくないよ」
「サリー…」
サリーを巻き込むのは心が痛いわ。でも、もう自分だけでは良い作戦が思い浮かばないのも事実。サリーは私が唯一心を許している人物だから、信頼できるし…。少しだけ頼ってもいいかな…。
「サリー、実はね…」
帰り道、ルディはお昼にあった出来事を簡単に説明した。
「はぁ?!リザード様浮気してたの?!」
「サリー!声大きい!!」
慌ててサリーの口を塞ぐ。
「ごめんごめん。で、これからどうする気?」
「婚約破棄して差し上げるつもりよ」
「いいね、協力するよ」
なんの躊躇いもなく力を貸してくれると言ったサリーを見て、本当に良い友人を持ったなと実感する。
「でも、そのために証拠が欲しいのよ」
「うーん、映像に残せればいいんだけど…」
「でも、顔が見えるくらい近づいたらバレてしまうわ」
「相手は子爵令嬢なんだっけ?」
「そうよ、隣のクラスのニーナ・ラスカルト子爵令嬢」
そこまで言うと、サリーは黙り込んだ。
「ニーナ…ラスカルト…ラスカルト子爵…。あ!」
「どうしたの?」
「たしか私の家で働いてくれているメイド長の娘がラスカルト子爵家でメイド見習いをしてるはず」
「そんな都合のいいことあるの?!」
「びっくりだね」
偶然の奇跡に2人は顔を見合わせた。
「それで、その子に何をさせる気?」
「魔法石を使うんだよ」
「流石に映像は無理なんじゃ…」
「ちがうちがう。映像じゃなくて、録音に使うんだよ」
「え?」
サリーは作戦の内容を細かく説明し始めた。
「まず、メイド長の娘に魔法石をニーナ様の部屋に隠しておくように頼むの。たしかにルディの言うように映像としては残らない。でも、声は聞こえる。で、次の日に学園に出かけた隙を見て回収して確認するってわけ。2人の会話の内容、それにもし体の関係があるならそれも…。ルディは聞くのが辛いと思うけど、決定的な証拠になるでしょ」
サリーの頭の回転の早さに脱帽する。
「たしかに、それなら…。サリー天才!」
「いやー、それほどでも…あるかな?」
2人は冗談を言いながら笑いあった。
「じゃあ、早速今日メイド長に話しておくから、明日の夜にでも仕掛けるね」
「本当にありがとう」
「いいって。そのかわり今度美味しいタルト奢ってよ?」
「ふふ。この間いい店見つけたから今度一緒に行きましょ」
「やったね!」
先にサリーの家に着き、また明日ねと別れた。1人になると嫌でもリザード様のことを思い出してしまう。昨日まで疑うことのなかった彼の笑顔、エスコートしてくれる彼の姿。何もかもがただ単純に嬉しかった。
「なんでこうなっちゃったんだろう…」
帰り道、ルディはボソッと空に向かってつぶやいた。
ーーーーーーーーー
翌日の朝。
「ルディー!!」
向こうから大きく手を振りながら叫ぶサリーの姿がある。流石に大声で返すことは恥ずかしいので近くまで歩いてから、おはようと言った。
「昨日メイド長に頼んでおいたよ。喜んでお手伝い致します、だって」
「まあ、嬉しい。今度お礼をさせていただきましょう」
私の周りの人はみんな心優しい人ばかりですわ。その人柄に触れるたびに胸が温かくなります。
「そういえばさ、リザード様、どうやって婚約解消するつもりなんだろうね。ルディとの関係は良好だし、家同士の揉め事もないのに」
「私もそこが気になっていたのよね。破棄を言い渡した後にでも聞いてみるわ」
「ねぇ、その瞬間、私もそばにいていい?」
「ええ。でも、まだ舞台は決まってないの。どうせなら、思いっきり恥をかかせてあげたいのよね」
昨日、ルディは眠らずにずっと考えていた。正直に好きな人ができたから婚約解消してほしい、そう言ってくれるなら許したかもしれない、と。
でも実際は、婚約者がいながらも逢引きを続けて、なおかつ慰謝料を払いたくないからと無理矢理な理由をつけて婚約解消を目論んでいる。その事実が彼女の心をどれだけ傷つけたか。
「そうねぇ、あ!来週に王太子主催のパーティーがあるじゃない?そこはどう?」
「いや、それはロイド殿下に迷惑がかかってしまうわ…」
王太子であるロイド殿下は私たちと同級生で隣のクラスに在籍している。そのロイド殿下が主催するパーティーが来週開催されるのだ。
「いいと思ったんだけどなぁ…。ね、ダメ元でロイド殿下にお時間いただけるか聞いてみようよ。こんなチャンス滅多にないよ」
「いや…でも…」
「私がどうしたんだ?」
声がする隣を見るとサリーではなく、ロイド殿下の顔があった。
「「ロ…ロイド殿下」」
2人はいるはずのない人物の登場に声を揃えて驚く。
「やあ、私の名前が聞こえたからつい、ね」
「「し、失礼いたしました」」
「いや、いいんだ。ところでなんの話をしていたのだ?」
本当にこんな私事に巻き込んでいいのか、お願いしていいのか悩んでいると、サリーが口を開いた。
「実は、殿下に一つお願いしたいことがございまして…来週のパーティーで少しお時間いただけないでしょうか」
「ほう?理由を聞いてもよいか?」
「実は、ここにいる私の友人、ルディが婚約者の逢引きを目にしまして。浮気の証拠を手に婚約破棄をしたいのです」
「サ…サリー!」
サリーの口を塞ごうにも殿下の前でそんな無粋な真似はできない。ルディが止める前に全て言い切ってしまった。
すると、ロイド殿下は一瞬驚いた様子で目を見開き、その後笑い始めた。
「あははは、なるほどね。おもしろい。いいよ」
え、そんなあっさり…。
「ちなみに、なんでパーティーで…大勢が集まるところでやりたいかは聞いてもいいか?」
「それは…ずっと隠れて逢引きをしていた上に、慰謝料を払いたくないと婚約解消を企む彼に最悪の結果を叩きつけて差し上げたいのですわ」
つまり、貴族社会から追い出してやりたいのです。と、さすがにここまでは言えませんでしたが、汲み取っていただけたでしょうか。
「なるほどね。いいよ、好きにやりな。当日は楽しみにしてるね」
そこまで言うと、片手を振りながらロイド殿下は去っていった。あっという間の出来事に頭の処理が追いつかない。
「びっくりしたー!でも、よかったね、許可が貰えて」
「もう!サリーってば1人で突っ走るんだもん」
「ごめんて。後にも先にもこんなチャンス二度とないと思ってね」
「うん…。ありがとう、私のために。おかげで断罪の舞台が決まったわ」
さぁ、舞台は整いましたわ。あとは証拠のみ。うまくいけばいいのですけど…。
・・・
お昼はリザード様と約束しているため、顔を合わせなければいけない。何かあるかもしれないので、魔法石をポケットに入れ、録音をしておくことにした。
「さぁ、ルディ。食堂へ行こう」
「はい」
いつもは楽しい時間なのに、せっかくの昼食も味がしない。頭の中は、後ほど使えそうな会話を引き出さなくては、とそればかり。何かいい話題あるかしら?
「今日は静かだな。調子でもわるいのか?」
「い…いえ、特には。考え事をしてましたわ」
「珍しいな」
そうだわ。放課後に舞台を見に行こうと提案してみましょう。夜はニーナ様とのお約束があるはず。誘いに乗ってくるかしら?ちょっと試してみましょう。
「リザード様、今日って何日でしたっけ?」
「おいおい、そんなことも忘れたのか?6月10日だろ?」
「そうですよね、確認しただけですわ。リザード様、私最近舞台鑑賞にハマっておりまして。ちょうど今日から新しい舞台が始まるのですが、放課後一緒にいかがでしょう?」
「放課後か…」
リザード様は少し悩むような素振りを見せた。
「うーん、今日は厳しいな。いや…明日もか」
「そうですか…」
断られるとは分かっていたものの、実際に言われると胸が痛くなる。
「すまないな。今度予定を合わせて一緒に見に行こう」
「はい、そうですね…」
もしかしたらどこかで私のことを…婚約者のことを優先してくれるのではないかという淡い期待もあった。だが、その期待も見事に打ち砕かれた。
「リザード様、そろそろお昼休みが終わってしまいますわ」
「本当だ。急いで教室へ戻ろう」
残りの昼食を口へ運びこみ、2人は急いで席を立った。
・・・
「…っていうことがあったのよ」
いつも通りの帰り道、私はサリーに今日のお昼の会話について話した。
「最低だね、なんなのあのクズ野郎」
「サリー、言葉遣い!思うだけに留めておいて」
「いいじゃない、誰も聞いてないんだし」
「それはそうだけど…」
まるで自分のことのように怒るサリーの様子を見ると嬉しくなるわ。彼女のこういうところが好きなんですよね。
「ぜっっったいに、断罪してやろうね!」
「もちろん!」
女性を怒らせると怖いってことをわからせて差し上げてましょう。
「明日の今頃には音声データが手元にあるはずだから、放課後は私の家に寄って見ていくでしょ?」
「ええ。お母様とお父様に伝えておくわ」
「うん!よろしくー」
「では、また明日ですね」
「ばいばーい」
ーーーーーーーーー
翌日の放課後。
私はサリーの部屋で証拠となるだろう魔法石を手にしました。さあ、待ちに待った証拠確認の時間です。
「ねぇルディ?辛いなら…私が聞いてその内容を文字に起こしてあげようか?そっちの方がダメージが少ないかもよ?」
「ありがとう、サリー。でも大丈夫よ。どんな音声が聞こえたとしても私はもう傷つかない。もうリザード様なんかに私を傷つけることは出来ないんだから」
ルディは拳を握りしめ、強い意志を持ってはっきりと言った。その様子を見たサリーは『分かった』とゆっくり頷き、再生するために魔力を流そうとする。
「いい?いくよ?」
「うん」
すると、真っ暗の中男女2人の声が聞こえた。
「リド様いらっしゃい!」
「やあ、ニーナ。会いたかったよ」
「私もよ。…あ!リド様の手冷たーい」
「ニーナに会いたくて走ってきたからな」
「嬉しいわ。ちょっと待ってて。紅茶の用意をするから」
「ああ。ありがとう」
そういうと、2人の会話は一旦途切れた。そしておよそ5分後、陶器のカチャカチャという音と共にニーナ様の声が聞こえ始めた。
「リド様、紅茶はいりましたよ」
「おう、今いく」
歩いてニーナ様の元に向かうリザード様の足音までしっかり録音されている。
「美味しい、さすがニーナだ」
「お口に合うようで嬉しいわ」
「…そういえばな、今日婚約者から舞台鑑賞に誘われたんだ」
「え!ちゃんと断った?ニーナ以外とデートするなんて許さないからね!」
「もちろん断ったさ。だからほっぺを膨らませるのはやめてくれ。怒った顔も可愛いが、笑っている顔の方が可愛いぞ」
「ほんと?!嬉しい!!」
「ニーナと過ごす時間以上に大切なものはないからな」
昨日の会話の内容だから辻褄は合うわね。昼食時に誘って断られたんだもの。
「でも、断ったりして婚約者さん大丈夫だったの?」
「ああ。あいつはご主人様に忠実な犬みたいなものでな。待て、と言えば俺のことをいつまでも待ってる。この間学園内でお昼に会ったろ?あの時、あいつに待ってろって言ったら律儀に昼食にも手をつけず待ってたんだ。笑えるだろ?だから、舞台鑑賞を断ったくらいなんともないのさ」
「なにそれ、すっごく面白い!そんな人…というか犬?いるんだね!私も飼いたいくらいだわ」
そこまで聞くと、サリーは一度魔力を流すのをやめた。そして震えながら口を開く。
「ゆ…許さない。私の大切なルディを犬扱いして」
「私も流石に驚いたわ…。犬って…。リザード様はずっとそう思っていたのかしら…」
「ルディ!気にしなくていいからね!あんな奴の言うこと真に受けないで!」
「サリー落ち着いて。真に受けてもないし、傷ついてもいないから。もうリザード様に対して何の感情も抱いてないから。ただ、少し驚いただけよ」
「それならいいけど…続き再生するね」
「うん」
そしてサリーは再び魔力を流し始めた。
「ねぇ、昨日言っていた婚約解消だっけ?どうやるつもり?私はいつまで待てばいいの?」
「そうだな…最近舞台鑑賞に目覚めたらしいから、それを理由にするか。趣味が合わず一緒にいても楽しくないって。この理由なら、おそらく納得してくれるだろ。だから、あと少し待て。舞台鑑賞に誘われて断るって流れをあと数回繰り返したら俺から婚約解消を提案する」
「わかったわ…なるべく早くね…」
なるほど。そうやって婚約解消しようとしてたのね。でも、私が舞台に誘わなければどうやって解消に持っていくんだったのかしら…。
「そんな顔をするな、ニーナ。こちらへおいで」
「リド様…」
どうやらニーナ様を連れて数歩移動した様子。ドサッと言う音が聞こえた。まさか…ベッドへ…?
「ニーナ、俺が愛しているのはお前だけだ。それじゃ不安か?」
「…大丈夫ですわ。ニーナ、良い子で待ってますの。だから…ご褒美くださる?」
「もちろんだ。こんな良い子にはご褒美をあげないとな」
ここからは想像はしていたが、できれば無いと願った最悪の音声がしばらく流れた。
そして、『また明日な』と言って帰るリザード様の声が聞こえた。再生はここまでで良いだろう。
サリーは魔法石から手を離し、2人はしばらく無言で床を見つめていた。
「なんか…サリーにまで嫌なものを聞かせてしまったわ…ごめんなさい」
「いやいや、全然…もしかしたらとは思ってたから…。それより、ルディは…大丈夫なの…?」
「大丈夫って言ったら嘘になるけど、思っていたよりも冷静に受け止められたわ」
「そう…」
婚約者の閨事情なんて知りたくもなかった。でも、これで完璧な証拠が手に入った。後は来週のパーティーで断罪するのみ。
出来れば…魔法石の音声は途中で止めたいわ。早い段階で浮気を認め、婚約破棄を受け入れて貰えればあの気持ちが悪くなる音声は流さなくて済むので…。
「サリー、本当色々ありがとう。来週は頑張るね」
「ルディのためならなんだってするよ。これからもずっと味方だからね」
「ありがとう…」
2人は婚約破棄という名の断罪に向け更に細かい段取りを確認して、当日に臨んだ。
ーーーーーーーーー
パーティー当日。
リザード様がエスコートのため馬車で迎えに来た。
「やあ、今日も素敵だね」
「ありがとうございます」
「開場まで時間がない。話は馬車の中でしよう。とりあえず乗って」
「分かりましたわ」
王城へと向かう馬車の中、2人は向かい合うように座っているのに会話は少なく、目線は外を見ている。
そういえばいつもは私が話を振っているのでしたね。リザード様からお話を振られたことってありましたっけ…?まあ、もうどうでも良いのですけど。
「街の光が綺麗ですね」
「ん?ああ…」
「リザード様はどのような景色に心を動かされますか?」
「そうだな…夕焼けとか…かな?」
「まあ、夕焼けですか。綺麗ですわよね」
「ああ」
こんな何気ない会話をしながら、気づいたら王城に着いていた。会場に入ると、サリーが手を振っている。
「リザード様、サリーが呼んでいるので行ってまいります。また後ほど」
「分かった。また後でな」
リザード様と別れ、サリーのもとに向かった。
「遅かったね、待ってたんだよー!」
「思ったよりも支度に時間がかかっちゃって…」
「そっか、まあ間に合ったからいいでしょ。ほら、ロイド殿下の挨拶が始まるみたいよ」
主催者であるロイド殿下から開会の挨拶があり、それが終わるとダンス用の音楽が流れ始めた。すると、リザード様がこちらに向かってくる。
「サリー嬢、我が婚約者を連れて行ってもいいかな?」
「もちろんですわ。さあ、ルディ楽しんでいらっしゃい」
サリーに背中を押され、ダンスをするために会場の中央へと向かった。これがリザード様との最後のダンス。婚約破棄への躊躇いも、リザード様への未練もないはずなのに、少しだけ胸が痛んだ。
一曲ダンスを終え、サリーの元へと戻ると、『お疲れ様』とシャンパンを渡される。2人で乾杯をすると、周りに聞かれないように小声で今後の話をする。
「どのタイミングかな?」
「ロイド殿下は好きにやれっておっしゃっていたけど…、本当にいつでもいいのかしら」
「そうじゃない?」
ロイド殿下のいる壇上をチラッと見ると、目が合った。すると、ロイド殿下はニヤッと笑い、マイクを手に持つ。何をする気かしら…。
「お集まりの皆様、本日は一風変わった余興を用意しております」
殿下の話の言葉を受け、周囲がざわつき始めた。まさかね…と私とサリーは顔を見合わせて苦笑いをする。
「それでは、私の同級生、ルディ・クランベルク嬢にマイクを渡すとしましょう」
殿下が魔法を使い、マイクがルディのところまで飛んできた。こんなに注目を浴びるなんて…想像していたよりもずっと恥ずかしい。
それでも、ここまできたらもう引き返せない。サリーもそばにいてくれている。ルディはマイクを握りしめ、口を開いた。
「私、ルディ・クランベルクはリザード・カルファン公爵令息との婚約を破棄したいと思います」
はっきりと言い切った。関係が良好だと思っていた周囲の人たちが先程までよりも大きなざわつきを見せる。
何も知らないリザード様が人混みをかき分け、ルディのところまでやって来た。すぐ後ろにニーナ様がいらっしゃるということは、大方ダンスでもしてたのだろう。
「今、婚約破棄と聞こえたのだが聞き間違いだろうか?いや、聞き間違いに決まってる。だろ?」
「いえ、聞き間違いではございません。私はたしかに婚約破棄を告げました」
「なぜだ!!私達の関係は良好。何も問題などないだろう」
どうしても撤回したいリザード様は説得するような口調で私に攻め寄ってくる。
関係は良好…?笑わせないでほしいわ。でも、リザード様は、表面上はそう見えるように頑張っていたものね。実際私も先週までは良好だと思っていたし。
「婚約破棄をされる心当たりはございませんか?」
「あるわけないだろ!」
「そうですか…」
私はリザード様ではなく、全体に告げるようにゆっくりと話し始めた。
「まずはこちらをお聞きください。先週の昼食時、リザード様との会話です」
私は手に持っていた魔法石に魔力を流し再生する。サリーは拡声魔法を応用し、流した音声を遠くまで聞こえるように手伝ってくれている。
音声を聞き終わると、リザード様が口を開く。
「だからなんだと言うのだ!」
「リザード様、魔法石は2つ用意しております。最後までお静かにお願いします」
そう言うと、2つ目の逢引き会話が入った魔法石に魔力を流し始める。
すると、みるみる顔色が悪くなっていくリザード様と後ろのニーナ様。周囲の動揺も大きくなっていく。
私はとりあえず『ご褒美』の前までで再生をストップした。
「いかがでしょう、リザード様。これでも心当たりはないとおっしゃいますか?」
「これは…その…。違うんだ!」
「何が違うのでしょう。私が犬ではないことでしょうか。それとも音声自体が偽物だと言うのでしょうか」
「くっ…。これは…これは…そう、ニーナが無理矢理俺を…」
逃げられないことはもう分かっているはずなのに往生際がわるいですね。
「リザード様。この後の音声をここで流してもよろしいのでしょうか。せめてもの情けでここでストップしたのです。ニーナ様との逢引きの件、婚約解消を企んでいた件、どうか認めてください」
「それは…」
「これ以上、自分の首を絞めないでください」
「……」
すると、壇上から拍手が聞こえた。その瞬間、周りが静かになる。そして、ロイド殿下がゆっくりとこちらに向かってきた。
「まさかここまで完璧な証拠を用意するとは。恐れ入ったよ」
「お褒めに預かり、恐悦至極に存じます」
「そんな堅い言葉はよしてよ、普通にして」
楽しそうなロイド殿下をよそに、リザード様は正気を失っている。殿下はそんな彼に声をかける。
「リザード殿、もう言い逃れは出来ないだろう。早く認めたほうが自分のためではないのか」
「ですが…自分はルディのことを本当に大切に…」
「あの会話の内容を聞く限りではそうとは思えないのだが?」
誰が聞いても殿下と同じように言うだろう。婚約者を犬扱いしているくせに、大切にしています、など通用するはずがない。
「もうよい。それではルディ嬢に続きの音声を流してもらうとしよう」
「それは!それだけはおやめください!」
「では、認めるのだな」
「…………はい」
「だそうだ、ルディ嬢」
ロイド殿下のお力添えもあり、あの音声を流さずに済んだ。安堵で胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます。それでは、婚約破棄を受け入れてくださるということで、後ほど我が家の者から慰謝料などについてのご連絡が行くと思いますので、お待ちくださいね」
「…わかった」
もう覇気のないリザード様がこの場から逃げ出そうと歩き出したその時…
「ねぇ、まだ話は終わっていないよ?」
ロイド殿下がリザード様を止めた。
「なんでしょうか…」
振り返るリザード様にロイド殿下は悪い笑みを浮かべ、大きな声で告げた。
「リザード殿とニーナ嬢の婚約をここに認める」
周囲だけでなく、私もサリーも目が飛び出るくらい大きく見開いて驚いた。いや、それよりも驚いていたのはニーナ様だったかもしれない。
「そ…それはどういう…?」
「いやな?婚約者を蔑ろにしてまでもお互いを思いやる2人の姿に深く感心したんだよ。だから、婚姻をまとめてあげようと思ってね」
「それは…」
王族から認められた婚姻…すなわち、逃げる事はできない。これだけ大勢の前で婚約破棄を告げられて、逢引き時の会話を聞かれただけでも周囲からの信頼回復は難しい。
それなのに、逢引き相手との婚姻を認められたことで、それが枷となり、貴族社会で生きていくことは絶望的になってしまった。本人達だけでなく、一族に影響が及ぶだろう。
「ほらニーナ嬢もそんなところに隠れていないで、こっちに来なよ。そして皆の者、2人を祝福してやれ」
そういうと盛大な拍手が起こり、2人は逃げることも隠れることも出来なくなった。しばらく拍手が鳴り止まず、次第に落ち着いてきた頃、ロイド殿下が口を開いた。
「これで、余興は終了だ。引き続きパーティーを楽しんでくれ」
殿下の言葉で再び音楽が流れ始め、集まっていた人たちも散り始めた。
私はすかさず殿下にお礼を言いに近寄ります。
「ロイド殿下、お時間をお取りくださりありがとうございます。お陰で無事に婚約破棄をすることができました」
「いいって、楽しかったよ。それにしても、あんなクズとよく婚約してたね」
「恥ずかしながら浮気現場を目にするまで、クズだということに気づかなかったのです…」
私の言葉を聞き、殿下は楽しそうに笑った。
「あの2人の婚約は決定事項になったし、もうルディ嬢が困ることは起こらないと思うよ」
「ありがとうございます。その…あの瞬間…殿下が…悪いお顔をされていて…何を言い出すのかヒヤヒヤしておりました」
「あははは、びっくりした?」
「はい、とても」
「なら良かった」
何が良かったのだろう…?
「ねぇ、婚約破棄したってことは、今は婚約者がいないんだよね?」
「…?そうでございますが…?」
「ならさ、私の婚約者にならないかい?」
今度は驚きすぎて心臓が止まるかと思った。ロイド殿下の婚約者…?王太子妃?
「なにかのご冗談でしょうか?」
「冗談なんかじゃないよ。ルディ嬢の行動力と、先程までの凛とした姿勢、それに君の真っ直ぐな瞳に惚れたんだ。どうかな?」
顔が熱くなるのを感じ、同時に頭が真っ白になる。でも…後ろでサリーがニヤニヤしているのだけは見なくてもわかる。
「それは…」
「あ、すぐに応えてほしいわけじゃない。そうだな…明日からお昼でも一緒に食べないか?」
「…喜んでご一緒させていただきます」
恥ずかしくて俯くルディ・クランベル侯爵令嬢がちょっと腹黒な王太子様と恋に落ちるのはまた別のお話…。
ルディとロイド殿下の物語は需要がありそうなら作ろうと思います。今のところはこれで完結です。お読みいただきありがとうございました!
1/17 追記
本編の内容をボリュームアップさせ、他の登場人物視点のエピソードを加えた改訂版と、ルディ達のその後を描く続編をご用意しました。よろしければご覧ください。
→【連載版】婚約解消を狙っているようですが、浮気の証拠を手に入れたので婚約破棄して差し上げます