76話「想い人」
「それからまだ報告には続きが、、、」
ふとパネルをスクロールしていたアレクの指が止まる、リオは隣にいるアレクの呼吸が浅くなっているのを感じた。
「ホッフヌンズが、、、ホッフヌンズが沈んだそうです、リリーさんとジェシカの安否は不明、ですが、、、」
彼はそこから先を言うことは出来なかった。アレクはリオが悲しみに耐えている事を悟った、顔色が変わった訳でも動きが止まった訳でも涙を流した訳でもないが、彼が纏う空気が変わったのだ。
「そうか」ただ一言、静かにそう言うとリオはもう何も言わなかった。端から見れば冷たいと受け取られるかもしれない、しかしリオとリリー、彼等の間に多くの言葉は不要だった。何も言わないこと、それが彼にとっての悼み方であった。
一方のアレクは悲しみに包まれていた、無論その感情に抗おうと、表には出さないようにしようと努力はした、しかしそれを完全に押し込めるにはまだリオほどの経験も、強さも備えていなかった。パネルを操作する指先は小刻みに揺れ、涙を流すような事はしなかったもののぎゅっと唇を噛み涙を堪えている状況だった。
(情けないな、、、)
そう思いながらも気を抜くと悲しみに呑み込まれてしまいそうなので口を真一文字に結び、キッと前を向く。
「ん?」
水平線の辺りに黒い粒が幾つか現れているのが見えた、目を凝らしてみるがどうも良くわからない。
「リオさん」
「なんだ?」
「あれ、何ですか?」
アレクの指差す方向を身を乗り出して見つめる、リオもアレクが見つけた黒い物体を視界に認め、訝しげに目を細めた。最早悲しみは彼らの心の中に占める割合を大きく減らし、変わりに疑問と警戒心が彼らの心を占めていた。
「アレク、最大望遠で出してくれ」
「わかりました」
アレクが無数にある黒い粒の一つに狙いを定め、それをクローズアップする。
「これは、、、」
現れたのは間違いなく人工物であった、一番高い塔のような構造物の両脇に一段低い塔のような物が接続されている、その塔のてっぺんには戦艦の主砲ほどの大きさの砲が、そして一番高い塔の最上部には巨大な、それこそミライの主砲すら余裕で凌ぐ大きさの砲が乗っかっていた。
「あれは、、、?」
困惑するアレクの横でリオは舌打ちをした。
「どうりで艦隊をごっそり動かせる訳だ!あれのおかげでこちらの防衛も出来るという訳か!」
「リオさん、あれは何です?」
「小型無人要塞だ、それも1つ1つが戦艦1隻、もしくはそれ以上の攻撃力を有している、全く凝った作りをしてるもんだ」
リオがため息をつく。
「どうするんですか?艦じゃないなら沈めて戦闘不能にも出来ませんし」
「仕方がない、俺たちが盾になるしか無いな」
そう言うとリオは通信機を手にした。
「全艦隊に告ぐ、前方海上に敵のトーチカ群を発見した、全艦艦隊下方に移動し、ミライの盾となれ!」
『リオ!?』
通信機からはハルの焦ったような声が聞こえる。
「ハル、俺たちが盾になるから、お前は行け、行ってくれ、世界のために、俺たちのために!」
『、、、、ごめん』
そこまで聞いてリオは通信機を下ろした、周りの艦は間隔を詰め、上にいた艦が下にきて、隙間なく艦が敷き詰められた。
「敵トーチカ群が攻撃を開始しました」
アレクがそう報告するより早くリオはそれを味方の爆沈という形で認識していた。どうやらトーチカ群は横だけではなく縦にも多く配置されているようで、中々トーチカの弾幕の中を抜けられない。
ヴィレのすぐ近くにいた艦が爆沈し、艦が衝撃波に晒される、そんな事も数回有った。そんな時衝撃に耐えるために目をつむり、コンソールを掴んでいたアレクが目を開け、外を見ると大声を上げた。
「リオさんっ!」
ハッとしてリオも外を見る、そこには紫色に染まった空が広がっていた。
「クソッ!遅かったか!」
吐き捨てるように叫ぶ。
「トウキョウ結界の範囲が広くなっています!」
「何!?」
結界はトーチカが途切れた直後の所まで迫っていた、安全に退避出来るところでミライから離れればミライに待っているの爆沈という結末のみであろう。ならば結界内に飛び込んででも、つまり沈んででもミライを結界内に送らねばならない。少なくとも、ミライのすぐ下方にいるこのヴィレは爆沈を免れ得ない。
「、、、アレク」
静かにアレクに話しかける、不思議そうにリオを見つめるアレクにリオは話し続ける。
「お前はこの艦を降りろ」
「え?」
「お前はまだ死ぬには早すぎる、ミライを結界内に送る役目は俺が引き受ける、、、お前は早くこの艦を離れ退避するんだ」
そう言って前を向く、数秒の沈黙、しかしアレクが動く気配は無い、結界との境界はすぐそこまで迫っている。
「おい、、、」
「嫌です」
「は?」
バッとアレクの方を見る、アレクは強い瞳でリオを見つめていた。
「嫌です、あなたの居ないこの世界に、俺が生きる意味なんて有りません」
「だが」
「俺は、あなたに生きる意味を貰ったんです、あなたと一緒にいること、それが俺にとって一番の幸せなんです、言ったでしょう?あなたを愛してるって、あなたは冗談だと言ったけど、俺にとっては本気だったんですよ」
リオは圧倒されてまくしたてるアレクを呆然と見つめることしか出来なかった。
「だから、、、俺だけおいて行くなんて、そんな事言わないで下さい、、、俺も、俺も連れて行って下さいよ、、、どこだってお供しますから、地獄の底だろうと地の果てだろうと時の向こうだろうと、、、」
アレクはリオの胸に顔を埋めながらそう言った、最後の方は涙声になっていたが、彼はそれに気がつかないふりをした。
数秒の間の後、リオはおずおずとアレクの腰に手を回し、アレクの体を包み込むように抱きしめた。
「済まないアレク、あれは、冗談なんかじゃ、、、無かったんだな、、、」
「リオさん、、、」
「そう、、、か、嬉しい物だな、、、うん」
リオの胸に埋めていた顔を上げる。
その紫の瞳が最期に映したのは、耳まで真っ赤に染めながら嬉しそうにはにかむ想い人の姿だった。




