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残響 廻る糸車編  作者: 馬鈴薯
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74話「真の作戦」

「ジェシカ?ジェシカ!」 

遡ること1時間前、戦艦ホッフヌンズの艦橋とそこにいるたった2人の乗組員(クルー)の間にはピリリとした緊張感が満ちていた。

「え?あぁ、ちょっと疲れちゃって、、、」

「無理もないわね、こんなに大量の魔力を一気に消費しているのだから」

戦艦ホッフヌンズの艦体はジェシカの魔力で覆われており、彼女の特異魔術・幻影によってホッフヌンズのはどこからどうみても戦艦ミライにしか見えないようになっていた。ミライ程ではないとは言え、ホッフヌンズも十分巨大と言える、それだけの大きさの物を完全に覆っているのだから自然と魔力の消費量は増え、疲労は蓄積されていくのだ。

「それにしても、この作戦よくハルさんがOKしたよね」

「まぁ、余りいい顔はされなかったわね」

濁してジェシカに伝えるが、実際彼女がハルにこの作戦を提案したときの彼の顔は苦虫を大量に、それこそジョッキ1杯分位一気に噛み潰したような顔をされたのだ。

戦艦ミライに擬態したホッフヌンズ、ガーディアンズが動かせる残存戦力の過半数の動員、そして正面に待ち構える約2倍の敵、これらから導き出される答えはそう多くは無いだろう。そう、彼女・リリー・エバンズが率いているのは囮艦隊であり、ミライ(ホッフヌンズ)も敵艦隊の目をこちらに向け、結界内から引きずり出す為の(デコイ)に過ぎないのだ。この作戦は相手に情報が渡ることを防ぐため、一部の人間を除き伝えられていない。もっとも、ホッフヌンズに乗り込み、特異魔術をかける張本人であるジェシカは例外である。

(多分、ジェシカは死ぬかもしれない事をわかってて了承したわね)

強い娘だとリリーは思う、果たして自分は18の時こんなに強かっただろうか?とも。

「君は、ジェシカをも死なせる気なのかい?」

今でもハルの言葉が耳に響いている。

(いいえ)

ジェシカのどこか中性的な横顔を見つめる。

(いざとなったらジェシカだけでも脱出させる、この娘は死ぬには余りにも早すぎるもの)

「リリーさん、来たよ」

前を注視していたジェシカが緊張感を孕んだ声を飛ばしてくる。

ハッとしてモニタに映されている望遠映像に目をやると、紫色に弱く発光している結界内からレストニア教の艦隊が次々と表れているのがわかった。数は600、ガーディアンズ艦隊のおよそ2倍でその全てが無人艦である。

「おいでなすったわね、、、ジェシカ、有効射程までは?」

「あと30分」

「了解」

そう言うと彼女はおもむろに通信機を手にした。

「全艦ミライを中心に紡錘陣形を取って、敵艦隊を中央を突破しミライを結界内に送り込みます」

そこから30分、ホッフヌンズの艦橋を占めたのは完全な沈黙であった。互いに何も言わず、正面のモニタに映し出される敵艦隊の姿を睨み続けた。

「まもなく有効射程だよ」

「わかったわ」

そう言って彼女は攻撃開始の指令を飛ばそうと通信機を手にした。その時、突如としてレストニア教艦隊が網を投げたように広がり、ガーディアンズ艦隊を包み込もうとしてきたのだ。リリーからしてみれば、その光景はまるで頭がいくつもある蛇が四方八方から攻撃を仕掛けようとしているかのように見えた。

「リリーさん!」

「っ!全艦隊全速前進!敵艦隊を力付くでも突破する!」

茫然自失としたリリーの意識を現実に引き戻したジェシカの声に感謝しつつ指示を飛ばす。

しかし早くもかなりの損害が生じ始めていた。ホッフヌンズのいる中央部に攻撃は集中し、最も外側に位置していた艦は次々と撃沈していった。

戦いが始まってわずかに5分、早くもホッフヌンズのすぐ近くの艦が被弾し始めた、ガーディアンズ艦隊諸艦は奮闘したが、それでも凄まじいスピードと恐ろしい正確さを以て攻撃してくるレストニア教艦隊の前には無力だった。

「きゃあっ!」

「艦後部に被弾!次々と当たってるよ!」

数秒おきに爆発音と衝撃が走る、魔導防壁で弾けている物もあるが、幾つかは貫通してホッフヌンズの艦体そのものを破壊していく。

(あまり使いたくはなかったけれど、背に腹は代えられないか、、、)

「仕方がないわ、奴らに一矢報いるにはこれしかないものね」

「リリーさん?」

「ジェシカ、あれを使うわ、機関の出力を武装に集中的に回して」

「でもあれは機関に負担が、、、」

「構わないわ、やってちょうだい」

不安げな表情でジェシカがコンソールを操作する、リリーも同時にコンソールを操作する。

ガゴンッ!ガゴンッ!という音と共に主砲の脇、航海艦橋の側、艦の側面、いたる場所から20センチ副砲塔がせり上がってくる、これこそがヴィレ級戦艦の隠された能力だ。副砲塔を全て展開する事によりまるでハリネズミのような姿となり、縦横斜め上下全方位に副砲による砲撃を加えることが可能となる、しかし機関にかかる負担が余りにも大きいこと、味方をも撃ってしまう危険性が有ること、さらに1発でも食らえば即爆沈となる可能性も捨てきれなかった為普段は格納されていたのだ。

(幸いにして今はどこを向いても敵ばかり、味方を撃つ心配は無いわね)

「リリーさん、副砲塔へのエネルギー回路接続完了、いつでも行けるよ」

「ありがとうジェシカ」

「じゃあ、やりましょうか」そう言って引き金を引く、無数の砲口から無数の光の矢が放たれる。効果は目覚ましい物で、ホッフヌンズを取り囲んでいたレストニア教艦隊は一瞬にして火球へと姿を変えた。

そのまま大量の副砲を乱射する、それにより次々とレストニア教艦が沈んでいく。しかし、その効果も長くは続かなかった。

「じわり副砲の損壊率が高まってきてるよ、現在30%が使用不可」

(そろそろ潮時かしら)

最早艦そのものの退避は不可能となっていた、ならばとるべき行動は1つ、ジェシカを無理矢理にでもホッフヌンズから退艦させることだ。

「ジェシカ、あなたは」

「リリーさんっ!!」

「この艦を降りなさい」そう言おうとした矢先、ジェシカの悲鳴混じりの声が被ってくる。何が起きたのかを確認する間も無く、轟音と衝撃と爆煙が艦橋になだれ込んできた。

「ゲホッ、、、ゲホッゲホッ、、、ジェ、、、ジェシカ?」

ジェシカの居た側には風穴が空いており、その下には瓦礫が重なっていた。

爆煙を掻き分け、瓦礫を払いのけてジェシカを見つけ出す。

「ジェシカ!ジェシカ!?」

「リリー、、、さ、、、」

弱々しくそう答えるジェシカ。

リリーの手には何かぬるりとした生暖かい物が付いていた、見なくてもわかる、これはジェシカの血だ。ジェシカの体を見ると太い鉄骨が彼女の腹を貫いていた。

(ダメか、、、)

蘇生魔術でどうにか出来ないかと考えてみたが、1秒も経たない内にリリーの脳は「不可能」という結論を弾き出していた。恐らく背骨を貫通し、臓器も幾つか破壊されているだろう、ほおっておいても何時まで保つかと言う瀬戸際であった。

「ごめんなさいジェシカ、私はもうあなたを安全な場所へと連れ帰る事は出来ない、、、」

「リリー、、、さん」

ジェシカの頬を撫で、キッと空を睨む。

今の砲撃で空いた穴から、1隻の戦艦が砲口をホッフヌンズの方へと向けているのが見えた。

「膳立てはしておいた、犠牲も払った、ここまでしたんだからうまくやりなさいよ、ハル、へまをしたらただじゃおかないんだから」

迫り来る光の矢を見つめながらそう言う。

それがリリー・エバンズ最期の言葉であった。

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