68話「衝突」
「あの鉾と、タカチホノ峰に関する最終検査結果が出たわ」
臨時旗艦・巡洋戦艦浅間の中にあるハルが借りている部屋の机にリリーが1枚の紙を差し出す。その紙にはグラフや表、地図に数値と言ったデータが書き込まれていた。
「ここを見てちょうだい」
そう言って紙の一角を指差す。
「こちらが天逆鉾を動かす前、こっちが動かした後のタカチホノ峰付近の魔力量を計測したものよ」
指し示されたデータを見ると、天逆鉾を動かす前には計測不能な量の魔力が満ちていたのに対して、天逆鉾を動かした後のデータでは基準値とほとんど変わらない量しか検出されていなかった。
「タカチホノ峰は?」
「特に変わりないそうよ、ただカミナルモノの出現が普段よりも少ない気がするとは言っていたけど」
「つまり、力の源は鉾の方に有ったという訳か、、、」
「そう言うことになるだろうな」
リオが腕を組みながら答える。
「つまり、いよいよ世界を元に戻すことが出来るかも知れないって事よ」
「おいおい、少し先走り過ぎじゃないか?」
「いいえ、先走ってなんていないわ、リオ、ハルに説明を」
「はいはい」そう言ってリオがため息をつきながら立ち上がる。
「ハル、俺とリリーとで話し合ったんだがな、天逆鉾を手に入れ、そしてそれがこの世界に何らかの作用を及ぼすという事がわかった今、出来るだけ早く世界の修復を行いたいとそう思っている」
ハルが驚いたような顔をする。
「今あの鉾に有るとはっきりわかっているのは魔力だけだよ?それがどんな作用をするのかわからないのに、もう実戦に投入するというのかい?」
「レストニア教が大陥没の続きを始めたら、結局は同じことになるわよ」
「それに、今奴らはチャルカをその手中に収めている、それも恐らくは明確な意図が有ってだ」
確かに、あのカミナルモノの襲撃の目的と考えられることは幾つか挙がっていた。艦隊に損害を与えることではないか?ミライを破壊するためではないか?ハルを誘拐するためではないか?そしてチャルカに用があったのではないか?
それらを吟味した結果、恐らくは4番目を目的として襲撃を仕掛けたのだろうと言う結論に落ち着いたのだった。
「しかし、東京結界無効化装置を積んでいるのは現状ミライだけだ、それに先の襲撃によってかなりの損害を受けた、旧東京に入っている事がわかっている艦隊との数の比であればどうにかまだ優位は保てるけれど、やっぱりリスクは高いよ」
そう言い終わるが早いか、バンッ!と音を立ててリリーが机を叩く、立ち上がったときの衝撃で椅子が倒れ、ガシャン!と言う音が部屋に響いた。
「いい加減にしてちょうだいハル!」
「リリー」
リオが宥めようとするも効果は無く、呆気に取られているハルを前にリリーは言葉を続ける。
「あなたがこの作戦決行を渋るのは、リスクを考えてではなくて、トウキョウにチャルカが居るからでしょう!?」
ハルが少し怯んだ、図星だったのだ。
「あの日あなたは私たちに言ったわ!『我々は先に進まねばならない、彼らは待ってくれない』と、でもあなたは今ここで立ち止まろうとしている!」
1呼吸置いてリリーが続ける。
「私は覚悟を決めている、例え何が有っても、そう、例えこの命を投げ出す事になろうとも構わないと、そう覚悟を決めているわ、でも!あなたは出来ているの?出来ていないから、、、出来ていないから今ここで作戦の決行を躊躇うのではないの?そう!チャルカを失う事が怖いから!」
「リリー!」
1瞬の沈黙が流れる、聞こえてくるのはただリリーの荒い息だけだった。
「、、、ごめんなさい、冷静さを欠いたわ」
そう言って椅子に座ったリリーの姿はどことなく落ち込んでいるような気がした。
「だがな、ハル、リリーが言った事も事実だ、奴らは待ってくれない、ならば少なくとも奴らが何か行動を起こすという事が明白な今、俺たちも立ち止まっている訳には行かないんだよ」
ハルはゆっくりとリオとリリーの顔を見回した後、ゆっくりと頷いた。
ガキョンと言う鉄の音が聞こえる。
巡洋戦艦浅間の暗い廊下に光が差し、「俺は先に戻るからな」と言ってリオがその部屋から出てくる。
「リオさん」
呼び止められた張本人は、1瞬ピクリと肩を震わせた後、その声の主を認識し肩の力を抜いた。
「アレクか、、、」
「ええ、すみません驚かせてしまって」
「いや、気にするな」
リオとアレクは並んで廊下を歩き始めた。
「ハルさん、どうでした?」
「結局、作戦内容とその内容での決行を認めたよ」
「と言うよりも、ガーディアンズの最高指揮官として認めざるを得なかった、、、?」
「やはりわかるか、、、」
しばらく無言で歩く、次に口を開いたのはリオの方だった。
「正直言うとな、俺もこの作戦にはあまり気乗りしないんだ」
「と言うと?」
「俺も、、、俺もチャルカを失いたくは無いんだ、多分リリーもな、自己矛盾だよな?今まで散々色んな人間に喪失を強いてきて、いざ自分の近しい人間を失おうと言う時になって怖くなるなんて」
「それでも、リオさんはガーディアンズの人間として決断なさりました、立派なことだと思いますよ?」
「立派、、、立派ねぇ、、、」
そう言って天を仰ぐ。
「そうだ、アレク」
「何ですか?」
「この作戦は非常に危険な物になる、お前が行きたくなければ、ここに残ることもできるがどうする?」
アレクが足を止める。
「俺は行きます、俺はあなたに救われたあの日からあなたと一緒にいると決めたんです、あなたの為なら何でもすると、何だって捧げると決めたんです、、、だから、ここに残るなんて選択は絶対にしません」
「お前の気持ちはわかったが、、、その、、、『何でも捧げる』ってのは、、、?」
「わかりませんか?俺は、あなたのことを愛しているんですよ」
リオが驚いたような顔をする。
「あー、、、その、なんだ、、、心意気は良いことだが、あまりうまい冗談とは言えないな」
そう言ってリオはアレクの先を歩き去っていった。
「、、、あなたは冗談だと言うけれど、俺は本気なんですよ、リオさん」
そう呟いて、アレクもまた、リオの去っていった方に動き出した。




