66話「乾ドック」
カゴシマ湾上の戦艦杭州。
本来はヤク島上空で艦隊を2分し、その内のカゴシマへと向かう艦隊の指揮官となる筈だった李舜臣の艦ではあるが、総旗艦ミライが損傷のため使用できない今、ハルは総旗艦を臨時にこの杭州に移していた。
ハル、リオ、リリー、李舜臣、イニーゴ・カンピオーニはその杭州の艦橋に集まっていた、杭州はミライと違い40人からのクルーが乗り込んでいるので艦橋も広い。
「先の襲撃により撃沈した艦167隻、損傷等により撤退を強いられた艦64隻、参加を辞退した艦48隻、その上旗艦ミライは中破か、、、」
「大損害という言葉で形容してもお釣りが来るな」そう言ってリオは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「そしてチャルカの誘拐、もうボロボロね」
「、、、」
ハルの眉間にしわが寄る、結局戦艦2隻でミライをカゴシマまで曳航した後、艦内を隅々まで探したがチャルカは体の1部さえ見つからず、恐らく誘拐されたのであろうという結論に落ち着いていた。
「なんであのカミナルモノはチャルカ君を誘拐したんでしょう、、、?」
「目的にもよるだろうな、あのカミナルモノの目的が我が艦隊に損害を与えると言うもので有ったのならばまだマシだ、問題はチャルカ君に用が有った、つまり奴らがチャルカ君を必要としていた場合だ」
「李提督、それはどういう事ですか、、、?」
「奴らの目的遂行のために彼の持つ何か彼自身か、もしくはその両方が必要であった場合、我々はかなり窮地に立たされることになると言うわけだ」
ハルが艦橋の窓から外に目を向けると、丁度乾ドックに入ろうとゆっくり移動しているミライのシルエットが夕日に浮かんでいるのが見えた。
「彼らがチャルカを使って目的の遂行、儀式の完成を目指すのであれば、僕たちも対抗手段を持たなければならない、リオ、リリー、明日の午前9時、タカチホに向かい再度出発する」
「わかったわ」
「了解」
「李提督とカンピオーニ提督は予定通りカゴシマを頼みます」
李は返事の代わりに非の打ち所の無い敬礼でそれに応え、カンピオーニもそれに倣った。
乾ドック管制室、その薄暗い部屋の中に1人のオペレーターとリリーがいた。
目の前のガラスを隔てたドック内部にはミライがその巨体を横たえていている。彼女らの顔を青白く染めている大小様々なモニタには、ミライの詳細な設計図などが表示されていた。
「どう?」
「んー、、、かなりやられてますね、ただ幸いにも機関系統には目立った損傷は有りませんからスクリーンを復旧させて、幾つかの機器を修理して、穴を塞げば問題なく航行は出来るはずです」
「どの位かかるの?」
「そうですね、、、3日あれば形にはなるはずです」
「3日、、、2日でやってもらえないかしら?」
オペレーターの動きが固まる。
「2日、、、ですか?」
「無理は承知よ、それでも、出来るだけ短くしてほしいの」
「んー、、、わかりました、どうにかしてみます」
「助かるわ」
そう言ってリリーはそのオペレーターにキスをして「じゃあ頼むわね」と言って部屋を出た。
(、、、好きでも無い男に口付けをするなんて、やっていることが売春婦とまるで同じだわ)
口を拭い、そんな事を考えながら廊下を歩く。
不意にポケットに入れておいた携帯用通信機が振動する。
「はい」
『リリーか?俺だ』
「その声、リオね?」
見知った人間の声に少し肩の力が抜ける。
『ああ、今ヴィレに来れるか?』
「別にいいけど、どうして?」
『少し、今後の作戦について話し合いたくてな』




