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残響 廻る糸車編  作者: 馬鈴薯
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59話「愛と失恋」

中華圏に存在する5つの国に関する章を読み終わったところでチャルカは本を閉じた。本はまだ大分先まで続いていたが、日が昇り窓の外が明るくなっていることに気がついたのだ。

「んん、、、はぁ、、、帰るか、、、」

恐らく、もうしばらくしたらこの図書館にも人がやってくるだろう。彼は人のいるところで本を読むことを好まなかった。

分厚い本を手に取り本棚の前へと移動する。

今度は魔術を使って本を戻す。重い本は滑らかな軌道を描き、丁度本一冊分空いていたスペースに収まった。

それを確認したところで彼は出口へと向かおうとしたその時。

ーパサリ

何かが落ちた音がした。

足元を見ると、約1年前ナワリンで別れたときにリリーとジェシカから貰ったお守りが落ちていた。どうやら括っていた紐が千切れたらしい。

彼は少し屈んでお守りを取り、手に乗せてそれをしばらくの間見つめていた。やがて立ち上がると、今度こそ出口へと足を向けたのだった。


チャルカが図書館で本を読み始めた頃、ハルはタイジョン女王サクラの私室に居た。

最初はたわいもない雑談から始まっていたのが、いつの間にか昼間の打ち合わせや交渉の延長戦に入り、ここでもいくつかの方針や予定が取り決められた。

「さて、あなたをここに呼んだ理由、忘れる所だったわ」

「、、、何だったかな?」

「とぼけないで頂戴、あなたにラブコールをし続けてもう1世紀を過ぎようとしているのよ?」

呆れたようにサクラが答える。

「今日こそはっきりと答えてもらうわ、逃げられるなんて思わないことね」

「そうだったね」

「と言っても私もこの歳だわ、大体答えは予想がついている、、、でもね」

ここでサクラがずいっと身を乗り出してきた。

「私はあなたの口から聞きたいの、私は私の口であなたにずっと『愛してる』と伝えてきたわ、でもあなたの口から私をどう思うのかは一度も聞けていない、、、」

「私たち、これでもう二度と会えないかも知れないのよ?」そう言いながらサクラは再びソファへと身をうずめた。ハルはどう伝えるべきか、それを逡巡しているようだった。

数分間の沈黙の後、ハルが慎重に口を開いた。

「サクラ」

サクラの身体が堅くなったのが外からでもわかる。

「悪いが、僕は君の想いに応えることはできない」

「そう、、、予想はしていたけれど、やっぱり辛いものね」

「ただねサクラ、忘れないで欲しいのは僕は君を()()()()()って事なんだ」

「愛している?」

「そう、そして僕は君を愛しているが()()君の想いに応えることはできないんだ」

「そんな!愛しているのに応えてくれないなんて、、、っ!?」

彼女がハルの瞳を見たとき彼女は何かを悟った、悟ってしまった。

そのどこまでも優しく、慈しむような瞳が何に向けられているのか、自分が年を取らなくなったのは何故なのか。それは彼女の心に絶望の黒いシミを作るのには十分すぎる現実だった。

「あっ、、、あぁ、、、」

力無く首を振る、俯いたまま暫くがたつ。

不意にキッと上を向くとハルの近くに行って言った。

「じゃあハル、せめて、、、せめてここでキスして」

ハルは何も言わずに彼女の腰を抱き、その唇にそっと口付けをした。その長いキスを終えて唇が離れた後、先に口を開いたのはサクラだった。

「ミライの状況は万全だそうよ、今すぐにでも実戦投入できると技術局から報告が上がっているわ」

「ありがとう、サクラ」

彼女をソファにそっと下ろし、扉を開きながらハルが振り返る。

「おやすみサクラ、良い夢を」

扉が閉まっていく様がまるでスローモーションのように見えた。バタンッという音とともに、ハルの姿はサクラの眼界から消えた。


暗い部屋の中、1人の女がベットに横たわっている。

ハリのある肌、健康的な手足、皺の一つもない顔、ただ唯一白銀の頭だけが彼女の年齢を証明していた。

「そう、、、私、失恋したのね、、、」

そうつぶやいた彼女の顔には、一筋の涙の跡が認められた。



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