58話「中華圏新暦史・第五章『令王国』」
中華圏の南端、比較的温暖な地域に位置し、太平洋に面した国・令は中華圏唯一の王国だ。
令は新暦83年に初代国王、海虎龙が時の仁皇帝・明朗帝により令国王に封ぜられたことにより成立した。
初代国王の冊封により成立した国だけあり仁帝国に服属していて、完全な独立国とは言い難い部分も少なくはないが、一応の自治と国王の称号を使用した対外交易などの外交は許可されている。
首都は広州、太平洋に面した温暖で肥沃な土地を領土に持つ。後清はこの肥沃な土地と、古くより貿易の要衝として機能していた香港を求めて南方遠征軍を派遣したが、後清よりも技術的に勝り、それに比例して国力も強い仁を宗主国に持つ令が成立したことにより、泉州までを後清領に加えた所で撤退を強いられた。
令の国政は基本的に宗主国仁のそれに倣っている。無論国教はレストニア教で、後清、北武周とは敵対関係にある。しかしながら、宗主国仁と違うのは、これらの国々とも交流が有るという事だろう。
勿論国同士が正式に国交を開いているわけではない。
中華圏、ひいては世界中の民間企業や組織が古くより経済の中心地であった香港を目指して令にやってくるのだ。そしてそれを取り締まるべき敵対国も経済を回し、国の運営に必要不可欠な物(即ち税収だが)を効率的に得るために令へ向かうことを半ば黙認していた。
このような民間企業などが香港に集まることによって莫大な利益を得るのは令である。
集まってきた企業が商館を持ち、営業を開始するとまず土地税を取れる、次にその企業と取引をする令国内の企業、あるいは令国内に支社を持つ企業から企業税をとれる、さらに令政府運営の企業が直接外国企業と取引をする事により令の国庫に莫大な収入が入る、いつしか令は中華圏において最も裕福な国となっていた。
そんな虎龙の治世もやがて終わりを迎えた。
新暦105年、彼が崩御すると二代国王にして現国王、英文が国王に封じられた。
彼は先代虎龙王の遺した潤沢な資産を使い、インフラの整備を急いだ。古くなっていた上下水道を整え、国内幹線道路の整備を行い、病院の受診料を無料とした。
それでも資産は尽きず、それどころが年々収入は増え続けいる。
そんな尽きない資産を使い彼が奨励したのは技術発展だ。彼は国内の研究機関や研究者に助成金を与え、新技術の研究、ことさらカミナルモノ由来の技術の研究を命じた。
さらに国内だけではなく、世界中から優秀な技術者を集めて科学技術総監部を設置、研究費用は無制限とし、その他の制約を受けぬように最大の特権を与えた。
これらのことから近年令の技術的な発展は目を見張るものがある、それに伴い宗主国仁の技術水準も上がり、後清や北武周などにとって大きな脅威となっている。この中華圏の片隅の小国が、中華圏の舵をきっているといっても過言ではないのである。




