41話「皇帝」
恐ろしく広い宮殿だな、チャルカはそう考えながら道を進んでいた。
李考公との出会いの後、彼等は李考公の乗っていた艦(駆逐艦「長春」と言うらしい)に先導されて紫禁城までやってきた。
紫禁城の周りの湖のような池のような川のような場所にミライを着水させ(どうやら水上航行能力も有るらしい)そこからは李考公に直接案内されて紫禁城の中に入ってきた。
紫禁城の中の建物は基本的に赤い壁と黄色い瓦で造られていて、彼はこれにどこか見覚えを感じた。
そう、忘れもしないトンギの宮殿だ、どことなく形も似ているような気がする、何か繋がりが有るのかも知れないな、チャルカは巨大さへの驚嘆と共にそんなことも考えていた。
「チャルカ、そろそろ皇帝陛下のいらっしゃる宮殿だ、失礼の無いようにね?」
「ハル、、、俺だって元とは言え王族だ、その辺は心得ている」
「これは失礼」
半分笑いながらハルが謝る、この男、本当にわかっているのだろうか、チャルカは疑念を抱かざるをえなかった。
「チャルカ殿、そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ?陛下も火貴人やガーディアンズの方々には頭が上がりませんし、そう言うのを気になさるお方でもありませんから」
「だが礼儀や順序は重んじるべきだ、俺はド田舎の山の中の世間とは隔絶された超辺境国の育ちとはいえ王族としての教育は受けてきた、ハルにもガーディアンズにも恥はかかせないさ」
「それは頼もしいねぇ」
のんびりとハルが答える。
やがて李考公がある宮殿の前で立ち止まった、門の上に掛かっている額には「養心殿」と書かれている。
その養心殿の門が、木造の門特有の音を軋ませながらゆっくりと開く、李考公はそれをくぐり、ハルとチャルカもそれにならった、門をくぐるときに門を開けた李考公に似た服装をした衛兵が礼をしていたのがなんとなく印象に残った。
「陛下はこの先にいらっしゃいます、私はここで」
「うん、ありがとう、李考公」
李考公が恭しく一礼をしてから後ずさりをしてハルとチャルカの前から消えた、どうやらこの角を曲がった先は皇帝のいる部屋らしい、今更ながらチャルカは緊張していた、さっきはあんな威勢の良いことを言っていたが、いざ会うとなるとどこか緊張してしまうのだ。
「じゃあ、行こうか」
ハルが歩き出す、角を曲がった先には黄色い服をきた老人と、女が2人座っていた。
「免礼、久しいのお、火貴人」
ハルが跪こうとするのを手と言葉で制し老人が口を開く、どうやらこの老人こそが時の後清皇帝愛新覚羅永棋であるようだった。
「陛下も、お変わりありませんか?」
「儂はこの通りじゃ」
「お元気そうですね、皇后、慧貴妃もお元気そうで」
「ええ、お気遣いありがとう」
皇帝の隣に座っている、恐らく皇后であろう人物がそれに応えた、そして恐らく慧貴妃であろう人物がチャルカに話しかけてきた。
「あなたが噂のチャルカ?」
「はい、そうです」
「まあ、噂どおり非常に凛々しい方なのね」
「恐れ入ります」
慧貴妃との会話でチャルカが普通に礼儀を守って会話ができるということをようやく確信できたのか、ハルの肩の力が抜けたのが隣にいるだけでわかった。
ハルの奴、この期に及んでまだ信じていなかったのか、チャルカはそう感じたがそれを顔に出すような愚行はしなかった。
「お主がチャルカか、儂が当代の皇帝、愛新覚羅永棋じゃ、剛貴人と華貴人から噂はここまで届いておっての、何でもダルマ国の王子だったそうではないか、会えるのを楽しみにしておったのじゃ」
「恐れ入ります陛下」
剛貴人というのは恐らくリオ、華貴人は十中八九リリーであろう、意外と貴人の前に付く文字で誰なのかすぐにわかるようになっているようだ。
「それで、父上殿と母上殿は、、、?」
「、、、亡くなりました、陛下、私の弟もです」
「それは、、、申し訳ない、不躾な質問であったな」
なんとなく微妙な空気が流れる、チャルカは両親の死をそこまで悲劇とは捉えていなかったが、周りの人間はそうでは無かったようだ。
その空気を変えようとしたのか、皇帝の隣に座っている女が口を開いた。
「チャルカ、私は皇后、紐祜禄氏です、これからよろしくね」
「私は慧貴妃、烏雅氏です」
「皇后、慧貴妃、よろしくお願い致します」
深々と礼をする、皇帝は頷いて「起来吧」といって微笑んだ。
「さて、、、皇后よ、儂はこのチャルカに貴人の称号を与えたいと思うが、どう思うか」
皇帝は出し抜けにそう言った、チャルカもハルも不意をつかれ、目を見張ったが、皇后はそんなこと想定済みとばかりに至って冷静に答えた。
「皇上、私はあなたの判断に従うまでです」
「ふむ、、、では慧貴妃はどう思うか」
「皇上、私も皇后と同意見です」
「よろしい、ではチャルカよ、お前に貴人を賜る」
「身に余る光栄ですが、、、なぜ私に下さるのですか?」
「お前はガーディアンズのメンバーとして多くのカミナルモノを葬ってきた、そして何より王族と言う身分で、親を殺した相手に恐れず立ち向かい、そして多くの人間を救ってきた、これは儂からお前への労いじゃよ。それに、他国の王族がわざわざ参内したというのに称号の一つも与えずに返せば清の帝国としての沽券に関わる」
皇帝の顔はどこまでも静かで、そしてどこか神々しささえ感じる威厳を放っていた。
「して、皇后よ、チャルカにはどんな一字を与えるべきだと思う?」
「こういうのは慧貴妃の方が考えるのが得意です、ここは慧貴妃に任せてみては?」
皇后の意見に頷き、慧貴妃の方を向く、恐らくそれが皇帝にとっても皇后にとっても最適解なのだろう、長く連れ添っていると考えまで似るのだろうか、そして自分はそんな相手に出会えるのだろうか、もしかしたら無理なのかもしれない、チャルカはそうまで思った、誰かを愛すにはもう自身は汚れてしまったとも思った、今、彼の手は専ら誰かを愛すのではなく、守るために存在した。
「ふむ、では慧貴妃よ、どんな一字が良いと思うか」
「皇上、皇后、このような大事な事、私にお任せ頂き感謝致します、私は西から東へ、つまり日の沈む所から日の昇る所へと旅をなさってきたこと、そして瞳が太陽のように紅いことから「日」という一字が良いかと存じます」
それを聞き、皇帝は満足そうに頷いた。
「よし、それが良い、ではチャルカよ、以降紫禁城内では「日貴人」と名乗るが良い」
「はっ、感謝致します、陛下」
「皆もよいな?これからはこの者は日貴人と呼ぶように」
その場にいた全員が跪き、同じ台詞を合唱した。
「「「跟随皇上」」」




