2話「バケモノ」
(なんだ、なんなんだ、あのバケモノは!?)
少年は走っていた、故郷の山を降り、川を渡り、慣れない砂漠を全力で走っていた。自分の国を破壊し、親兄弟を、国民を、家畜を殺し、そして自分さえも殺そうとしてきたバケモノから、王である父ですら敵わなかったバケモノから。
彼はそのバケモノの名を知らなかった。
王子である彼の魔力は確かに強大であった、しかし、宝石は磨かねば輝かぬように、彼の魔力はただ強大なだけであった。彼は目の前にいる親の仇を倒す術を持たなかった、それどころか制御されぬ魔力はただただそのバケモノと同じモノを引き寄せてしまうだけの力だった。
「あっ!」
砂に足をとられて倒れてしまう、そうこうしているうちに件のバケモノはすぐそこにまで迫っていた。
「ひっ、、、」
彼は死を意識した、意識せざるおえなかった。何故ならすぐそこに巨大なバケモノが立っていたのだから、その触手を彼に絡ませながら、今まさに神の慈悲を与えんとしていたのだから。彼の身体は石像のように固まってしまった、最早その指一本さえも動かす事は出来なかった。
(父さん、母さん、チクク、ごめん、俺、何も出来なかった、何も、、、)
今まで起きた全てが頭の中を駆けていった。
(あぁこれが走馬灯か)
彼は自分でも不思議な程落ち着いて目の前のバケモノを見つめていた。輪郭を失ったかのようにドロドロとした体、真っ黒な色、無数の触手、微笑んでいる仮面のような顔。
(俺はコイツに殺されるのか、こんなバケモノに)
最早生への執着など無かった、有るのはただ絶望と早く親の所に行きたいという願いだけであった、それを叶えてやろうとばかりにバケモノは触手の一本を刃物状に変形させ、振り上げた。その瞬間、目の前のバケモノの体に無数の穴が穿たれた。
轟音と共に目の前のバケモノが爆発四散する、爆発によって生じた土煙、それを切り裂き現れたのは巨大な「船」だった。