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殺人幻想

作者: 黒森牧夫

 誰か俺を殺してはくれないものかな? この俺を、俺の気付かないうちに、俺の意志に逆らって無理矢理殺してはくれないものかな?

 刃物はいけない、血を見るのは嫌いだし、第一苦痛は俺の望むところではない。俺はいたって無害な小心な臆病者なのだ。首を絞めたり吊ったりするのはいけない、目の玉は飛び出て口からは泡を噴いて、失禁まですると言うではないか、そんなみっともない態は曝したくはない。殴ったり、車で轢いたりするのも同様だ。血を噴いたり醜い傷を付けた儘で死ぬなど、考えるだけで頭痛がしそうだ。電車の前に突き落とすというのも良くない、四散した肉塊になるよりは五体健全の儘の方が気持ちもいいというものだし、そんなことをすれば何千と云う足が奪われてしまうことになる。屍体を片付ける人達にも気の毒だ。俺は思い遣りのある男なのだ。そんなことをする位だったら滝壺から深い海へ放り込んで貰うほうがまだしも救い様がある。唯溺れるのは辛いだろうし、息が苦しくなったらきっと藻掻いてしまうに違いない。土左衛門も魚達の餌も御免被りたい。出来ることならば毒物、注射などではなく経口用の、それも即効性のものがいい、私の飲む珈琲か何かの中に混ぜて貰いたい。私は識らずにそれを口にし、楽しい談笑を続けている内に突如その効き目が現れる。腹や胸ではいけない、そう、頭か喉に異常が襲い、のたうちまわったり反吐を吐いたりすることなく、一体何が起こったかも判らない裡に私の心臓は停止するのだ。私は椅子に背を凭れさせ乍ら不思議そうに目を見開き、手には珈琲カップを持った儘、一個の鈍重で醜い肉の塊と化す。それは一瞬の出来事であり、一陣の風がさっと落ち葉を攫って行く様に私の魂の灯は吹き消える。殺人者は、何故自分がこの私を殺そうとしたのかさえ解らない。この殺人に理由は要らない、いや寧ろあってはならないのだ。下卑た恐怖映画に出てくるような理不尽さに支配されているからこそ私の卑しい尊厳は保たれた儘彼方へと運び去られて行く。理由は後から幾らでも、事後予言の様な形でこじつけることが出来る。しかし鼻先に薄笑いを浮かべるHistorianの眼前には、厳として動かすことの出来ぬ確固たる事実、否定し去ることの出来ぬ不可知性が立ちはだかるのだ。

 嗚呼、俺は何と愛情深い男なのだろう!

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