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絶対に見つからない場所

作者: 三島道三

 かくれんぼ。鬼を定め、他は物かげに隠れ、それを鬼が探し出し、最初に見つけられたものが次の鬼になる。数世紀前から遊ばれている、日本人では知らない人はいないこの遊戯だが、一つ欠点がある。

 鬼が決まる。みんなが隠れる。誰かが見つかる。見つかった人が鬼になる。その繰り返し。

 そう――かくれんぼが終わるタイミングは誰にも分からないのだ。


 六歳になったばかりの圭介くんが、近所の公園で知り合った子供たちとかくれんぼをしていると、大変良い隠れ場所を見つけた。公園から少し出たところにあるアパートの横にひっついた室外機の裏。そこは大人が隠れるには狭いが、まだ小学生にもならない小さなこどもがピッタリ収まる程度の広さだった。


 公園に集まった子供たちは、全部で七人。圭介くんは良い隠れ場を見つけたと、しめしめと笑いながら、ただ時間が過ぎるのを待っていた。ところが予想に反して、他の子供がすぐに鬼に見つかってしまった。


 本来であれば、鬼が見つかるたびにゲームはリセット。全員が集まって、また鬼じゃない子どもたちが各々の隠れ場所に隠れるのがお決まりだった。でも圭介くんは、せっかく見つけた隠れ場所から出てくるところを誰にも見られたくなかった。だから同じ場所に隠れたまま、次のゲームが始まるのを待った。


 室外機の裏というのは、熱気が立ち込めているもので、圭介くんは汗まみれになりながら、ただ隠れていた。だけど、また次のゲームでもすぐに鬼が他の子どもを見つけてしまい、ゲームはリセット。二三度そうしたことを繰り返すうちに、圭介くんは室外機の熱気と、夏の暑さで眩暈がしてきた。


 目の前がぼやけて、何が何だか分からなくなってきた。とめどなく流れる汗と、照り付ける日の光と、室外機の熱風とで、もうかくれんぼをしているのか、していないのかも分からなくなってきた時、後ろに窓があることに気づいた。


 窓の中には、白い服を着た女性が立っている。髪が長い。顔は髪に隠れて見えない。こちらを向いている。圭介くんは、さっきまで意識が朦朧としていたのが嘘のように、はっきりと思った。


「怖い」


 圭介くんは怖くてたまらなかったが、もしかしたら女に気づかれていないかもしれないと思い、動かないようにした。こんなところに隠れてたら怒られるかもしれない――なんてことを考えていたわけじゃない。もっと本能的な、生物の直感による恐怖から、身動きを取らないことを選択した。


 しばらくすると、太陽は落ちて、夕焼けの赤い光が辺り一帯を照らした。


 とっくに公園から子どもたちの声は聞こえなくなっていた。圭介くんがまだ隠れていることなど忘れて解散して、みんな家で晩ごはんが出来るのを待っているのかもしれない。圭介くんも早く家に帰りたいと願った。でも、女はまだそこにいる。


 もしかしたらみんな圭介くんがいなくなったことに気づいて、親に知らせてくれているかもしれない。そうしたら、誰かが助けに来て、ここから抜け出せるかもしれない。でも、自力じゃ絶対に出られない。少しでも動けば、女に気づかれて、窓が開いて、にゅるりと腕が伸びてきて、そのまま家の中に引きずり込まれそうな気がする。


 幸い、日が落ちてきたことで照り付けるような暑さは無くなった。室外機の熱風は変わらず不快だが、汗はもう出なくなっていた。出る汗が無いと言った方が正しいだろうか。脱水症状を起こして、気を失いそうになった時、お母さんの声が聞こえて来た。


「出ておいで!」


 大きな声で圭介くんを呼んでいる。すぐにでも応じたいが、声が出ない。口は乾いて、喉は張り付き、声を出そうにも出せない。窓の中を除くと女がいなくなっている。


 本当なら倒れてもおかしくない状態だったけど、力を振り絞って圭介くんは立ち上がった。幼きにして火事場の馬鹿力を発揮した。女に見つからずにこの気持ちの悪い空間を抜け出すには今しかない。


 ふらふらになりながら、圭介くんを呼ぶお母さんの元に近づいていくと、お母さんは圭介くんに気づいて駆け寄ってきた。


「どうしたの!」


 お母さんは、驚きながら駆け寄って、腰を屈めて今にも消え入りそうな圭介くんを抱きしめた。圭介くんはほとんど気を失っていて、お母さんの腕に包まれて、安心感で眠りかけた。


 あの女はいったい何だったんだろう。薄れゆく意識の中で、数時間も窓の前で立ち尽くしていた不気味な女を思い出していた。ふと饐えたような臭いがした。目を開けると、圭介くんを抱いているのは長い髪の、白い服を着た、不気味な笑顔を浮かべた女だった。


 次に目覚めたとき、圭介くんは薄暗い部屋の中で、柵のついた赤子用ベッドの中にいた。


「ああ、もう僕がこの部屋を出ることは無いんだな」


 六歳の圭介くんは、切断された両手両足を見て、意識を閉じた。柵の外からは、がらがらを振っている女が目を見開いて圭介くんを覗き込んでいた。

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