夢幻の彼方の物語。
家紋武範さんの【夢幻企画】とやらに参加してみました。
この企画、こういう事かなー、と試行錯誤しながら書きました。
「いい加減さぁ、お前仕事覚えろよ」
仕事をしていると、そんな声が聞こえてきた。
私の職場の先輩の声だ。
そしてその言葉をかけられているのは、私ではなく、私の後輩ではあるものの、聞くだけでどうしても、げんなりしてしまう。
でも私には、もうこの会社しかない。
転職しようとか思うけれど。罵詈雑言が飛び交う職場ではあるけれど。就職難の末にやっと見つけた職場だ。
たとえイライラが溜まろうとも、絶対に辞めてはいけない。
ここ以外に、私を雇ってもらえる場所が見つかるとは思えないから。
だから私は、今日も我慢する。
そのせいで、頭の中がグシャグシャになろうとも。
※
今日も無事に仕事を終え、家に帰る。
帰るといつも母と祖父が迎えてくれる。
父はいない。
小さい時に亡くなった。
それはともかく。
祖父には毎晩酒を飲む習慣がある。
そしてある程度飲むと……いつもいつも、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも……様々な事に対する罵詈雑言をぶちまける。
母はそれに耐えていた。
けれど私は耐えられなかった。
「いい加減ウルセェんだよッッッッ!!!!!!」
おかげで何度か祖父と衝突した。
そしてその度に母を泣かせ、泥沼な状況になる。
申し訳ない気持ちにはなるけれど、それでも私は祖父の罵詈雑言には耐えられなかった。罵詈雑言をかけられた人達だって、精一杯生きているのだ。自分なりに、全力で生きているのだ。なのに、本人が目の前にいないからといって調子に乗っている彼の態度が。自分はこの世で一番偉いんだと、誰かの尊厳を踏み躙ってまで、周囲に認識させようとする傲慢さが……私には耐えられなかった。
というか、職場でいろんな人の罵詈雑言に耐えているのに、味方がいるハズの家でも、祖父の罵詈雑言に耐えねばならないなんて……私は生まれる家を間違えたのではないだろうか。
絶望のあまり、自殺を……何度も考えた。
だけど中学生だった頃。
ちょっとした物語を思いつき。そしてそれを投稿するサイトの存在を知り。試しにその物語を投稿して以来……私の作品を待ってくれる、数多くの読者ができた。
そんな読者のみんなを置いて、勝手に死ぬワケにはいかない。
もしかするとただ面白いと思っているだけで、作者に対して関心を持っていない読者もいるかもしれないが……読者がいるだけでも幸せだ。
とにかく私は。
私の作品を待っている読者が一人でもいる限り、ネタがある限り、生きねばならない。だから私は……死ぬワケには、いかない。
※
しかし現在。
そんな私はある問題に直面していた。
「…………ネタが、浮かばない」
日常生活の中で度々見舞われる、罵詈雑言の嵐の影響なのか……物語のネタが、浮かばなくなってしまったのだ。
私は絶望した。
だけどショックのあまり死ねば、死ぬ直前にネタが浮かんだ場合に後悔するかもしれないので死ぬに死ねず……そのまま、寝る事にした。
※
「もったいないなぁ、君」
するとその夜。
私は奇妙な夢を見た。
明るいとも暗いとも言えないような変な空間の中で……私が謎の成年と向き合う夢だ。
なんだか、この状況に既視感を覚える。
そしてその既視感の正体に、私はすぐに気づいたのだが――。
「言っておくけど……異世界転生とかそういう流れじゃないからね、この話」
――その前に、彼に注意された。
どうやら私は、死んではいないらしい。
もしかして異世界モノを読みすぎたからこんな夢を見るのか。
それも、異世界モノではないと注意されるという……変な夢を。
「と言っても、この世界は夢幻ではあるけど……実際にある事だからね」
「…………は?」
成年がワケ分からん事を言ってきたため、さらに混乱した。
「そうそう。自己紹介しなきゃね」
次に成年は、今気づいたかのように……ようやく名乗った。
「俺の名前は阪口。多次元世界の案内人だ」
「案内人?」
言われたところで、いったい相手がどんな存在なのか分からなかった。
しかし質問するにも、どこからすればいいか分からないくらいワケが分からないので……私はその場の流れに任せる事にした。それ以前に精神的に疲れているので考える余裕はない。
「まぁしいて言うならば……最高次元超越生命体ってところかな。君よりもっと上の存在だ」
なんのこっちゃ。
「とにかく、だ」
阪口と名乗る成年はそこで、一度咳払いをしてから話し出す。
「俺がいた世界から、君が今まで書いた物語を、ずっと見てきたけど……もったいない。実にもったいないよ。その気になれば君は百作品以上も書けるだろうに……その発想力が日常生活のストレスで封じられちゃっててさ」
「ッッッッ!!!?」
阪口と名乗る成年の事はよく分からないが。
もしかすると彼は私の妄想の産物かもしれないが。
少なくとも彼は、私が今抱えている問題については理解しているようだ。小説の数については言いすぎだと思うが。
「だからね、俺はそんな君を助けに来たんだ」
彼はズイ、と私との距離を詰めた。
私は反射的に後退しようとした……のだが、
「君に、世界を見せてあげるためにね」
その前に阪口に、額に人差し指を当てられて――。
※
――様々な色彩が、私の意識をのみ込んだ。
※
そして、私は見た。
信じられない事だけど。
かつて私が妄想した物語を。
星と星の絆を守ろうとする少年少女がいた。数多の世界の、異なる摂理の狭間で戦う青年達がいた。神に強いられた運命を捻じ伏せんとする令嬢がいた。異世界を飢饉から救わんと、神と契約をしたサラリーマンがいた。魑魅魍魎の願いを叶えんとする陰陽師と、それを支えんとする式神がいた。忌まわしき煙草を撲滅せんとする南北アメリカ系の少女と、その仲間達がいた。人心掌握術を以てして、異世界を救わんとする少年がいた。異教の神を討伐せんとする土着神とその巫女がいた。世紀末な世界の中であがくサラリーマンがいた。怪異と協力して事件を解決せんとする刑事がいた。転生ハーレムの因果を破壊せんとする少年少女がいた。捻じ曲げられた運命を正さんとする少年がいた。電脳世界を駆ける少年少女がいた。同僚と力を合わせて食の祭典を勝ち抜かんとするオフィスレディがいた。悪役となる運命の下に生まれ落ちながら、その運命を変えんとする少女がいた。
どれもこれも、とても懐かしさを覚える物語。
非情なる現実を生きる内に、いつしか忘れていた物語達だ。
「二次創作も含めれば、軽く百はいくな」
阪口は言った。
「まぁ無理に書けとは言わないよ。君には君の事情とかあるかもだし。でもね……一言だけ言っていいなら」
そこで彼は、少し間を空けてから――。
「君が書かなきゃ、君の物語は進まないんだよ」
※
――そう言われたところで、目が覚めた。
「変な夢を見たな」
目覚めてからの最初の言葉はそれだった。
でも、なんでだろうか。
先ほどの、私の妄想の産物かもしれない阪口の言葉が頭から離れない。
「…………とりあえず、書いてみようかな」
それどころか、今はネタが次から次へと浮かんでしょうがない。
私はすぐに、頭に浮かんだネタを忘れない内に……中古で買った自分のパソコンの電源を入れてワードを起動した。
阪口……登場、満を持して!(ぇ
※間咲正樹さんの割烹にて他の連中は先行登場(平川は名前のみ)しています。