とあるアイドルを推すドルヲタ共が異常に礼儀正しい件。
突然思いついた話です。
オチについては保証しません。
そして秋の桜子さん、FAありがとうございます!!
みなさんはドルヲタといえば何を想像するだろうか。
己が推すアイドルのイベントには、アイドルの名前などが入った、特攻服と呼ぶべき装束や、まるで学校の応援部の部員の如きハチマキなど……とにかく、そんな奇抜な格好をした上で、なるべく欠かさず参戦し、そのグッズに給料をつぎ込んで入手し……己が推すアイドルの人気を支える戦士。少なくとも俺は、そんな印象を持ってる。
そんな存在は、アイドルにとって、かけがえのない存在だろう。
いろんな意味で。
しかし中には、残念な事に、己が推すアイドルを過剰に愛しすぎて、他人に自分のアイドル愛を押しつけたり、推しているアイドルの、ストーカーと化したりするドルヲタも存在する。
そんなアイドル業界に最近、ある変化が起きた。
見砂ショウ子。
最近デビューした歌って踊れて笑いもとれてかのT大の出でヲタでもあって……な感じでいろいろとてんこ盛りな、しかし近年のアイドルとしては、珍しくもないタイプのアイドル。
ちなみにバストサイズはEカップらしい。
ちっぱいが好きな俺からしたら完全に管轄外なアイドルだ。
いやそんな事はどうでもいい。
その変化をしたのが、彼女を推すドルヲタ共なのだ。
別に彼らが何かやらかしたワケではない。
いや、変化をもたらした……という意味ならいろいろやらかしてるか。
ストレートに言おう。
彼らは……何もかもが異常に良すぎるのだ。
見砂ショウ子のコンサートなどのイベントでは、近隣住民の迷惑にならない程度の声量や周りの人の邪魔にならない程度のアクションを意識し、そして日常生活においては、弱きを助け強きを挫くような……そんな、まさにヒーローとなっているらしい。最近も、火事のせいで家に取り残された子供を、その身一つで救出したというニュースが流れた……どんだけだ。
見た目に関しても、従来であればガリガリやふとやかな印象を持つドルヲタとは違い、適度に細マッチョで見た目もイケメン。
正直、ドルヲタらしくない!!
いや中にはイケメンなヲタもいるが……これはさすがに異常すぎる!!
しかも最近ドキュメンタリー番組で見砂ショウ子の事が取り上げられて、それに出演したファンの一人の口からは、
――自分はかつて、みなさんがイメージするようなドルヲタでしたが、ショウ子さんのおかげで生まれ変わる事ができました。
…………などという、いかにも怪しい証言まで出ている!!
え、なに? まさか見砂ショウ子を中心とした怪しい宗教団体か秘密結社が発足しちゃってるのかと言いたいくらい怪しい!!
「というワケで部長、俺、見砂ショウ子のライブに潜入取材しに行ってきます!」
俺は荷物を片手に上司にそう言った。
ここは俺が勤める出版社【ダモクレス・ジャーナル】。
政界のスキャンダルから、ご近所の奥様方が井戸端会議で出すような小さい事件まで様々な事件を取り扱う会社だ。
「それは構わないんだけどさ……ケンイチ、そのまま見砂ショウ子にどっぷりハマったりしないよな?」
部長が俺を、心配そうな目で見上げてくる。
なるほど。確かにミイラ取りがミイラになっちゃう可能性もあるけど……。
「安心してください、部長。俺の好みは部長のようなちっぱいの女性ですから!」
「いやそういう事を言ってるんじゃなーいッ!!!!」
部長に殴られた。
伊刈カノ子部長……今日もナイスちっぱい&ツッコミだZE!!
※
翌日。
アタシは……なぜケンイチにお姫様抱っこをされている!?
「大丈夫ですかカノ子部長? それにしても危ないですねぇ。僕達の取材によって潰されたヤクザの残党が、報復としてカノ子部長を襲おうとするなんて」
しかも……なんか言葉遣い!! それにMI・TA・ME!!
いつものオスのライオンのようなボサボサヘアーがどういうワケだか今は整っている上に表情もなんかキリッとしていて ホ レ ゴ ロ ス 気か貴様ッ!!?
いやいや待て待て落ち着けアタシ。
そもそもコイツは、就職氷河期のせいで職に就けなかったのを、アタシの母校の後輩という縁から雇ってやった部下だぞ?
恋愛するために雇ったワケでは断じてないッ!!
というかなんでコイツここまで変わって…………オイ、まさか!?
「まさか、見砂ショウ子にハマったのかお前!?」
「はい。その通りですカノ子部長」
ケンイチは周囲を見回し、アタシを狙っていたヤクザの残党が周りにいない事を確認すると、アタシを降ろし、語った。
「僕が今まで間違っていました。確かにバストは、ちっぱいが好きなのですが……アイドルとはそれだけではないのだと、ショウ子さんのコンサートを見て悟ったのです!!」
……いろいろ残念だが格好良いなチキショウ……っていやいやそうじゃなくて、いったいケンイチに何があった?? というか人間は一日でこんなにも変わるモンなのか????
いや、誰がどう見たって異常だ。
たかがアイドルのコンサートでキャラそのものが変わるハズが……いや待てよ?
「ちょっと付き合え、ケンイチ。交通費とかはアタシが持とう」
「い、いけませんカノ子部長! 僕は部下であなたは上司じゃないですか!?」
「何を考えてる何をッッッッ!!!?」
※
この【キセ心療クリニック】……ボクの城ができて十年か。
長いようで短かったな。
もしかすると、高校時代の濃密すぎる体験のせいで時間の感覚が狂っているかもしれないから正直どうかは分からんが。
今思うと、よく生き残れたもんだ。
まさか上級悪魔の知将が、最終決戦になってボクの力に気づいて、クラスメイト全員に【精神状態正常化】の効果がある魔術を使ってくるとは。
あの時はルーシィとタケオの協力がなかったら、再びクラスメイト達が団結してそのまま悪魔から世界を救う、なんて展開にならなかったかもしれない。
いや、元々良いヤツばかりではあったんだ。あの後に分かったけど。
ただ連携だけは、ボクの人心掌握術を使って増大させたタケオのカリスマなしでは壊滅的ってだけで。
ああ、思い出せば思い出すほど……またルーシィに会いたくなってきたな。
彼女だけなんだよなぁ。
ボクの人心掌握術がまったく効かない特殊な精神構造をしてて、しかもからかいがいのある人は。こっちの世界にはまったくそんな人はいない。
と、そんな事より新たな患者だ。
「ッ! 伊刈さんじゃないですか」
「木瀬先生。どうもウチの部下が変なんだ。ちょっと逆行催眠をかけてくれ」
伊刈カノ子。
最近知り合った、とある雑誌の編集部部長。
ボクの所には主に、なんらかのショックで記憶をなくしてしまった取材対象などを連れてくる……のだが、ちょっと催眠術かけてなんて。
人の事は言えないが、この人の感覚もおかしいんじゃないだろうか。
「いえいえカノ子部長、僕は大丈夫です。というかこれが僕の最終形態。真の姿でございます」
「お前はそんな事を言うキャラじゃないだろう!? というかございます!?」
そしてその部下だが……類は友を呼ぶのか。
確かに変だ。台詞がイタすぎる。今までいろんな人の心と向き合ってきたが……イタい事を堂々と言うキャラを相手にするのは初めてだ。この世界では。
「コイツ、あの見砂ショウ子のライブに潜入取材しに行ったんだ。元々はちょっとドジだけど気さくで良いヤツなんだ。だけどライブから戻ってきたらこんな感じになってて」
「なるほど」
カメラの映像とかは……期待できないな。
もしかするとそういう物の持ち込みを禁止していたかもしれないし。
それにしても、あのいろいろと話題の見砂ショウ子か。
いったい何が、彼をこんなキャラにしたのか……面白い。
「分かりました。今すぐ逆行催眠の準備をしましょう」
※
昨日。
コンサートの最中、俺は妙な感覚に襲われていた。
どういうワケだか見砂ショウ子の声を聞いているだけで気分が高揚するのだ。
おかしい。
俺はアイドルに対しそんなに興味があるワケじゃないのに!!
というか昨日一応ちっぱいな泡姫とメッヘゴーして抜いてきたというのに(ぇ
それなのに……な、何なんだこの高揚感は!? ああ、部長……どうか、どうか俺にこの高揚感に抗えるだけの力を!!
――とまぁ、そんな感じで……悶々とした気持ちをなんとか抑えつけ、俺は見砂ショウ子のライブを生き抜いた。
あ、危なかった。
昨日の泡姫だけじゃなく部長のちっぱいも頭に思い浮かべなければどうかなっていたかもしれん。
しかし何なんだあの歌声は。
聞いているだけで頭が痺れるような変な感覚になる……こうなったら直接、見砂ショウ子に会って確かめるしかないか?
そして俺は、学生時代に培った気配遮断スキルを使って……なんとか見砂ショウ子の楽屋の前へと到着した。
とりあえずは、楽屋から聞こえてくる声だけでも聞いておこう。
そのまま突撃取材する……のはよそう。着替え中だったりしたら警察に御用……いや今の俺も充分逮捕でき……お? 聞こえてきたぞ?
『フフフ、まさかここまで効果があるとは思わなかったわ』
『ククク。私としてもビックリですよ』
ん? 見砂ショウ子と……誰だ? ジャーマネ?
『私が使う「1/fゆらぎ」と、あなたが発明した「特定音波増幅器」。この二つさえあれば、この世全てのキモヲタをイケメンヲタク……イケヲタに変えてしまうだけでなく、世界中の人間を真人間にする事も不可能ではないわ』
!?!?!?!?!? は!? 今なんつった!?
『ククク。私もあなたのような存在……「1/fゆらぎ」を使える才能を持ち、さらには、学生時代にキモヲタに乱暴されかけて以来、ずっとキモヲタへの憎悪を抱いている……そんな存在と出会えてよかった』
…………………………ォィ。これはドッキリなのか? ドッキリだよ、な?
ま、まさか歌を使って世界をどうこうしようだなんて……SFものの話の見すぎに決まってる!! というか、見砂ショウ子にはヲタとしての側面もあるから……絶対そうだ!! というかそうだと言ってほしい!!
『おや。ドアの外にいるのは誰ですか?』
とその時。
見砂ショウ子と話していた誰かにバレた!?
驚きのあまり、気配遮断を怠ってたか!?
『ちょうどいい。ショウ子ちゃん、ドア越しではあるが、君の……パワーアップを果たした「1/fゆらぎ」が至近距離でどれだけ通用するか……実験してみてくれないか?」
『え、誰かいんの!? …………はぁ。しょうがないか。それじゃあ――』
――そして俺の意識は、少しずつ遠のき始め……。
※
「…………な、んだと? 1/fゆらぎ?」
き、聞いた事がある。
一部の歌手や独裁者が持っているとされる、人に影響を与える特殊なゆらぎ。
まさかそれを……世界をどうこうするために使っているだと!?
「ちっぱいについては何も言わないんですか?」
「なぜ忘れようとしていた事を思い出させようとするかな木瀬先生!?」
「ちなみにボクは、普乳とされるCやD辺りが好みです」
「全ッ然訊いてねぇよ!?」
「それにしても、まさかあの見砂ショウ子がねぇ」
私のツッコミはスルーして。
木瀬先生は、真剣な表情をしながら言った。
「で、伊刈さんとしてはどうするんですか?」
「…………残念だが、取材は中止する。下手に取材すれば、また洗脳されて終わりだからな」
「……それが無難ですね」
木瀬先生はため息まじりに言った。
だが見砂ショウ子。
少なくとも……アタシの部下は返してもらうぞ?
「それで木瀬先生、ケンイチは元に戻るんで――」
※
その後。
伊刈さんの部下は、ボクの催眠療法でなんとか元のキャラに戻った。
それにしても、まさか学生時代のボクが考えてたのと似たようなのを考えてる人がいるとは。それだけこの世界に不満を持ってる人が、今もいるって事か?
…………やっぱり悪魔との戦いの後、元に戻ったクラスメイト達の良い人っぷりなんか気にしないで、またあの〝計画〟を進めるべきだったかなぁ?