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薬師の日常  作者: 鳥飼泰
本編
8/12

8. 王都の薬師がやって来た

やや薄曇りの雲間から控えめに差し込む、ぼんやりとした日差し。広がる雲は雨を降らせるものではなさそうで、空気は湿っていない。森はいつも通り、健やかに生い茂っている。


薬の素材となるものは、特定の条件下でしか採取できないものもある。

晴れの日が多いこの地域では、こういった曇りの日は森での採取にもってこいなのだ。

一日付き合ってくれるというジンと一緒に、ヤクは薬の素材を求めて森を歩いていた。



ジンは優しいし身体能力が高いので、ヤクが好き勝手に動いても難なくついて来てくれる。

これがツツミだった場合、薬草を見つけて走り出したり無断で道を逸れたりして置いて行くと、まず叱られる。けっきょくツツミを抱いて移動することになり、本気の採取には向かないのだ。

今日は珍しい曇りの日なので、ジンが同行してくれたのは喜ばしいことだった。



「ジン、あの木に生ってる実が三つくらいほしい。なるべく熟してるやつ」

「分かった。色が濃いものだな」


ヤクの数倍ありそうな高さの木だったが、ジンは軽々と登ってさっと熟した実を収穫してくれた。

礼を言って受け取り、そのうち一つを手で割り、中の果肉を取り出す。

これはそのまま食用にもできる実なのだ。野生の甘さにほろ苦さもあり、意外と美味しい。


「はい」

「……ん」


果肉を差し出すとジンが口を開けたので、そのまま押し込んでやる。満足そうに咀嚼しているから、美味しいのだろう。

ヤクは自分の口にも放り込み、ちょうど良い熟し加減だった実を味わった。




「今日はたくさん採ったな」

「うん。曇りの日っていうのもあるけど、なんだかこの辺、いろいろなものがあるんだよね。いい場所だなー」


本日の成果にほくほくして歩いている時だった。



「おや?」


前方に、紫で縁取りされた白いローブを羽織った、不思議そうな顔をしてこちらを見ている老人が現れた。


「君たち、どこの人だね?この辺りは、王都薬師局の専用薬園だよ」


柔らかな声で語られた言葉に、ヤクは驚いた。


「えっ!それって立入禁止なのでは……」

「そうだねぇ」

「ご、ごめんなさい!」


老人が言うには、この周辺は全て王都の薬師局が管理する薬園なのだそうだ。

あれほどの収穫が得られたのは、他者の手が入らず、きちんと管理された場所だったからなのだとヤクは理解した。



知らずにいろいろ採取してしまったことを謝罪すると、老人は笑って許してくれた。

とりあえず、採取したものを返そうと差し出した。食べてしまったものに関しては黙っておこう。

すると、ヤクの成果を見た老人がなぜか目を見張った。


「君は、これが何かを知っているのかね?」

「クルの実ですよね。夢見がよくなる効果の」


そのうちのひとつを手に取って尋ねた老人に、ヤクは答えた。

本当は幻覚剤になるオロの実が欲しかったのだが、そちらを取ろうとするとジンが「ん?」と妙に整った笑顔を見せたので、嫌な予感がしてやめたのだ。あの桃色の液体の件は、まだしっかり尾を引いている。


「では、こちらは?」

「ハバの葉ですね。単体だと匂いが強いですけど、他と混ぜると匂い消しになるので」


他にもいくつか採取したものに関して、まるで就職面接のごとく質問された。

何故そんなことを聞かれるのか分からなかったが、立入禁止区域に無断侵入してしまったらしいヤクは、大人しく答えていった。

ジンも自分たちが微妙な立場であることを理解しているのか、隣で静かにヤクたちの話を見守っている。



そして何個目かの素材について答えたところで、老人が興奮したように叫んだ。


「すばらしいのう!君は薬師だね?その知識を王都で活かしてみんか!?」

「は?」


さらうようにヤクの両手をとって、ぐぐっと迫ってくる。

突然の接近にヤクはぽかんとするばかりだったが、隣に立っていたジンが丁寧ながらも有無を言わさず、老人の手を外してくれた。


「あ、いやすまんかった。思わぬ人材に、つい、な」


ジンの無言の威嚇に我に返った老人は、自分の行動を恥じながら、その理由を説明してくれた。



老人は王都薬師局の局長で、薬師局は現在深刻な人材不足に陥っているらしい。

以前は王都の部署らしく、たくさんの職員がいた。しかしある有名な薬師を勧誘した際に侮った態度をとってしまい、気分を害したその薬師にこてんぱんにやられて心を折られ、みんな辞めていったのだとか。

その結果、残った職員は仕事に忙殺されることになってしまった。


「仕事が増えて、殺気立った副官に殺されそうだよ。彼女、本当に怖いのだ……。それに局長である私がわざわざこんな辺境の薬園に来る必要があるくらいに、人手が足りないのだよ」


本来、このような仕事は中堅クラスの職員の担当であるらしい。だが、その中堅クラスがこぞっていなくなってしまったのだとか。

その薬師の勧誘を担当していたのが中堅の職員だったために、薬師はその周辺を集中的に標的としたらしい。


「すごい薬師ですね……」

「夕闇の薬師という人物を知っておるかな?夕闇のごとき暗い黄昏の髪を持ち、その膨大な知識を悪辣に振るう、有能だが恐ろしい薬師だよ」


ヤクはジンと顔を見合わせた。

それは、師匠の友人の薬師の呼び名ではなかったか。


「………………」


これは深く関わると良くないことになりそうな気がするので早めに撤退するべきだなと思ったヤクは、さっとジンと頷き合い、薬師局長に別れの挨拶をして踵を返した。


背後から、哀れっぽい老人の呼び止める声が聞こえたが、心を鬼にして立ち去った。




翌日。

けっきょく昨日の収穫はゼロになったので、ヤクは改めて採取のために森を歩いている。

腕の中では、お供のツツミが鼻をぴくぴくさせていた。

一人で大丈夫だと言ったのだが、昨日のことで何か嫌な予感がすると言うジンからの許可が出なかったのだ。

本気の採取は期待できないが、ツツミと森を行くのも楽しいので、ここは妥協しよう。



木の上に止まった丸っこい青色の鳥を見つけ、ヤクはビスケットを取り出す。


「鳥さん、珍しい薬草か実があるようなところへ連れて行ってくれないかな」


青鳥は一声鳴くと、飛び立った。

連れて行ってくれるらしい。


「お前、器用なことをしているな……」

「えへ、鳥使いとしてのレベルも上げていこうと思って」


ツツミにもビスケットを渡し、いっぱいに頬張った口がもぐもぐ動くのを愛でながら、鳥の後について森を進んだ。




「あ、カンガクの実だ」


青鳥が再び鳴いたところで、香辛料として使えるカンガクの実を発見した。

どうやらこの辺りがこの鳥のおすすめらしい。

礼を言ってビスケットを渡し、飛び立つ鳥に手を振って見送った。


さっそくカンガクの実を採取しようとしたところで、ふと、周辺がいやに整っていることに気付いた。

まるで人為的に管理されているかのようだ。


(そして、なんだか見覚えがあるような気がする…………)


急に動きを止めたヤクに、ツツミが訝しんで話しかけようとしたその時。



「おお、君は昨日の!」


そこへ現れたのはやはり、喜色を露わにした白いローブの老人だった。


「やっぱり、ここって昨日来た薬園…………」

「む、誰だ」


突然の他人の登場に、ツツミが不審そうに警戒している。


「やはり王都へ来てくれるのだね。そうだろうとも。王都の薬師局といえば、薬師の憧れだからの。正式に採用させてもらった後は、給金もできるかぎり希望に沿うようにしよう。もちろん住居は薬師局の寮を提供するとも。それに、」

「おい、それ以上近寄るな」


喜びのままに突進してきた薬師局長は、再びヤクの手を取ろうとしたところで、目の前の人物を不審者と認識したらしいツツミに制止されて踏みとどまった。


「ヤク、これは知り合いか?」

「いや、昨日偶然会っただけの人」

「では、いいな。帰るぞ」


目の前の人物の何かがよほど癇に障るのか、ツツミの気配は切れそうなほどに鋭い。薬師局長が口を挟む隙を与えず、全身で威嚇しながらヤクを促す。

ツツミがここまで嫌がっているものを押してまで薬師局長の相手をする理由もないので、ヤクは素早く退散することにした。


再び背後から、哀れっぽい老人の呼び止める声が聞こえたが、心を無にして立ち去った。




「呪われてるのかな……」


一昨日に薬園へ迷い込み。昨日は鳥に案内されて再び薬園を訪れ。

そして今日は、街へやって来たところでなぜかまたしても薬師局長と遭遇している。


幸いなのは、今回もヤク一人ではないことか。

昨日の件があってから、ジンだけでなくツツミからも、単独行動禁止令が出ているのだ。

隣のジンは、すでに威嚇モードに入っている。



「やあやあ、こんなところで会うとは。やはり縁があるのだろう。今日は薬を売りに来たのかね?良かったら、そこら辺でお茶でもしながら王都での仕事の話を、」



「局長!!」



そこへ、滔々と流れる薬師局長の話を遮るように女性の声が響いた。


「え、テンリくん!?」

「……あなたは、こんなところで何を?」

「いや、出張業務をだね、」

「……日帰りのご予定を無断で延長されたようですが。その結果滞った仕事は副官の私にまわってくると、ご承知でしたか?」

「す、すまん…………」


いかにも有能そうなきりりとした女性が、薬師局長を強い口調で叱責している。

二人はどちらも同じような白いローブを身に着けているが、薬師局長の縁取りが紫なのに対し、こちらの女性は青い。制服か何かなのかもしれない。


「し、しかし、いい人材を見付けたのだよ。彼女を連れて帰れば仕事もしやすくなると思ってだね……」

「いい人材?」


そこで副官の女性がヤクの方を向いた。

巻き込まないでほしいなと思ったところで、なぜか副官が青ざめたので、ヤクは目を瞬く。


「その薬袋……。ま、まさか、夕闇の薬師のものでは……!?」


そういえば、ヤクの腰には、ソウジからもらったお気に入りの薬袋が下がっているのだった。


「そうです。ソウジさんからもらいました」

「あの夕闇の薬師が、薬袋を与えた…………」


ますます顔色の悪くなった副官は、さっと上司を振り返って上申する。


「局長、夕闇の薬師の関係者にこれ以上関わってはいけません」

「そ、そうだね…………」


こちらも蒼白になった薬師局長が頷く。

そのまま薬師局長は、副官に引きずられて去って行った。



「なんか、騒々しい数日だったね」

「ああ…………」


よく分からないうちに巻き込まれ、よく分からないうちに解放され、なんともいえない気分だけが残った。



その後、気晴らしにラビーのところで美味しい昼食をいただいた。

もやもやした気分を愚痴ったところ、「え、ストーカー?」と眉をひそめたラビーが、「ストーカーに悩まされてるなら、いい対策方法を教えるわよ」と輝く笑顔でアドバイスをくれた。食堂の可愛い看板娘は、ファンがついたりしていろいろ大変らしい。

素敵な友達のおかげで、ヤクは少し気が晴れた。




後でツツミにこの顛末を話すと、「つまり、ソウジの騒動に巻き込まれたということだな。まったく迷惑なやつだ」とご立腹だった。

ソウジによって人手不足になったおかげで薬師局長がここまで来てヤクを勧誘し、だがソウジの薬袋のおかげで彼らは穏便に退散したのだ。

確かに、ソウジの騒動とも言えるのかもしれない。


しかし今回の件で、なんとなくヤクにとって王都はよく分からない場所だという印象になった。

いつか旅に出ても、王都に行くのはやめようと思う。


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