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薬師の日常  作者: 鳥飼泰
本編
7/12

7. 神獣がやって来た

よく晴れた日の午後。

ヤクがジンたちの家の庭でお茶を飲んでいると、まるまる太った三毛猫がやって来た。

胴体が樽のようで手足が短く、だが尻尾はとても長い。その立派な胴体は、むちむちとよく詰まっていて弾力がありそうだ。しかし、猫らしいしなやかな動きは難しそうに思える。

森に猫がいるのは珍しいなと見ていると、なんと話しかけてきた。


「そこな娘よ、ここにツツミはおるか?」

「……ツツミのお友達?」

「そうじゃ」


三毛猫は鷹揚に頷く。

喋る兎であるツツミの友達なら、喋っても不思議ではないのかもしれない。

ヤクは、膝の上で寝ている白いふわふわを揺すった。


「ツツミ、起きて。お友達が来てくれたみたいだよ」

「なんじゃ、そこにおったのか」

「…………チリか?」

「そうじゃ。久しいの」


やはりツツミの友達らしい三毛猫を、ヤクはもてなすことにした。


「ツツミのお友達なら、お茶でもどう?」

「うむうむ。もらおうか」


三毛猫は満足そうに頷く。

ヤクが、膝の上でまだ眠そうにしているツツミを隣に移設し、新しくお茶を淹れようかと立ち上がったところで、師匠とジンが帰って来た。


「戻ったぞ!」

「ただいま」

「シショー、ジン、おかえりなさい」


ちょうど良いので二人の分も用意しようと、ヤクはそのまま台所へ向かう。

その後ろでは、「ツツミの友人?」という声に「いや、友ではないが」というツツミの返答が聞こえた。




簡単に名乗り合いを終えてみんなでお茶を飲んでいたところで、なぜここに来たのかとやや迷惑そうにツツミが尋ねると、チリが答えた。

二百年ほど眠っていたら随分と世の中が変わっていたので、様子見がてら知人に会いに来たのだと。


「二百年?」

「我ら神獣にとっては、ひと眠りじゃが」

「神獣?」

「え、チリは神獣なの?」

「いかにも」


目をぱちくりとさせているヤクとジンに、チリは尊大に頷いた。

神獣だと言われると、そんな仕草もなんだか神々しいような気がしてくる。


「じゃあ、チリ様?」

「そやつはチリで十分だ。わたしのことも呼び捨てだろうが」


お茶を用意して戻った時にヤクの膝に再び乗せられたツツミが、すかさず物申してくる。


「え、まさかツツミも神獣なの?」

「なんだ、知らなかったのか?」

「……俺も知らなかったな」

「ははは、そうか、言ってなかったかもな」


ツツミも神獣だったらしい。

ジンも知らなかったようだが、師匠は承知していたようだ。


この世界では、力を持つ生き物が長い時間を生きて神格化すると、神獣になる。

もともとが力のある生き物なので、神格化すると天災級の存在である。

その生き物が人間にとって不都合な存在とされると、神獣になる前に討伐対象となることもある。神獣になってしまえば、人間には到底手が出せないレベルの存在となるからだ。


師匠たちが滅ぼしたフジエナは、まさに神獣になる前に討伐対象となった例だ。


(そういえば、フジエナ討伐の話をしていた時、ソウジさんが、偽物が本物に勝てるわけがないとか言ってたけど、それってツツミのことだったんだ……)


ということは、ソウジもツツミが神獣であることを知っていたのだろう。


なるほど、ツツミが喋るのは不思議な神獣パワーなのかと、ヤクは納得した。

その膝の上で、ツツミが話を進める。


「じゃあ、もう会ったからいいな。早く帰れ」

「なんじゃ、つれないの。しばらく世話になるぞ」

「勝手に決めるな、馬鹿者」


そこでチリはジンの師匠へ向いた。


「お主がツツミの憑いた人間であろう?わたしはなかなか戦闘には長けておるぞ。久しぶりに起きたから体が鈍っていかん。少々運動に付き合わぬか?」

「おお、いいな!」

「師匠、今日はもう遅いですから、明日にしましょう」


ジンたちが修行を終えて戻って来たのだから、そろそろ夕方になろうかという頃合いだった。


「そうだな。チリ、明日の朝にしよう」

「うむ、構わぬぞ」

「待て、だから勝手に話を進めるな」


ツツミは頑張って抵抗していたが、多勢に無勢で敗北した。

暗い目をした白いふわふわを、ヤクはよしよしと撫でて慰めてやった。




翌日。

ヤクがジンたちの家を訪れると、庭が半壊していた。

あちこちの地面がえぐれてきれいに生えそろっていた下草が剥ぎ取られ、武骨な茶色がでこぼことむき出しになっている。昨日まではさわさわと葉擦れの音を立てていた木々も、焦げたり根元から折れて倒れていたりと、天変地異の後のようだ。


「うわ、どうしたのこれ?」

「あいつらは、手加減というものを知らないのだ……」



昨日の約束通り、朝から師匠とチリが手合わせしたようで、それはそれは派手なことになったそうだ。


チリはあの短い手足でありながら、とてもすばしっこいらしい。それは純粋な筋肉ではなく、不思議な神獣パワーで身体強化をしているからなのだとか。

その見た目にそぐわない素早い身のこなしに、師匠は大興奮。そして人間ながら神獣の速さについてくる師匠にチリも大いに盛り上がり、何度も雷を落としてはしゃいでいたらしい。チリは雷を操るのが得意なのだそうだ。


その結果の、この庭の有様だ。

神獣が天災級とされるのも、もっともなことだった。


ジンも最初は大人しく二人の手合わせを見学していたが、我慢できなくなって途中から参戦したのだとか。この惨状の一端を担っているので、少しばつが悪そうにしている。

そもそもの原因のチリは、久々の運動にとても満足そうだ。


「ツツミよ、お前の憑いた人間はなかなか骨があるな。わたしの速さにもついてきておったぞ」

「まあ、あいつもおかしな身体能力を持っているからな」

「お前も交ざれば良かろうに」

「馬鹿者。お前たちのような脳筋と一緒にするな。わたしはここで昼寝を楽しむ」

「あの弟子の方も悪くない。もう少し成長して好戦的になるなら、もっと良いのだが」

「やめてくれ……」


どうやらチリは好戦的な性格らしい。すっかり師匠と意気投合している。

ツツミは、それを横目で見て呆れたような顔をしている。この白いふわふわは、惰眠を貪る方が好きなようだ。




「あれ、……庭が元に戻ってる」

「うむ。ツツミがうるさいので、戻しておいたぞ」


みんなでわいわい話していたら、いつの間にか庭がきれいに元通りになっていた。

よく分からないが、チリが神獣パワーでなんとかしたらしい。

神獣ってすごいんだなと、ヤクは思った。




その後、ひと汗かいたからと、師匠とジンは近くの川へ水浴びに行った。

水浴びを嫌がったチリも、ジンが抱えて連れて行った。


それを見送り、やれやれとツツミが息を吐いた。

ツツミはチリのことを友人ではないと言うが、チリの方は友人だと思っているようで、言動に遠慮がない。

チリのことを嫌ってはいないようだが、どうにも振り回され気味だ。

昨日からの一連の出来事に既に疲れ気味であるのが、ヤクはちょっと不憫になり、お疲れ様と労りの気持ちをこめてツツミの頭を撫でてやった。

そうすると自らヤクの膝の上に上がってきて丸くなったので、それなりに癒しを求めているようだ。

そのまま短い昼寝に入った白いふわふわを、ヤクは丁寧に撫でておいた。




戻って来たチリは、どうもご機嫌ななめだった。

あまり濡れるのが好きではないようで、師匠とジンに力づくで洗われたことに不満を示している。神獣パワーで体は乾いているが、どうにも気になるのか、さっきから必死に毛づくろいをしている。


「お前、よくチリを洗えたな」

「ははは、猫が水を嫌がるのは分かっていたからな。俺が押さえつけてジンに洗わせたんだ」


神獣であっても、師匠は猫扱いだ。

ツツミがちょっと感心したように耳をぴくぴくさせた。


「チリ、よかったらブラシで毛並みを整えようか?」


あまりにチリが毛並みを気にするので、洗った責任を感じたのかジンがブラシを持って来た。

すると、世話を焼かれるのは好きなようで、チリはその申し出に嬉しそうに頷いた。


ジンは基本的に手先が器用だ。ツツミにも、よくブラッシングしてやっている。

今回は、殊更優しく三毛猫の毛並みを整えてやっていた。長い尻尾も、先の方まで丁寧に梳き流す。

それを見ていたヤクはちょっとうらやましくなって、膝の上の白いふわふわの尻尾をにぎにぎしてしまった。



その結果、チリはジンの毛づくろいを大変お気に召した。


「ジン、先ほどの運動で見るかぎりお前は素材としてはなかなか良いゆえに、これからも精進するのだぞ。わたしの満足がいくくらいに成長したら、いつか憑いてやってもよい。もちろんその際には、わたしの毛づくろいを疎かにするなよ」

「え、」

「…………本気か?」


呆れたようにツツミが呟いた。

ジンは三毛猫神獣から仮予約を受けてしまったことに、しばらく呆然としていた。




そうこうして、チリは数日ほどジンたちの家に滞在していたようだ。

どうにも我慢できなくなったらしいツツミがヤクの家に避難してきたりしつつ、チリは久しぶりの日々を自由に楽しんでいた。


ある日ジンたちの家をヤクが訪れた時には、もうチリは発った後だった。

今度は南の方へ行こうかなと言い、ふらりと旅立ってしまったのだとか。

また誰か神獣仲間に会いに行ったのかもしれないし、どこかで寝てしまうのかもしれない。

ツツミはただの知人だと言うが、それなりに仲が良さそうだったので、寝過ごさずにまた会いに来てくれたらいいなとヤクは思った。


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