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薬師の日常  作者: 鳥飼泰
本編
5/12

5. 街へ行こう

さわさわと揺れる森の木々を柔らかな朝陽が照らす。森の生物たちが活動を始めるころの、しゃっきりと清涼な空気が漂っている。


「今日は、街まで薬を売りに行きます!」

「ああ、俺は買い出しだな」


ヤクもジンも、人里から少し離れたところに住んでいるため、早朝の出発だ。


「街に着いてからは、どうする?私は薬を卸しにお店へ行くけど、その間にジンは自分の用事を済ませに行く?」

「……いや、一緒に行こう。ヤクもその街は初めてだろう?迷子になったら困るから」

「む。そう言われると、否定できないな……。じゃあ、一緒に行こうか」

「ああ」


今日の外出は、薬を売る以外にも目的があった。

ヤクが新しく友達になった女性が、街の食堂で働いているのだ。


「うん、この前、森で迷子になった時にね、あの子が怪我してるところに出会って。手当てする代わりに道を教えてもらったの」

「また迷子になってたのか……」


笑ってごまかしたヤクに、ジンは半目になり、さっとヤクの手を取った。

どうやら迷子の心配が大きくなってしまったらしい。

さすがに、こうして隣を歩いているのに迷子になったりはしないのだが、手を繋ぐのはヤクとしても吝かでないので、その措置を粛々と受け入れることにした。




ざわざわとした人の騒めき。活動が活発な午前中らしい勢いのある空気。行き交う人々。

普段の暮らしには縁遠い騒めきに、ヤクは思わず街の入り口で足を止めそうになる。

にぎやかな雰囲気は嫌いではないが、ゆったりとした森での暮らしにはない大勢の人間の気配に、一瞬だけ圧倒されたのだ。

その様子に気付いたものか、ジンが繋いでいた手にきゅっと力を込めてきた。

その温もりに我に返ったヤクは、自分は一人ではなかったことを思い出して小さく息を吐いた。


すっかり安心し、まずはジンの用事から済ませようということになった。




向かった先は金物屋だ。


「何が欲しいの?」

「ピレン粉があればと思って」


ジンの腰にはいつも、故郷の武器が下がっている。その手入れは自分でしているらしく、その際に錆止めとして使うのがピレン粉なのだとか。

本来は専用の道具があるのだがこの国では一般的なものではないので、ジンはピレン粉を使って手作りしているようだ。

ピレン粉自体は、金物屋でよく扱われている。



無事に金物屋でピレン粉を見つけて会計を済ませたところで、店の主人がジンの服装と腰に下げている剣に目を留めた。


「へー、珍しい。あんたは東の方の人だね。その腰の物は初めて見たよ」

「ああ、俺の国の人たちは、あまり外に出ないからな」



すっかり見慣れてしまって忘れていたが、ジンのような東の国の人はあまり外国にやって来ないのだった。

そういえば、ジンがどうして師匠の下で修業をしているのかヤクは知らない。


「ジンは、どうしてこの国に来たの?」

「俺の故郷で旅をしていたソウジに連れて来られたんだ。そこで師匠と出会った」

「え、ソウジさんが連れて来たんだ!?」

「ああ、ツツミが居るとはいえ師匠はひとりで暮らしていたから、世話をする弟子を探していると言っていた」

「なるほど、シショーのためだったんだね……」




次に訪れたのは、薬屋だ。

ヤクは、求められれば直接販売もするが、基本的には店に卸してその後は任せてしまう。

販路を拡大するよりも、薬の研究を進める方が好きなのだ。


今日の店に薬を卸すのは初めてなので、一般的なものを多めに持って来ている。


「普通の薬草も持って来たけど、珍しいやつもあるよ」

「へえ、うちはけっこう変わった薬も試してみるお客さんが多いけど、何を持って来たんだい?」

「今日の目玉商品は、これ!髪がさらつやストレートになるマドレーヌ!」

「ほうほう、見た目は普通のマドレーヌだね」

「被験者で実験済みだから効果は保証するよ。味も良かったって言ってもらったし。持続時間は一日だけだから、ちょっと気分を変えたい時におすすめ」


店主がマドレーヌを手に取ろうとしたところで、驚いたように声を上げた。


「お前さん、その腰に下げている薬袋は!」

「ああ、これは知り合いにもらったものだから、売り物じゃないの」

「これを一体どこで!?……この暗く黄昏た色は間違いない。こりゃあ、夕闇の薬師のものじゃないか!」


聞きなれない名前に、ヤクとジンは顔を見合わせた。

その様子を見た店主は、心得たとばかりに無知な客へ説明を始めた。


「夕闇の薬師は、その名の通りに夕闇色の髪を持つ、当代一の薬師と呼び声の高い人物だよ。その知識は神の領域に踏み込んでいるとも言われている。彼に関する逸話はいくつもあるけど、最も有名なのは、とある国でのフジエナ討伐さ。豊富な知識を持つ夕闇の薬師は、討伐に向かった闘士に様々な知恵を授けてその戦いを側で手助けしたのだとか」


ヤクとジンは再び顔を見合わせた。先日聞いた話とは随分と違うものになっている。

ツツミの説明によれば、ソウジが棲み処で採取を行ったことでフジエナが荒ぶってしまい、偶然居合わせたジンの師匠たちが仕方なく討伐したということだった。ツツミにとっては助けられたどころかいい迷惑で、そもそもソウジは採取に夢中で戦闘に参加してもいないと言っていたはずだ。


「まあ、噂は独り歩きするしな……」

「そうだね」


どうやら夕闇の薬師に憧れているらしい薬屋の店主の夢を壊さないよう、真実は告げないでおこうと、ヤクとジンは頷き合った。


それから、やや美化されたソウジに関する語りをあれこれ聞かされて少しげんなりした。だが、夕闇の薬師の知り合いならばと、店主はヤクが持って来た薬は全て買い取ってくれたので、ほくほく顔で店を出た。


「なんか、ソウジさんって有名みたいだね」

「そうだな」


知り合いの意外な一面を知ってしまった二人だった。




それぞれの店で用事が済めば、後はヤクの友達に会いに行くだけだ。

そこで挨拶がてら昼食をとってから帰ろうということになっている。


目的の食堂は、街に馴染んだ佇まいの可愛らしい建物だった。

入り口のドアをくぐった途端、すぐに声がかかった。


「ヤク!」

「ラビー!」


目を見張って嬉しそうに笑っているのは、ヤクの新しい友達だ。

ヤクとその隣のジンを見たラビーは素早く向かって来て、ヤクに耳打ちをする。


「うわっ、なんか男前な人連れてる!」

「えへ、かっこいいでしょ!」


そしてさっとジンと向き合い、にこやかに笑った。

明るい店内できらきらと輝く茶色の髪をハーフアップにしたラビーは、看板娘にふさわしくとても可愛い。お客の相手に慣れているためか、笑顔も魅力的だ。


「ラビーよ。ヤクには怪我をしているところを助けてもらったの」

「ジンだ。話は聞いている。怪我はその後、大丈夫なのか?」

「ええ、ヤクの薬のおかげで完治したわ。感謝をこめて、今日は私のおごりだから、なんでも好きなものを注文してね!」


ラビーの好意に甘えて、二人はおすすめのメニューだというソーセージの鉄板プレートをいただくことにした。

このプレートには、メインのぷりっとしたソーセージがどかんと乗せられた横に、甘辛いソースのかかったご飯を盛ったところで、さらにたっぷりのチーズをかけて鉄板の熱でとろりとさせるという魅惑の一品だ。チーズの下からは、添えられた大ぶりの野菜の赤や黄色が見え隠れする。この店の名物なのだそうだ。



「ふわっ、いい匂い!」


運ばれてきた鉄板の上では、熱せられたチーズがくつくつとヤクを誘う。

はふはふしながら夢中で食べていたら、とろりと糸を引いたチーズが唇の端についてしまい、慌てて拭おうとしたところで苦笑したジンが指で拭ってくれた。子供のようで少し恥ずかしかったが、ヤクは笑ってごまかしておいた。



美味しい昼食をいただいた後も、食休みにお茶と、ヤクにはお菓子もサービスしてもらった。

こちらもありがたくいただく。

時折、ラビーも接客ついでにお喋りにまざってくるのも楽しい。


「やっぱりプロが作ったお菓子は違うわー」


自分で作るのも好きだが、たまにこうしてお店で職人が作っているものを食べると、やはりその美味しさに感動してしまう。

ヤクはこの感動を分かち合おうと、お茶だけ飲んでいたジンにも一口押し込む。


「…………うん、美味いな」


急に押し込まれてびっくりしてしまったのか、少し目元を染めてジンは優しく笑ってくれた。



楽しく美味しい時間を十分に堪能した後、挨拶をしてそろそろ帰ろうかと席を立ったヤクたちに、察したラビーが近寄って来た。


「もう帰るの?また来てね!」

「うん。とっても美味しかったよ。ありがとう」

「ヤクもさ、森の中なんかに住んでないで、こっちに越してくればいいのに。そしたら美味しいものも毎日食べられるわ。それにひとりで寂しいでしょ?住むところなら、あたしがお世話してあげるからさ!」


無邪気なラビーの言葉に、隣の気配がぴくりとするのが分かったので、ヤクはすかさずジンの手をぎゅっと握る。ジンがこちらを見たような気がした。


「まあ私は今の家が気に入ってるから、こうしてたまに街に来るくらいでいいよ」

「そう?残念ー。気が変わったらいつでも言ってね!」




街を出て、森への道を並んで歩く。

大勢の人の気配が遠のき、風に揺られる木々のざわざわとした葉擦れの音を感じられるようになって、なんとなく安堵の息を吐いた。



「ヤクは、ラビーがとても好きなんだな」

「うん。大好き。私とは全然違う子だもんね」

「……あの子みたいに、街で暮らしたいのか?」


ジンの声の暗さに、ヤクは隣を歩くその顔を見上げた。

まだ夕暮れというには早い時間だが、その日差しに朝のような爽やかさはない。午後らしいどこか気怠い明るさが、ジンの深い紺色の髪を照らしている。


(そういえば、この前ソウジさんと話したな…………)



先日、ソウジは旅の途中で採取した様々な薬草や薬の材料の話を聞かせてくれた。

ヤクは生まれ育ったこの国から出たことがないので、それらの話に胸を弾ませていたところ、ソウジが言ったのだ。


「いつか時機がきたら、旅に出て自分で見に行ったらいいかもな」

「わー、それもいいですねぇ」

「ただ、その時はジンも連れて行ってやれよ?」

「ついて来てくれるかなあ」

「来るだろ。むしろ置いて行けば泣いて追いかけてくるぞ。ジンは東の国の出だからな。あの国の民は、一度執着を持つとしつこいぞー」

「へへ、私もかなりしつこいから、お相子ですね」

「そうか」



そこまで思い返して、ヤクはつい口角を上げた。

ソウジが言うようにジンの執着がしつこいくらい自分に向いているなら、いつか旅に出たいという欲求と、ジンと共にありたいという欲求の、どちらも諦めなくて良いのだ。

それはとても幸いだった。


それに、ジンの師匠とツツミは、フジエナ討伐前はもともと旅をしていたらしい。師匠の求婚問題さえ解決すれば、二人も一緒に行けるかもしれない。

そうなれば、さらに楽しそうだ。



ひとりでにやにやするヤクを怪訝そうに見やるジンに、にっこり微笑んで告げる。


「人と一緒に居るのも好きだけど、やっぱり薬草に囲まれていたいな。私の好奇心は、人よりも薬草に向きがちみたい。それに、ジンたちの家からも遠くなっちゃうしね!」

「そうなのか……」


ジンは小さく息を吐いたが、まだ不自然な強張りがあるようだ。無用な不安は今のうちに払拭しておこうと、ヤクは続ける。


「あのね、いつか旅に出てみたいと思うんだ。その時は、ジンも一緒に行こう?」

「…………連れて行ってくれるんだな」

「うん。道に迷ったら鳥使いの私に任せてね」

「そうだな。頼もしいな」


ヤクが差し出した手を、柔らかく笑ったジンが握り、二人は歩き出した。


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