表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薬師の日常  作者: 鳥飼泰
本編
3/12

3. 動物ビスケット

ヤクは薬師として、日々研鑽を重ねている。

その中で、少し変わった薬を作り出すこともある。それらは意外に評判が良かったりもするし、いつも楽しくあれこれ混ぜている。


加えて、ヤクはお菓子が好きだ。食べるのも、作るのも。

お菓子作りは、厳密に手順と分量が決まっているところが、ちょっと調薬に似ていると思っている。

だから、お菓子作りでもあれこれ試してみたくなるのは当然である。




「シショー、新作のお菓子を食べてもらえませんか?」

「おお、いいぞ!」


ヤクが新しいお菓子を作ると、まずジンの師匠に試食してもらうことになっている。ジンの師匠はすごく丈夫だし、本人も快く食べてくれるからだ。それにどんな効果であっても怒ったりしないという器の大きさもある。


「ヤク、今日はどういうものなんだ?」


隣に立っていたジンが、ちょっと警戒気味に聞いてくる。

以前はジンにも食べてもらっていたが、髪が爆発したり、涙が止まらなくなったりした辺りで、もう食べないと言われてしまった。ジンも結構丈夫なのにと、ヤクは残念に思っている。


「今日のはいいやつだよ。瞬発力が上がる感じのチョコ」

「あいつの瞬発力が上がっても、もともとがおかしいから分からないのではないか?」


ツツミの言葉に、そういえばジンの師匠は達人だったと思い出す。しかし、何かしらの効果は出るかもしれない。

躊躇なくチョコを口に放り込んだのを確認して、どうですかとヤクは本人に聞いてみた。


「……うん。うまいな!……む、なんだか体が軽いような気がするぞ?」


その場で軽く跳ねながら言う師匠はご機嫌だ。


「よし、ジン!少し体を動かしてみようか。俺が追いかけるから、お前は逃げろよ。追いつかれたら、午後は特訓だ!」

「えっ、ちょ、師匠それひどい!」


突然の師匠からの宣言を受け、ジンは脱兎のごとく走り出した。文句は言っても逆らわない素直な弟子に、はははと笑いながら追いかける師匠はとても楽しそうだった。


「うーん、効果のほどはよく分からなかったなあ」



だが、後でヤクがもう一度聞いてみたところ、やはりいつもよりも体が軽いように思えたとのことだった。

ジンからも、いつもよりさらに動きが機敏になっていて地獄を見たと言われた。もちろん午後は問答無用で特訓に移行したらしく、疲労困憊といった様子で不憫になったので、頭を撫でて労っておいた。

とりあえず、今回は成功したと考えて良いだろうか。




ヤクが作るお菓子は人間用のものに限らない。動物用のビスケットというものもある。

ヤクが住んでいる場所もジンたちが住んでいる場所も、どちらも人里からは離れていて、動物たちがそこかしこにいるからだ。

動物用のビスケットは、濃い味付けをしない素朴なもので、ヤクのこだわりにより実は人間も食べられるように作ってある。


動物用と言えば、ツツミのおやつも、本当は人間と同じものを食べるのは良くないのではないかとも思うのだが、以前そう尋ねてみたら強く反対された。


「わたしは何を食べても大丈夫だ。お前たちだけ美味しいものを楽しむのはズルイぞ!」


どうやらツツミは食事の楽しみを譲れないらしい。美味しいものは幸せをもたらすのだと理解しているヤクは、その主張を無下にできない。

ジンの師匠に確認しても、今まで師匠と同じ食事内容で激辛料理なども平気で食べていたというから、まあ大丈夫なのだろうと結論付けている。




「あれ、今日も来てるね」


ジンたちの突発追いかけっこが始まった後、ヤクは庭でそのままツツミとお茶をすることにした。濃い目のお茶をいれたので、素朴な美味しさの動物ビスケットをお茶請けにしている。


しばらくして、庭の木に止まった白い鳥がこちらを見ているのに気付いた。

先日迷子になった時に、ツツミへの伝言を頼んだ鳥だった。あれ以降、この白い鳥をよく見かける。


「もしかして、懐いてくれたのかな?」

「というより、お前のビスケット目当てだろうな」


ヤクの膝に座ったツツミが、台に手をかけて鼻をひくひくさせながら言う。

あまりの愛らしさに思わず頭を撫でると、今度は耳をぴくぴくさせている。


「ふーん。……鳥さん、このビスケットが欲しくて来たの?」


すると、鳥は一声鳴くと、器用にくちばしを使って近くの枝に実っていた果実を摘み、ヤク前に降りて来た。そして献上品のごとく、さっと差し出してくる。


「え、すごい。もしかして、動物使いになれるのでは、私?」


すぐにお礼としてビスケットを鳥に与える。ヤクが奮発して二枚渡すと、嬉しそうに鳴いて飛んで行った。

それを見て呆れて何か言おうとしたツツミの口にも、すかさずビスケットを突っ込んでおいた。




見上げれば、木々の間から木漏れ日が降り注いでいる。生い茂った森の中とはいえ、まだ陽は高いために健やかな明るさがある。

しかし見通しが良いとは言えず、辺りに見えるのは樹齢を重ねた立派な針葉樹や、垂れ下がったもわもわした蔓、足下でつんつんと葉を広げる草ばかり。



「おい、ここはどこだ…………」

「うーん、どこだろう…………」


ヤクの腕に抱かれて眠りこけていたツツミは、目を覚ましたところで周りが見慣れない風景になっていることに気付くと、目を眇めて暗い声で聞いてきた。

しかしヤクにもここがどこなのか分からないので、聞かれても答えようがない。



二人でお茶をした後、ツツミが昼寝に入って暇になったヤクが、食後の運動とばかりに寝ているツツミを抱き上げて散歩に繰り出したまでは問題なかったはずだ。

途中で、水色の綺麗な羽をきらきらさせて飛んでいた蝶を追いかけて、道を逸れてしまったのがマズかったのかもしれない。

その蝶も、茂みの中にワンポイントな感じで配置された青い実に気を取られているうちにどこかへ行ってしまった。


「迷っちゃったみたいだねー」

「ヤク…………」


ツツミの呆れたような声を聞きながら、どうしようかなと考えていたところで、がさっと近くの茂みが揺れた。おやっと振り返ると、ヤクの背丈よりも大きな熊がのっそりと現れた。


「………………」

「………………」


思わず凝視してしまったが、熊もこちらをじっと見ている。

よく観察すると、どうやら熊はヤクというより、ヤクの腕の中にいるツツミを見ているようだ。

そこでヤクは、はっとした。白いふわふわであるツツミは、明らかに熊の捕食対象である。


(ツツミを守らなければ!)


そう決心したヤクは、絶対に守ってみせると意気込み、熊から隠すようにツツミをぎゅっと抱きしめた。

やめろ、馬鹿者!とツツミが暴れるが、危険なので大人しくするべしとばかりに押さえ込む。

さらにもがもが暴れるせいで、ツツミの足がヤクの腰に下げていた袋に当たった。


(あ、動物ビスケットの残りを持って来ていたんだった…………)


少しは気が逸らせるかと、ヤクはビスケットを一枚取り出した。

すると、明らかに熊の視線がビスケットへ向いた。

ビスケットを持った手をゆっくり振ってみると、熊の頭も一緒に振られている。


「………………」


予想以上のビスケットへの執着ぶりに、ヤクはそこで先ほどの鳥の一件を思い出した。そういえば自分は、動物使いの才能を開花させたのだった。


「……よし。このビスケットをあげるから、人の通る道まで案内してくれないかな?」


しかし熊から思ったような反応はなく、依然としてこちらをじっと見ているだけだった。


「あれ……、この動物はお願いきいてくれないやつ?」


ヤクはそっと後退った。

すると、熊はじりっと前進する。

熊はビスケットから目を離さない。ツツミから気が逸れたのは良かったが、ビスケットを持っているヤクごとぱくりといただかれてはたまらない。


「………………」


目の前の美味しそうな獲物に焦れてきたのか、そこで熊が姿勢を低くした。


(これはまさか、ハンティングのポーズ……!?)


これはまずいと、ヤクが青ざめたところで。


「むがっ!」


ツツミがヤクの腕から抜け出し、すかさず足でビスケットを蹴り上げた。

ビスケットは遥か彼方へ飛んでいき、熊はそれを追って一目散に駆けて行ってしまった。



「…………ふう」


ひとまず危機は脱したようだと、ツツミは安堵の息を吐いた。


「むむ、ビスケットに興味は持っていたみたいなのに、お願いはきいてくれなかった。なんで?」

「馬鹿者、野生の獰猛な動物と安易に対峙するな!」

「だって、ツツミが食べられそうだったし」

「わたしなら、どうとでもできるわ!」

「どう考えたって被捕食者じゃない。だめだよ、危ないよ!」

「お前が熊をあそこまで興奮させなければ、もっと穏便に交渉できたのだ!」

「えー」


一口でぱくりといかれそうな可愛い体で、何を言うのか。ここは動物使いであるヤクに任せておくべきところだ。

素直じゃないふわふわの兎に、まったくもうという気分のヤクだった。

ヤクが納得していない雰囲気が伝わったのか、ツツミはまだ何か言い募ろうとしていたが、口をふさぎつつ首元をわしわし撫でて黙らせておいた。




その後、虎に出会った時にも同じことをしてみたが、やはりビスケットを狙われただけでこちらの依頼をきいてくれることはなかった。


「だから、何故わたしが交渉する前にお前はビスケットを出してしまうのだ!?」

「だって、私はビスケットで動物使いになれるはずなんだよ!?」

「もういいから、さっさとその手に持っているビスケットを投げろ!」




次に出会ったのは、鳥だった。

すかさずヤクがビスケットを取り出してみると、やはり鳥の視線が釘付けになる。


「お前、諦めないな……」


呆れたように呟くツツミは無視して、ヤクはもはやお決まりとなった文句を口にした。


「鳥さん、人の通る道まで案内してくれたら、このビスケットをあげるよ?」


すると鳥は一声鳴き、少し先の枝まで飛んだ後、ついて来いと言うようにちらりとこちらを振り返って待っている。


「おお、これは案内してくれているのでは!」

「……そうだな。近くに道があるそうだ」



しばらく鳥について行き、ヤクとツツミは無事に人の通る道に戻ることができた。

ここからであれば、ジンたちの家に戻ることができるだろう。もともと、歩いて迷子になっただけなので、それほど遠くに来ていたはずもないのだ。


お礼を言ってビスケットを渡すと、鳥は嬉しそうにくわえて去って行った。



「うーん、どうも、鳥はお願いをきいてくれるみたい?」

「そのようだな」

「なんでだろう……」

「お前、そのビスケットに何か妙なものを入れたのではないか?」

「動物用だからあまり複雑なものは入れてないよ。粉と砂糖にバター……あ、レミットの種?」

「それだな」


鳥は種が好物だ。加えて、レミットの種は、畑で育てていても鳥から守るのが大変なくらいに、鳥たちの大好物だ。

レミットの種は薬によく使われる材料なので、ヤクも自宅の畑でたくさん育てている。火を入れると芳ばしい香りがして食用にも向くので、ビスケットにも入れてみたのだった。


「ということは、私は鳥使いを究めていけばいいのね!でももしかしたら、他の動物にも有効かもしれないし……」

「馬鹿者、これ以上妙なことはするな!」




ジンたちの家に戻るまでに、何度か出会った動物たちにビスケットの効果を試してみたが、やはり鳥にしか効果はないようだった。しかし、どの動物もビスケットを好むのは変わらないようで、うっかり見せてしまうと追いかけられる羽目になったりして、ヤクはツツミにくどくどと説教された。


これ以降、ヤクは動物ビスケットを常に持ち歩くことにしている。

そしてこっそり、鳥使いを自称するようになったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ