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薬師の日常  作者: 鳥飼泰
番外編
12/12

剣士の気がかり

「ジン、早朝に咲くサガの花を採取しに行きたいのだけど、ついて来てくれる?」

「ああ、かまわない」


早朝に出かけるということで、ジンは前日からヤクの家に泊まることにした。



「サガの花はね、早朝にしか咲かないの。だから朝の成分をたっぷり含んでいて、薬にすると清涼感を得られるようになる。これを混ぜると、酔い覚ましの薬になるの。服用感はすっきり爽やかで、人気商品なんだよ」

「へえ」

「それにね、サガの花はいろんな色があって、」


楽しそうにサガの花について解説してくれるヤクを見ながら、ジンは少し前であれば、こうはならなかったなと思い出した。



以前は、近場であれば早朝でも深夜でも、ヤクはひとりで出かけていた。薬の材料となるものには時間帯を限定するものがあるため、薬師がそういった時間に採取へ向かうことは珍しくはない。だがそのことを知ったジンが、そういう場合は必ず自分に同行を頼むようにと説得した。


ヤクは採取で山を散策するから足腰が丈夫で歩き回るのが苦にならないのだが、気を惹かれるものがあると、そちらへふらふらと誘われてしまう。そうすると思いがけず遠くへ行ってしまったりしていて、迷子になる。

今はビスケットで鳥に案内させることができるようになっているが、それでも心配なものは心配だった。森には、獰猛な生き物がいるし、足下が不安定な場所も多いのだ。



そうして思い出していると、ジンはなんとなくヤクの手を取っていた。


「ん?ジン、どうかした?」

「いや、…………明日、サガの花を見に行くのが楽しみだな」

「うん。きっとジンも気に入ると思うよ」


楽しそうに笑うヤクに、ジンも笑みを返す。

ジンは、大事なものは目の届く場所にいてほしいと思っているので、こうしてヤクが自分を頼るようになったことが嬉しかった。




それから二人は、夕食のために釣りをしようと近くの川へ向かった。

ヤクの家は、前住人がずいぶん丁寧に環境を整えたようで、住むのに必要なものがそろっている。

家の横に井戸があるのはもちろんだし、こうして近くに川もある。流れは静かで河原も広いので、多少の雨で増水してもヤクの家に被害は出ないだろうという最適なものだ。



そのような穏やかな川で、なぜかヤクは問題を起こす。



「ジン、私も釣りたい!」

「だめだ。ヤクはそこで見ていろ」


川岸から追いやられたヤクが、ジンに不満を訴えている。


先ほどまで、ヤクもジンと一緒に釣糸を垂れていたのだが、そこで何故かこの穏やかな川に似つかわしくない荒々しい大物をかけてしまい、危うく水中に引きずり込まれそうになったのだ。

間一髪で釣竿を手放し、ジンに抱き込まれて事なきを得たが、その出来事はジンに大きな不安を与えた。

その結果、ジンはヤクを川岸に近づけさせないことにしたのだった。



ジンが譲らないと分かると、ヤクは川岸に近づかない範囲で何か収穫できるものはないかと探しだしたようだ。


「むう」

「……ヤク、あまり遠くへ行くなよ」


辺りをうろうろし始めたヤクをちらりと見て、ジンは早々に釣りを切り上げて帰るべきだなと悟った。

絶対に、ヤクはそのまま採取に夢中でどこかへ行って迷子になるからだ。


ヤクがよく迷子になるのは、いろいろなものに興味を惹かれてそのまま突っ込んで行くからだとジンは思っている。

あの薬草がいいなと思って採取すれば、その横にある花を愛で、さらにそこから飛び立つ青い蝶について行き、上から垂れ下がる実のなった枝を見上げる。そこではたと気づけば、もうそこは見知らぬ場所なのだ。

面白いものを見つけて目を輝かせるヤクは可愛いが、ひとりでふらふらどこかへ行くのはやめてほしい。


早く帰ると決めたジンは、あっという間に必要なだけ魚を釣り上げた。

素早く撤収を促すとヤクは不満そうだったが、釣果を見せれば嬉しそうにはしゃいで機嫌を直してくれたので、ジンはほっとした。



釣った魚は、夕食にヤクが焼いてくれた。


「……ヤク、その紫の実は?」

「ん?ソウジさんが分けてくれた香辛料。ちょっと不思議な風味で美味しいよ」


ソウジにもらったという時点であまり使ってほしくはなかったが、ヤクが楽しそうにしているので、ジンは黙って紫に染まった魚を食べた。不思議な味がした。


ジンは、釣った何匹かは保存用に処理をして、師匠たちへの土産に持って帰ろうと包んでおいた。ヤクの家に泊まったときは、こうして何か土産を用意しておかないと、ツツミがうるさいのだ。




入浴を終えたところで、ジンがふと窓の外に目を向けると、空がきれいに晴れ渡っているのが見えた。

今の季節は空がきれいに晴れるのだ。ヤクの家は、森の中の開けた場所にあるため、空を見るのに遮るものはない。

外で空を見上げれば、きっときれいな星が楽しめるだろう。


「………………」


湯冷めするだろうかという心配もあったが、毛布を持って出ればいいかとジンは結論付け、ヤクを誘って少しだけ外に出てみることにした。



「ヤク、こっちへ」


やはり外はいくらか冷え込んでいたので、毛布を羽織ってヤクを呼び、腕の中に招き入れる。

毛布を羽織ったジンがヤクを抱き込めば、ヤクが冷えることはないだろう。

素直に寄りかかってくる温もりに、ジンもほっとする。



「きれいだね」

「ああ」

「ツツミがいたら、あの星にどんな意味があるのかとか、説明してくれただろうね」

「そうだな。あいつはそういったことには詳しいからな」

「でも、こうやって見ているだけでも楽しいね」

「ああ、俺もそう思う」


腕の中のヤクが、回したジンの腕に手を置いたので、応えるようにその腕に力を込めた。

お互いの温度を交わし合いながら、二人で空を見上げているのは、冷たい空気の中であっても穏やかで寛いだ時間だった。




夜も更けて、さあ寝ようかと二人でベッドに入った。

ヤクを後ろから抱き寄せて、ジンは深く息を吐く。

はじめのころは少し緊張していたヤクも、何度も一緒に眠るうちに慣れたようで、今ではすぐに寝入ってしまう。

こうして一緒に眠ることは、ジンが以前からやってみたいと思っていたことだ。きっとよく眠れるだろうと思ったとおり、自分の大事な存在を感じられるこの睡眠スタイルは、とても安眠できる。




だが、ヤクの家に泊まると、その安眠を妨げられることがある。




「ヤク、外で何か鳴いているが……」


せっかく寝入ったばかりのところを悪いとは思ったが、どうにも無視できない音が聞こえてくるので、ヤクにそっと声をかける。

するとヤクは、完全には目を覚まさず、眠りの浅いあたりを漂いながら返事をした。


「ん……、うん、畑のコロロ草。収穫期になると鳴く…………」

「あの、コロロ、コロロという音は、草が鳴いているのか」

「そう……。明日は収穫しないと…………」

「そうか…………」


先ほどから断続的に響く不思議な音は、外の畑に植えられている草が夜鳴きしているものらしい。

コロロ、コロロと、土鈴のような軽くこもった響きだ。不快な音ではないが、なにしろずっと続くので、ジンは気になって仕方なかった。


薬師であるヤクの畑は、以前からジンにとってはよく分からないものが多々植えてあったが、ソウジと出会ってからその不可思議さが格段に増したような気がしている。

ソウジはジンの師匠の友人であるし、ヤクは随分と懐いているが、どうも良くない影響を与えているような気がしてならない。

おそらくこのコロロ草というのも、ソウジからもらった種なのではないかとジンはにらんでいる。



「……っ、ヤク?」


一度ソウジに忠告するべきかとジンが考えを巡らせていると、ヤクがいつの間にかこちらに体を向け、さらに毛布の中へずりずりと沈んでいっている。

どうやら、コロロ草の音を遮断するために静かな場所を求めてもぐりこもうとしているようだ。


「んー……」

「寝ぼけてるな……ほら、これでいいだろう?」


ジンは下へと下がっていくヤクを引っ張り上げ、肩まで毛布をかけた後、先ほどよりもしっかりとヤクを抱き込んだ。

こうして密着していれば、毛布に潜り込まなくとも音はいくらか遠くなるだろう。


「ん、温かいものに包まれた…………ふふ」


ヤクは満足そうに呟いた後、再び穏やかな寝息をたて始めた。

それを確認して、ジンも目を閉じる。


ヤクがこうして腕の中にあることが、ジンはとても幸せだった。

ソウジと出会ったヤクが旅に興味を示しているような素振りをしたときは、ジンは置いて行かれるのだろうかと不安になったりもした。

だが、ヤクは言った。ジンも一緒に連れて行くと。

それを聞いて、ヤクの中にはジンと離れるという選択肢がないことが分かって嬉しかった。

ヤクがどこへ行こうともついて行くつもりだが、ただ、お願いだからソウジのようになるのだけはやめてほしいとは思う。


(……いや、今日はもう考えるのはよそう)



いまだコロロ草の夜鳴きは続いているが、先ほどよりも近づいた温もりに集中して、ジンは眠りの世界へと旅立った。


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