主人公A組視点第三話 ・・・・・・・(返事が無いまるで屍のようだ)by日高 葵
6月8日 午後6時 愛知県 警察署
日高葵が報告書を提出し雨の中帰宅した後、結城つかさは自身の報告書を作成していた。
内容は今回の食い逃げ犯の能力の詳細や次に類似した能力者が犯罪を犯した際の対処の提案等の他、警察協力者、日高葵の対処に対する問題の有無。日高葵への指導方法や方向性の確認など多岐に亘る
「葵ちゃん、能力は強力なんだけど、とりあえず倒してから話を聞こうとする癖が有るのよねぇ」
相方の悪癖にぼやきを挟みつつも、指導方向について考える。
日高葵は戦闘能力者として日本で両手で数えられる程の実力者だ。光の輪を作り出し、その光の輪を通った物の速さを2倍にする能力は市街地戦ならば三位以内に入るほど 攻撃力 守備力 応用力に秀でている。
先ほどの日本で10位以内という評価も日高葵自身の判断能力の甘さや手加減を苦手とする欠点を含めた評価であることから相当高い実力と評価されている。
手加減を苦手とする欠点も、裏返せばどんな相手でも全力を出せるという事である為、実際に現場で能力者を相手にする側からしてみればとてもありがたい存在として愛知県警内で早くも名が広がっている。
そんな日高葵だが、逃走中の犯人に対して、とりあえずボーラを使用を求める許可願いや能力を使ってさっさと倒そうとするなど好戦的な面が見える。
その悪癖は正義感の高さから来る物じゃなく、日高葵の過去と能力への自信から来る物である為、指導する側からすると苦言を入れずにいるわけにはいかない。
「とりあえず状況判断能力の向上と、相手と話し合って解決する事を指導しないとかしら」
この方向で指導を始めて速くも一月が経った、しかし逃走する能力者や警察と一戦交えようなどという思い上がりが多く話し合いから入る事が難しいのが現状だ。
警察協力者は警察では対処しきれない能力者に対して一般の戦闘能力者に協力をしてもらい対処する為に2年ほど前に作られた制度である。本来ならば事件発生後に招集がかけられ、周囲で対処できる者が招集に応じるというのが一般的だ。
しかし日高葵に関しては警察能力者としての研修期間に発生した招集全てに応じたという実績と能力の強力さを加味した結果、日高葵担当として結城つかさがつけられた経緯がある。
つかさ自身は可愛い妹分ができたと喜んでいるが、同僚からは普通はそうならねぇよという視線が向けられている。
「結城君、ちょっとこっち来て」
つかさは行き詰った報告書から息抜きの為に紅茶を容れようとした所、自身の上司から名前を呼ばれた。
「なんですか?大田原係長」
返事をして上司のデスクへ向かう、上司である大田原 元春は妙に話しづらそうな表情で話を始める。
この上司が話しづらそうな表情ををしている場合、大抵とある人物についてだ
「結城君、実は葵ちゃんの件なんだけど」
まぁそうだろうなと内心思いながら、上司の話を伺う
「上の方が警察協力者の募集に葵ちゃん使えないかって言ってきててさ。でも、葵ちゃんってネットで以外に顔と名前知られてるでしょ。どう対応したものかって思ってねぇ」
要するに、お偉方は葵を警察の広告塔にしようという事のようだ。しかし、つかさからしてみれば無理だろうとしか思えない。
「係長、4年前の一件忘れましたか、あの件を理由に葵ちゃんを警察の試験に不合格としたの上層部ですよね」
6年前、当時、小学生だった葵は一つの嘘をついた。その嘘は全国的に広まりその結果、1つの家庭を破壊したのである。4年前自身の嘘の重大さに気付いた葵は週刊誌に嘘であったと通報した
当時、世間では葵を非難する者で溢れ。ネットでは様々な情報が流出して拡散された、自宅に凸する者や嫌がらせ等多くの被害を受けたが、葵は甘んじて受け入れ頭を下げ続けた。
今の葵の正義感は当時傷つけた相手に対する贖罪の意識から来る物だ。葵はもともと警察になろうとしていたが、警察に入るには試験の際に行う際に身辺調査を行い犯罪の前歴が無いか証明しなければならない。
強力な能力者であり事件にも積極的にかかわろうとする葵は現場の支持を得て合格になる予定であった、しかし上層部は合格させたら何を言われるか分かった物じゃないと身辺調査を理由に不合格にしたのである。
「それなのに広告塔として採用って難しいですよ」
「それな」
上司のイラっとする相槌を聞き流し自身のデスクに戻る。途中、紅茶を入れ報告書に向きなおす
ちゃらちゃちゃちゃ-んちゃ ちゃらちゃちゃんちゃんちゃー
陽気なリズムを流しスマホが震える。この音楽が流れるという事は葵からの電話だろう。
「もしもし葵ちゃん、何か『名古屋市中区の商店街で強盗事件です。まだ見えてないですが恐らく連続強盗事件と思います。』解りました、至急応援を向かわせます。葵ちゃんは自身の安全を確保しながら状況の報告を続けてください」
なぜあの子はただ帰るだけで事件に遭遇するのかと思いながら急いで上司の元へ向かう
「どしたの結城君、もしかしてさっきの「葵ちゃんからの連絡です、名古屋市中区の商店街で強盗事件発生との報告です、至急応援要請をお願いします。」わかった、応援の要請は僕が出す、結城君はすぐに日高葵のもとへ急行して」
「了解しました」
急いで警察署をでたつかさは自身の愛車を運転して現場に向かう、現場は車で15分程の距離だが今は遠く感じた。そして後交差点を一つ越えたら現場というところでスマホが震える。
急ぎ路肩に車を止め、電話に出る。表示された名前は先ほどまで会話をしていた上司だった
「もしもし、『結城君落ち着いて聞いてほしい、葵ちゃんなんだけど』葵ちゃんがどうしました!?」
思わず大きな声が出る、この話し方は悪いことがあった時の話し方だ
『現場の向かった捜査官からの報告で現場の前の道で意識を失った葵ちゃんが見つかったとの事だよ』
スマホを持つ手が震える、どうか間違いの報告であると言ってほしいそんな思いが胸を満たす
『今、最寄りの病院に緊急搬送されたから、現場じゃなくてそっちに向かってほしい』
しかし現実は残酷で、どんな嘘よりも酷い現実が襲い掛かる。
「葵ちゃんが?嘘ですよね、あの子がそんな簡単に負けるはずが無い!!」
電話を切らずに叫んでしまうほどの衝撃だった、電話の相手は叫ぶ声も黙って受け止めそして
『真実だよ、返事は?』と返すのみだった。
それに対してつかさは
「了、解しまし、た」とだけ返し、来た道を戻り病院に向かった。