主人公A組視点第二話 話はちゃんと聞けって言われませんでしたか? by結城 つかさ
6月8日 午後7時 名古屋市商店街
雨の中、日高葵は歩いていた。商店街のアーチは雨を防ぎながら、バラバラと音を立てている。
傘をつき、「帰ってから何をしようか」とつぶやきながら今日のつかさの言葉を考える。
『事件があった4件の宝飾店の近くの防犯カメラに移ってた人物が1人だけ居たの』
4件の事件全て場所はバラバラで宝飾店という共通点はあっても店が対象としている年齢層性別は共通していない。
それなのに、1人だけ写っていたならば関係者であることは間違いない。
「4件の事件って全部雨の日に起きてた。今日も起きる可能性はあるよね。」
名古屋市だけでもかなりの数の宝飾店があるがもしかしたら、未然に防げるかもしれない。そう思いSNSでこの近くにある宝飾店の情報を探る。
ふと気になる情報が目に入った、1.5km程先にある宝飾店のシャッターに何者かが落書きを行ったというものだ。落書きとはいえ放置しておけば犯罪の温床になるだろう
何もないかもしれないが、どうせ家に帰ってもゲームでもしてるだけだ。ならば、行ってみようと足を向けた。
「何らかの能力で防犯カメラを壊してるんだよね」
もしもの為に、カバンからマンガ本を数冊取り出しズボンとおなかの間に挟み固定する。気休めだが拳銃ぐらいならば軽傷で済むだろう。
カバンの中身を漁りながら宝飾店に向かって歩いていると突如ガシャーンというガラスの割れる音が響く、方角としては目指す宝飾店のある方だ
しかし、宝飾店まではまだ200m近くある、それなのに聞こえたという事は強い力で窓ガラスを割ったと推測した。
「嘘、ホントに起きるなんて」
走りながらスマホを取り出しつかさに架ける、なかなか出ないつかさに苛立ちながらも冷静にボーラをを取り出し戦闘態勢を整える。
「もしもし葵ちゃん、何か「名古屋市中区の商店街で強盗事件です。まだ見えてないですが恐らく連続強盗事件と思います。」解りました、至急応援を向かわせます。葵ちゃんは自身の安全を確保しながら状況の報告を続けてください」
この状況で自身の安全を求めるつかさに苛立ちながらも葵は走る、雨の中強盗に襲われている宝飾店まで40秒程度で到着した。
店内の様子を窺うと店内には7人の人影が見えた。そのうち4人は雨合羽を着て顔や体形などの詳細は分からないがその内1人は子供と思えるぐらい小柄だった。残りの3人は店員だろうか両手を上げて部屋の隅で雨合羽を来た犯人の1人に大型のナイフを突きつけられていた
残りの3人の強盗のうち一番小柄の人影は道具も使わずに強化ガラスと思われる展示ケースを破壊しており残りの2人が商品を袋に詰めていた
葵は扉の陰に隠れながら犯人一味が飛び出す時を待った。今店内に飛び込めば犯人は捕まえられるだろうが店員にも危険が及ぶ恐れがある。
「能力者は恐らくケースを壊してる1人と他にカメラを破壊した能力者が1人。最悪全員能力者の可能性があるの?マジで」
冷静に相手の戦力分析を行いながら、つかさの言った通りにするべきだったかと考える。しかし、応援を待っていたらこのまま逃走を許してしまうだろう。
人質に対して銃ではなくナイフを突きつけている事から銃は持ってない。銃があれば銃を突きつけながらも近くの商品の回収ができるからだ。
ならばボーラを足に絡ませれば少なくとも1人はすぐに無力化できる。
「回収おわりました♪撤収しまーす♪」
回収している犯人が号令をかけた。恐らくリーダーなのだろう。声からしてどうやら女なのだろうがその号令はふざけているようにも聞こえた。その号令と共に犯人一味が走って外に出る。
それに対し葵は
「この瞬間を待っていたんだぁ!」
昔よくやっていたゲームのセリフを叫びながらボーラを投擲する。リーダーであろう女の足元を狙ったボーラは空中で紐を広げ、女の足に絡みついた。
店から飛び出し走っていた女は足が絡まり前のめりに転んだ。ボーラは上手く絡まったのだろう、解こうと足を動かす女の意思に反してより複雑に絡まっていく。
「これ外れないんですけど!あーもう、ナイフ持ってきてください!」
女は埒があかないと、男の持っているナイフでボーラの解体を試みる。
それを確認する間もなく葵は能力を使いリングを使って加速した。狙うは最も小柄な人影、能力者である事は間違いないが50㎏近い物体が時速150kmオーバーで飛んで来たら只じゃすまないだろう。
そのように高を括っていると
「邪魔しないで」
葵は気が付いたら受け止められていた。目の前には受け止めた犯人だろうか。黄色い雨合羽が見える。
「な、ちょっと」嘘でしょとと叫ぶ前に葵は腹に強い衝撃を受け吹きとばされる、そのままの勢いで向かいのシャッターに背中から激しくぶつけられる
背中から強い衝撃を受けたせいかうまく呼吸ができない。立ち上がろうとしたところ目の前に先ほど自身を吹き飛ばした相手が現れ腕を振りかぶった。
そのまま振りかぶった腕は横なぎに葵に向かって砲弾のごとく襲い掛かった
とっさにカバンで受け止めたもののあまりの力に今度は別の方向に吹き飛ばされる。道に倒れて動けない葵の前に小柄な雨合羽が迫ってきた。今度こそ殺される、覚悟した葵の耳に遠くからパトカーのサイレンが聞こえ始めた
つかさの呼んだ応援が到着したようだ。
「はいはい撤収、撤収 合流されたら厄介ですしここは逃げるが勝ちですよー」
ナイフでボーラの紐を切ったのだろうリーダーの女が葵の隣を走り抜ける。それに続いて残りの雨合羽2人が走り抜けた。
葵は目の前の雨合羽の中身を観察しようと朦朧とした意識で前を向く、そして驚愕する。雨合羽の中身は自身よりはるかに幼い少女であった。
少女は葵が動けないことを確認すると、葵の隣を勢いよく走り抜けた。
葵は自身の危機が去った事を理解して薄らと残った意識を手放した。