依頼
村を襲った“豚獣人”騒動から一週間がたった。バカ騒ぎが落ち着いた翌日には“五つ星〈グルメ〉”が結成され、ギルドというか支部長から活動費名目で札束を受け取ったり借用書を押し付けたりある意味“豚獣人”以上の被害を村にもたらした俺達、正味ナナの仕業だが止められなかった俺も同罪だろう。
パーティーはギルドから方針に合ったクエストを斡旋してもらえたり、仲介料が安くなるなど利点が多く、財宝や大型モンスター討伐など大多数の共通目的を持つ冒険者が加入している。
ちなみにメンバーはナナ、シロエ、メロ、モニカ、そして俺だ。俺以外は並、以上の冒険者、パーティーを組んでいて不思議ない。ナナとシロエは“食”を求めるあまりソリが合わず、メロとモニカは冒険者だが村在住でアイテム作成と喫茶店経営、こちらが本職であるのでパーティーを組んでおらず、俺は言わずもがなだ。そんな俺達だが“食”にこだわりがある一点で、ナナのゴリ押しによりスピード結成した。
「書類出せばすぐよすぐ」借用書の束に隠しつつ出された申請書、ナナの元ご主人様であり、剣術、魔法の師匠らしい、ナナ曰く“筋肉ダルマ”なる人物の後押しで俺たちは渋々、支部長に許可を頂いけた。まさに天職“家政婦”が生きた形となった、まさか本当に家政婦をやっていたとは驚きだが。
支部長には「爆弾を抱えてるみたいだ」と恨み言を言われた。俺に言われても困る、ナナに言ってほしいところだが、「わしのへそくりが~」ケツの毛までむしられましたと言わんばかりの涙声、ナナにむしられる姿を見ていただけに同情を禁じえず何も言えなかった。彼女には逆らわないのが吉、短い付き合いだが敵に回すと恐ろしいタイプ間違いなしだ。
まあ、俺はパートタイム冒険者なので最悪自宅に引きこもれば…、無理だ、乗り込んでくるな。でもこっちの生活にも配慮してもらってるので今も必修科目講義を受けてる訳で…、
「であるからして…、このXがYで…、」
他学科合同の必修科目、数学の講義、正直何言ってるか全く理解できん、出席さえ取っておけば単位をもらえる講義ではないので代返を頼むわけにもいかず、…頼む相手もいないが。
夕飯何食うかなぁ~、あくびを噛み殺し頬杖をする真。昼食後の3コマ目の講義、ボリューム満点から揚げ定食を食した彼には、暖房の効く100人収容可能の大講義室に響く講師の放つ呪文の如き説教は眠気を誘わせ意識をうつらうつらと舟をこがせる。だから気づかない、しかし聞いていたから何かできる訳ではないが。
「もう2週間くらい連絡つかなくない?」
「あの子どこ行ったのよ、蒸発?」
「ごはん君と一緒の講義これしかないのにね」
真の後方列の席、長机を陣取り三人の他学科女子がスマホ片手に会話している。講義は基本自由席、決められた席のない講義では何となく同じ席についてしまうもので、彼女たちと真は毎回前後に座っていた。今は眠気が勝っているが、暇があろうがなかろうが料理の考察を続けている真は周りを気にしない、つまりは気づいていないのだ、この会話も周囲の顔ぶれも。なおも続く会話。
「ごはん君の鍋の落書き見て、私も鍋食べる~って言ってたけど、どこまで行ったことやら?」
「まあ、あれじゃね?単位おとさん程度に戻ってくるっしょ、たぶん」
「だね、たぶん」
周囲の話し声にかき消える彼女たちの微妙に事件性をにおわせる会話。講師は苛立たしげにボードに数式をつづっていく、三流大学といっても余りにひどい授業風景だった。
実は真、彼女たちだけでなく割と“ごはん君”の呼称は学内では普及していた。変人認識される彼だが、その“食”への執着が他人に影響を与えてしまう程には。
2週間ほど前ナナ達と出会うきっかけになったあの鍋、構想期間は一週間、もちろん講義中も欠かさず試行錯誤していた。その一コマ、ノートに走り書きされたイラストに注釈文、後方から覗き見たこの場にいない彼女にはどう映ったのだろう。ただ、鍋を食べたいと思わせるだけの感情を起こさせはしたようだ。それで済めばよかったのだが…。
伝説級アイテム “永遠箱庭”つまるところ、“簡易テント”これによりナナ達がこの世界に“食”をトリガーに次元を繫げてしまった。それは、ナナ達の世界の“勇者召喚”対象世界に、それも同じく“食”に反応して召喚されてしまうはた迷惑な召喚システムの完成の合図でもあった。哀れ彼女は異世界に召喚されてしまったのかもしれない…。
「うう、あ~」がっくっと首が揺れ目覚める真。間近で展開されていたワールドワイドな蒸発話など知るはずもなく、大あくびをし、機嫌を害していた講師の的にされ注意されるのだった。
翌日の昼時、村内でのパーティー拠点となった喫茶モニカは常連連中とベアー、食欲をそそるさまざまな芳香が満たす。ナナとシロエはテーブル席を一つ占拠し〈“五つ星〈グルメ〉”拠点~食に関するクエストはこちらへ~〉意外と手先が器用なナナお手製の旗を立てて我が物顔でふんぞり返っていた。テーブルには日替わりのミックスフライ定食が並べられていた。フライは川魚、鶏肉、アスパラ、どれも村内で取れる素材で鮮度抜群、すでにお代わり済みなのか皿が積み重ねられている。
モニカの“バフめし”だがこの場にいないメロの協力により抑制に成功し、デメリットなしに万人が味わえる料理となっていた。
ちなみにメロは自宅でアイテム作成している、あの某アトリエのような釜に素材をぶち込み怪しげな煙を上げていることだろう。深く追求してはいけない、あれは錬金術でなく“道具生成合成”による技。メロの工房に招かれたとき“メロのア○リエ”微妙にありそうでないワードが真の脳裏をよぎったことは秘密だ。
話がそれたが“バフめし”の件だ。“解毒薬フレーバー”薬品の効能そのまま味をつける技能にたけたメロだから出来た一品、無味の物からソースのような香辛料が効いた物まで、何でもござれ。用途もさまざま、仕上げのソースに、調理用油まで。だがしかし、印象深い“バフめし”の効能により害がないとわかっていても新たに客が増えたりはしなかった、図太いナナとシロエを除いては。
「お代りまだなの真!」
「ですです!」
「お前ら食いすぎだよ!金あんだろうな!」
「仲間から金取る気!信じらんないわね!」
信じられんのはお前らだ!口から出そうな言葉を飲み込む真。金銭面のやり取りは仲間内でもシビア、二人には関係ないっぽいが、呆れつつ積み重ねられた皿の後始末をする。彼はモニカの手伝いをしていた。
「モニカちゃ~ん、お冷おかわり~」
「はいよ!」
常連客からのオーダーに、厨房で腕を振るうモニカは目配せで行けと真に指図する。真は水差しを持ちテーブル席に向かう、今の彼は喫茶モニカ新人ウェイターだ。真は手伝いのつもりだがモニカは従業員扱いでこき使っている。しかし、バイトで雑な扱いを受ける真にとっては良環境だった。これで終われば日常のバイトと同じ、しかしここは異世界、予想外の出来事などごまんと起こるもので。
「マジックスライムが出ました!」
カランカラン、勢いよく開かれた扉から連絡役の冒険者が慌ただしく現われた。水を差しながら乱入者を眺める真はデジャヴを感じた。先週もなかったけ、こんな展開。この村、モンスターに襲撃され過ぎじゃね?
「それはギルドからの依頼ってこと“五つ星〈グルメ〉”に対しての」
「ええ!特に魔力量Eのお三方に!」
「承ったわ!さあ、仕事の時間よ!特にあんたよ、真!」
「なんで俺!」
不服そうな態度の真、周囲からの評価を気にしない為知らないがベアークイーンことクマ美の件に豚獣人、どちらも真の活躍が印象に残り、厄介なモンスターはあの人に任せれば、と村人から根拠のない信頼を得ており、耳ざとくこの情報を得ているナナは、真に活躍させてパーティーの知名度アップを狙う腹積もりなのだ。
「いいから行くわよ!」ナナの先導で店を出る“五つ星〈グルメ〉”一同、「店番は任せとけモニカちゃん」、割とあるのかモニカが不在でも客たちは気にした様子無くランチを楽しんでいるのだった。




