その後の話
「ってわけなのよ!聞いてるの真!」
星空と火花散らす木片の音、キャンプファイヤーが冒険者たちを照らす。ログハウスの明かりは少し遠い。討伐の現場、牧草地帯は姿を変え宴会現場に様変わり、牧草への延焼を気にせず盛り上がる冒険者たち、所詮は雑草、焼き畑ができて好都合だろうと酒が入り頭の悪い考えを持つ面々だった。風は凪いでいる、火事の心配はない、だから問題ない、根拠のない三段活用、乗り気でなかった者も雰囲気に呑まれ熱気に頭をやられていた。
討伐の成功は瞬く間に広がる、お祭り騒ぎだ。討伐に参加したもの、村の警護に当たったもの、周辺の索敵、入り込んできた下級モンスター討伐にあたったものに村民も、もちろん参加し村内では夜通し続くだろう。
この場には討伐に直接かかわった者にジューシーな香りに誘われた者が残っている。ナナとシロエ始動で始まった豚獣人の丸焼き、日が落ち始める頃にようやく頃合いに火が通り食欲を誘う芳香が漂いだす、2m越えの肉の塊、それが10を超える数あるのだ、勝利のご馳走にと村内に運んでもまだまだ数はある、皆で食しても余るほどだ。
現場にいなかった真に肉の塊にまつわストーリーを自慢げに語るナナ、しかし返答がない。
「ってあれ?いないじゃない?どこ行ったの真?」
さっきまで横で肉を味わっていた筈なのに姿を消した真、ご馳走を前に去る男ではないのでおかしな話だ、まだ1キロも食べていないだろうに。自身基準で姿を消した真を訝しむナナ、彼女の傍らには一頭分の骨が散らばっていた。
「んふあふほー」
同じく大量の骨を量産するシロエは口いっぱいに頬張っており何を言っているか分からない。メロは自宅でアイテム作成、周囲は酔っ払いのみで話ができそうなものはいなかった。
自慢げに語った独り語りは未成年なので酒は嗜まないナナを彼らと同様酔っ払いの奇行とかたづけるにたる言動にしていた。しかしナナは気にしなかった。そのうち戻ってくるでしょ、新たな肉に手を伸ばす。野性味あふれる肉質肉汁、そこに加わる香草の香り、焼き加減は抜群の丸焼き、いくらでも入る、肉は別腹なのだ。切り分けなどせず、豪快にかじりつき咀嚼、二頭目の丸焼きに取り掛かる。残念なことにナナにとって真の存在は肉以下なのだった。
真は二頭目を食し切る頃やってきた、デザートと共に。
「皆さん甘いものでもつまみません?酒の肴に案外合いますよ」
重ねられた巨大タッパー、中にはティラミスが詰められていた。20人前はありそうなそれをナナとシロエで一つ、他の面々に一つ渡し、
「口直しにどうぞ、おいしいですよ」
タッパーの上に置かれたスプーンを手に取り、ナナとシロエ用のティラミスに口をつける。「ん~、クリ~ミ~」などと宣ったので、「なに人のもん食ってんのよ!」「ですです!」とナナとシロエから殴られる真。そんな茶番を肴に酔っ払いたちは甘い香りの肴をつまむ。
「おー、こりゃーうめー」「兄ちゃん、あんたが作ったのか?スゲーうめーぞ」口々に上がる称賛。
「ええ、まあ」二人から殴られながら苦笑いで答える真、自身の料理が褒められてる割に嬉しそうでない様子。ナナは思う、可笑しな真、殴られながら笑顔になったらそっちの方が可笑しな人ではあるが。
しかし興味は彼が持ってきたこっち、テイラミスにある二人。茶番を早々に切り上げスイーツに手を伸ばす。
「「ん~、クリ~ミ~」」
真の言動りクリーミー、口内を覆っていた油を口当たりなめらかなほんのりチーズ風味にコーヒーの香り広がるクリームが洗い流す。ほのかな甘み、ビスケットの触感、肉汁を覆った後にも口内を楽しませてくれる一品、めちゃくちゃうまい、だが、しかし…。
「これ、本当にあんたが作ったの?」
確かにうまいが何かが違う、これはプロの料理だ、完成度が高すぎる。真の料理はなんていうか、おかあさんの料理なのだ、あったかく大雑把で、みんなで囲んで食べるとより美味しい、そんな料理。
だから思わず口に出た疑問、真は目を見開き、
「やっぱわかるよな!」
嬉しそうに肯定した。真は「これオフレコで」と周りの様子を窺いナナとシロエに話し出した。奇しくもナナ同様自慢げに。
「料理好きな仲間ができたんだ」
真はモニカの料理に対する熱意に姿勢を熱く語るのだった。
カランカラン、ドアベルが鳴る、お客さんのご来店だ。
「いらっしゃい、お祭り騒ぎで疲れたかい、飲み物ならすぐだせるよ」
「あったかいお茶おくれ」、わしもわしもと常連のおじいちゃん、おばあちゃん達が団体で席に着く。開店休業だと思ったてた店内、もう一仕事しますか、おそらく本日最後のお客様疲労もあるが真心こめて対応する。
「で、みんな何か食べる?もうお腹いっぱいじゃないのかい?」
湯気たてる湯呑をすする顔見知りの常連たち、休憩に立ち寄ったのかな。無料配布されていた豚獣人の丸焼き、匂いも味もとてもおいしかった。高齢な皆には油ものはこたえる、あまり食べては胃もたれしてしまう。
しかしああいう料理は大雑把に見えて繊細な物、意外に調理が難しいが見事な出来だった。きっと真の仲間の仕事だろう、なかなかの腕前、従業員に欲しいくらいだ。
のほほんと雑談する皆をながめ先ほどまで一緒にいた真を思い出す。いい意味でバカな男なのだろう、趣味に一直線で、同行の志とつるむ感じの異性にもてなそうな、でも真直ぐで無駄な行動力溢れる、そんなやつ。
「おかわりもらえるかの、ティラミスの、口の中が脂っこくてかなわん、モニカちゃんのデザートなど滅多に食えんからの」
不意に注文が入る、皆同じオーダーだった。想定外の事態に慌ててしまうあたい。
「っいや、あの、あれは真がうちの厨房で作ったやつで…」
「何年モニカちゃんの料理食べとると思っとるんじゃ、バレバレじゃよ」
真に手伝ってもらってあたいが作ったティラミス。“バフめし”の悪評があり、あたい作では口にしてもらえない、真はごねたが彼が作ったことにして配布してもらったが、常連連中は誤魔化せなかったようだ。
「わしらは何食べても大丈夫じゃ!老い先短い人生、ただ美味しいもんを食べたいだけ、だからモニカちゃん、儂らは死ぬまでこの店に通い続けるから最高の笑顔で、最高のご馳走を提供してくれれば思い残すことなどないレベルじゃぞ!」
「ノブさん口説いとんのか」「うっさいわい!」ヤジに言い返しガハハハと笑い声が店内に響く。
「…」
なんてことない、あたいの心情なんて、初対面の真にわかる程度、なら皆にはばれてて当然か。何考えてたんだろう、落ち込む必要なんてなかったんだ、あたいにはこんなに素敵なお客様がいるんだから。
「ほら!ノブさんがからかうんでモニカちゃん黙っちゃったでねえか!」
「いや、え!そんなつもりは、モニカちゃん、すまんのぅ、ジジイの戯言じゃよ!」
うつむいたあたいの顔は、
「言ったね!あんたら死ぬまであたいが面倒見てやるから長生きしなよ!」
満弁の笑顔が浮かんでいた。
「モニカちゃん、モニカちゃん」
「なあにハルさん」
ひと段落付き、ノブさん率いるおじいちゃん連中が帰ったあと、店に残る女性人、これからは女子会の時間じゃとハルさん率いるおばあちゃんたちがカウンター席に着いていた。
「食べに来たのがわたしらで悪かったね」
「ううん、嬉しかったよ、こんなにあたいの料理求められてるってわかったし」
「そうじゃない、彼に来てほしかったんじゃないの?“私を元気付けて”って」
「っな!ち、違うから、そんなんじゃないから!」
ガハハハ、品が無い笑い声に満ちる店内。女性はいくつになっても色恋話が好きなものである。
そんなつもりはなかったし、知るはずないと、師匠に最初に教えてもらったデザートを作ったのが裏目に出たと後悔するモニカ。
ティラミス、語源から転じて“私を元気付けて”という意味を持つデザート、本当に他意はない、ないんだから!
ほのかに赤い頬を隠し、彼女たちの女子会は続いていった。
「ひ~、なんじゃ!この請求額~」
乱痴気騒ぎの翌日、支部長は前日の後始末にデスクワークについていた。今見ているのは件の冒険者、小柄なビキニアーマー姿が特徴的なナナが持ち込んだという借用書etc、めくってもめっくても、品目は食品のみ、どれだけの量、金額を食うというのだろう。昨晩の費用の半額は彼女たちが使ったと、冗談でなく言えそうだ。わしのへそくりやったんだからっそから金出してくれ、真殿舵取りマジでお願い!
震える手に握られたティーカップから紅茶がこぼれぬよう息を落ちつける。お茶を嗜みつつ、流れ作業の了承印を押すわけにはいかない、というか明らかに私物までギルド費用で落とそうとしている匂ぷんぷんである。
どうしたもんかなこれ、現実逃避したくて瞼の上から目をもむ。
ブ―、ブー、ポケットで“住民票”が鳴る、誰かがかけてきたようだ。わしの“識別番号”を知っているものは限られる、その上“通信魔法”を使えるものともなるとおそらくあやつか。
億劫に思いつつも支部長は住民票を取り出し会話を始めた。
「わしだ、今忙しいんじゃが、何の用じゃ?」
「辺境の、わざわざこっちから連絡してやったのにそりゃないぜ」
相手は騎士連盟都市〈ギガイアス〉のギルド支部長、言わずもがな中央ギルド支部長だ。先日の火蜥蜴殲滅作戦の折、連絡を取り助力を求めた相手でもある。口調道理の益荒男、筋肉質の大男だ、年をとっても変わらない剣術槍術etc、その上魔法の腕もかなりのもの、現役時代はパーティーを組んどったがそりが合わんかった。まあ、わしのひがみじゃろうがの。
腹を探るため当たり障りのない受け答えをしていると、
「で、だ、うちのナナとシロエがそっちで死んだとか言ってたよな」
「すまん、それは手違だったと伝えたはずじゃが」
やはりその件か、だがなんじゃ?わしに何を求める?
「あ~、いやいや、勘違いするなよ、別にあんたをどうこうしようってんじゃねえよ、助言しとこうと思ってよ、昔のよしみってやつだよ」
「…」
「あの二人な、うちじゃあ〈暴食魔人〉っていわれててな、“食”に関係ありなクエスト達成率100%の化けもんだぜ、それが“火蜥蜴”ごときで死ぬかよ」
それからも話は続く、彼女たちの功績、それを上回る実害、まさに今わしが被害に合っとるから奴の愚痴は我が身を切る思いじゃった。
「二人がそっちに行ったのは結局“食”を求めてなんだわ」
散々溜まっていたであろう鬱憤を吐き出すと声のトーンが変わる、おそらく本題だろう。
「そっちは、俺達“人間”と“異種族”との国境だろ、あいつら向こうの食材とか料理に興味津々みたいで、お前んとこ拠点にすると思う、だから、まあ、なんてーかよ、面倒見てやってくれると助かるわ、面倒かけられたけど、思い入れも強くてよー」
と思ったが,好好爺の如く柔らかな声色、ツンデレオジサン風にきっと頬を赤くして話していることだろう。二つ名付の実力ある冒険者は大歓迎だ、奴にも借りまではいかないが口約束で機嫌取りができるなら安いものだ。軽い気持ちで肯定すると。
「まじか!助かるわー!お前んとこで引き受けてくれるか、じゃあよろしく頼む、パーティー申請!こっちでも登録しとくぜ!」
ブツ、ツー、ツー、言いたいことだけまくし立て魔法が切られた。“パーティー申請”不穏な単語、嫌な予感しかしない、わしは借用書の束を捲る、その最後の一枚にそれはあった。
パーティー申請書、うちで発行しとる正式書類に、ナナ、シロエ、真、メロ、モニカ、備考欄にペットのクマ美と申請に必要な5人の人員とおまけがそろえてあった。ざっと目を通すが不備もない。
「これを通せということか!ぬかった!」
自分からうちの村、パーティー拠点にどう?と誘っていたが状況が変わる。パーティーになるとギルドから活動支援金と称して金銭面で援助する決まりがある、つまりわしのギルドから金遣いの荒い彼らへの支援、明らかにこれ金狙いではないか。さらにこのメンツで組まれると困る、メロもモニカも村では替えの利かない人材、万一連れ出されでもしたら冗談ではなく村存続の危機に陥る。
しかしだ、ナナとシロエ、あの二人は中央ギルド、というより奴と繋がりがありそうだ、わしが拒んで奴がもう手をまわしてパーティーは結成せれるじゃろう、なら、毒を食らえば皿まで。考えることを止めた支部長は了承印を押した。
この瞬間、ある一つのパーティーが結成された。その名は“五つ星〈グルメ〉”、“食”にこだわりを感じる名の異色のパーティーだった。
投稿間隔が空きましたが取りあえず当初予定していたパーティー結成までの話をエタらず書き上げられました。この書き出しだとこの話終わりっぽいですけどまだまだ続きます。てか、実際彼ら何もしてませんよね、食べばっかで。
他にも書きたい別の話とかあるので投稿頻度は落ちると思いますが良かったら今後もお付き合いいただけたら幸いです。
ではでは~。




