決着はあっさりと
「いい、手筈通りにお願いね」
ほこり臭い農具小屋、のぞき穴から外の様子を窺い機会を待つ冒険者面々。近接戦闘部隊の指揮はナナが、遠距離攻撃部隊はメロが指揮を振う。部隊と言ってもどちらも十名に満たない少数精鋭であるが。
作戦は単純だ、奴らがエサに食いついたらメロ率いる部隊の遠距離攻撃、デバフと重なりかなりの弱体が望める、そこでトドメの突撃攻撃、作戦というほどの戦略はないが、“豚獣人”相手なら絡め手より効果的な作戦である、なにより短時間で用意した策としては上出来だ。
広がる水田には青々とした稲、緑一色の畑、雑草生い茂る牧草地帯と人力では手が回らない広大さだ。魔農具なくしては切り盛りできまい。
主戦場は牧草地帯、例のおにぎりは配置済み、奴らの鼻の良さなら嗅ぎ付け真っ先に食らいに来るだろう。討伐はもちろんのこと農作物への被害も極力抑える、それができてクエストの成功を意味する。
ナナの言に反応する面々、緊張した面持ちだ。しかし心地よい空気感である。適度の緊張、そこから生まれる活気、コンディションは最高潮に近い。演説にと足りぬ身長を補うため台にした木箱から彼らを眺めるナナ、実力ではなく心意面でミスキャストな配役、そよ者がでしゃばるなとか身内の争いを懸念したけど杞憂に終わった。
最善の準備ができても人員が慢心していては意味がない。その点この村の冒険者の練度は高い、流石、辺境在住冒険者、場数も腕前もかなりのものねっと、飛び降りの軽い着地音、そして舞う土ほこり、外の様子を窺う面々の背に向け、
ぐ~、ナナの腹の虫がなる。場の空気を読まないのは本人譲り、抜かれた昼食を催促してなのか無言の空間に響き渡った。ナナは表情そのままお腹を擦り、
「それにしてもお腹減ったわ、“豚獣人”なら丸焼きがいいわね、切り目入れて香草や塩を刷り込んで時間をかけて中まで火を通す、ジューシーな肉汁、噛み応え抜群なこんがり肉、ん~、考えただけでよだれが出そう」
まったく他の面々からの反応を気にするそぶりもないナナ。折角述べた前口上も台無しである、見るに見かね、もう一人の指揮を振る身としてメロが助け舟を出す。
「いや~、皆さん!“豚獣人”を狩ったら宴会ですね!お金は支部長持ちで飲めや歌えや!“豚獣人”の丸焼きとか肴にピッタリですよね!あたしもお腹減ったな~」
「ななちゃん任せて!大味な調理なら手伝えるよ!皆さん!特上豚獣人をなるべくきれいに仕留めて食べましょう!」
「お、おー?」引きつった顔のメロのフォローは、ナナ同様食欲に支配されたシロエの強引な言葉で上書された。物静かな全身鎧で身を固める長身女性、嫌でも目に付く、その上、指揮官ナナの相棒であり上級冒険者だ、発言力もある、取りあえず同意する面々。
「今夜は宴よ!必ず勝って奴らを私たちの糧にしてやりましょ!」
何事もなかった体で自身を見つめる冒険者をかき分け外の様子を窺うナナ、隣に並び「こないね~」話は終わりだとばかりに仕事を始めだすシロエ。
この人たち団体行動できないんだろうな、そんな二人にメロがいだいた感想であった。
「さあさあ皆さん!本番はこれからですよ!宴会するには材料を狩らないと始まりませんよ、それも飛び切りのメインを張れる食材を!」
パンパン手を叩き二人に乗っかるメロ、自身の思いと、士気と指揮は別物だ。メロの言、つまり二人の指揮官からの言葉を受け冒険者たちは各々準備を始める、武器のチェック、外を眺める、呼吸を落ちつけ精神統一、しかし張りつめた空気感は存在しない。
がちがちに緊張するよりある程度力が抜けているくらいが良いパフォーマンスを発揮できるものだ。支部長の講釈で仰々しく聞こえたが、村にモンスターが乗り込んでくるからと言っても死闘を繰り広げる訳ではない、下準備込みで対等以上に戦える相手だ、油断慢心が無ければその後の宴会を考えるくらいで丁度よい。
実際あたしもモンスター避けのトーテムポール、討伐後になるはやで作れって支部長から言われてるし、だったらこの作戦に参加させずに作らせろっての!人使い荒すぎ、あのジジイ!
思わず舌打ちしたくなるが、場が場なので内にとどめるメロ、空腹も手伝いイライラが増す、二人に当てられたみたいだが昼食のお預けはなかなかにこたえる、注文済みで提供待ちだったからなおさらだ、早く仕留めて食事も雑事も早々に始めたいものだ。
「来たわよ!団体さんがおいでよ、え~と、20はいないわ、じゅう~よん匹ね、たぶん」
ナナの発言でその時が来たかと空気が変わる。
山の斜面を駆け下りる四足歩行の獣の群れ、各個体2m以上あるだろう。まるで巨大なイノシシの群れだ、その巨体で轢かれるだけでこの木造農具小屋程度なら全壊間違いなしだ。
二足歩行可能だが四足で全力で駆ける方が断然絵になる、いかにも“豚獣人”だ、彼らは地鳴りと土煙をあげ水田、畑に目もくれず、一直線におにぎり目がけて疾走する。
流石モニカの“バフめし”これが無ければこの作戦は成立しないキーアイテムだ。そしてあたしたちが口にしたお兄ちゃん…うん、もうお兄ちゃん呼びに統一でいいや、彼の“バフめし”による肉体強化、掛かりに個人差があったが士気に戦力に格段に補正がかかる、正直負ける気がしない。
“豚獣人”の集団を目の当たりにしても二人のバフによるバックアップの効果はその迫力を上回っていた。メロだけではない、この場の誰もが、村が襲撃される状況に呑まれているものはいなかった。
「ふふ、奴らご馳走にご対面よ、いい、皆!効果が出るまでは待機!分かってるわね!」
はやるものはいないなと釘を刺すナナ、“豚獣人”達は仲良くおにぎりを分け合って食べている。
どっかり腰を下ろし青空のもと緑豊かなロケーションの中、蹄を器用に使いおにぎりを持ち口に運ぶ集団の食事風景、獣じみたワイルドな見た目に似つかず仲間思いな奴らだった、可愛く見えなくもないが、近場で見たら巨体、なので遠近法による勘違いだろう。
次第に“バフめし”の効果がかかり始める。予備動作無しで地に伏せ身じろぎ一つしなくなる“豚獣人”達。どんな効果か分からないが攻めるなら今だろう。この場にいる冒険者の総意だった、はずだ。
「弓部隊待機!魔法部隊はいつでも発射できる状態で待機!下手に攻撃すると肉質が落ちるわ!接近部隊!私に続きなさい、接近して状況確認して対処!作戦開始!」
「ちょ、ま!」メロの静止を聞かず突撃していくナナとシロエ、少し遅れて続く接近攻撃部隊、段取り全無視の突撃攻撃、遠距離攻撃部隊の存在とは?状態である。食欲に目がくらんでいるであろうがあんまりであった。
しかし、この強行策は吉と出た。“豚獣人”達は“睡眠状態”になっていた。何か攻撃を受ける又は時間経過で覚める状態異常、近距離から無防備な体への致命の一打を放つ条件が整っていた。遠距離からの手数ある小撃ではモニカのバフを無駄にしてしまうところであった。
つまるところ結論から話すと討伐は思いのほかあっさりと決着がついた。前準備に、待ち伏せ、仕掛けるまでの工程が本番であったといって過言はない。最も大所帯での討伐では、その後が本番であったりするものである。
言わずもがな宴の時間だ。




