表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/63

”バフめし”と”デバフめし”


 失礼な酔っ払いは周りを顧みない、クマ美のベアー達を連れて養クマ場に戻る発言も、お客をギルドに避難させる護衛役から生まれた人の流れもだ。以外にもしっかりした足どりであたいの横に並び勝手に料理を始める。店に残った狩人風の冒険者も「何か考えがあるはずです」とクイーンと契約した実績から止める気配一つない。若手は分かりやすい功績を上げた奴に憧れたりするけどその典型てんけいだね。酔っ払いの奇行と“バフめし”調理の邪魔になるからって止めてくれたらいいのにさ。


 不慣れなはずのあたいの厨房で手慣れた手さばきでフライパンを操る、認めたくはないがこの酔っ払い、料理しなれてるじゃない!なにさ!なんか文句でもあるわけ!当てつけみたいにしちゃってさ!



「嫌なら作らなければいい」この発言の真意は分からないが、戯言と切り捨てられない。態度で示したわけでも口にしたわけでもないあたいの気持ち言い当てられた、調理作業を見ててそう思ったてわけ?信じらんない!



「こんな感じでいいか」



 酔っ払いは、厚焼き玉子と肉厚のハムを焼き上げた。どちらも焼き目が付き美味しそうだ。それを米でサンドして握り固めている、あれではおにぎりにしては固すぎるしふっくら卵も潰れてしまう、手際だけでやっぱりただの酔っ払いなのかな?



「食ってみ、うまいから」



 4等分にカットした一口サイズのそれを、調理で両手塞がるあたいの口に押し付けてくる。口を閉ざし続ければその内、諦めるだろうが、なんか違う、否定するなり罵倒するなり文句をたれるのは食べてからだ。不機嫌に窺うあたいの目にはいい笑顔の酔っ払いが映りこむ。あの顔は覚えがある、美味しいって共感してほしい、喜んでほしいってそれしか考えてないバカな料理人の顔だ。バフが発現する前の料理を美味しいって笑って食べてもらえるだけで幸せだったあの頃の自分と重なる面影、本当、何なのこの酔っ払い!


 口に含んだおにぎりもどきは、悔しいが美味しかった。砕けやすい芯のある米をハムの油と卵からあふれ出る甘味ある汁気で包み、いい握り具合に仕上がっていた。米に塩気を持たせなかったがそれも卵とハムの味わいを楽しむにはむしろ適していた。っな!うまいだろ!ってしたり顔はむかつくけど。



「俺の“バフめし”うまいだろ!」



 その言葉を吐くまでは、認めてもいいかなって思いかけてしまった自分を恥じた。



「あ!すごい!真さんもバフかけられるんですね!体が軽い気がします!」



 あたい同様食ってみと味見していた冒険者が感嘆の叫びをあげる。掲げた“住民票ステータスプレート”には、身体強化〈微〉の表記、立派なバフがかかっていた、あたいのデバフとは違って。


 自身と同じ料理を介してバフをかける変わり種、だが決して交われない、片やプラスのバフで片やマイナスのバフ、どっちが食べたいかなんて聞かずともわかる。結局なに?自慢したかったの?見下したかったの?あたいの料理をバカにするな!


 …でも結局は現実を見ろってことかもね、料理じゃなくて道具を作れって、“デバフめし”は有用なアイテムだもの。湧き出る激情を抑え、仕事をこなすモニカ。二人はそれぞれのおにぎりを量産する、バフ・デバフおにぎり満載のバケットが二かご完成する。


 バゲットを抱え冒険者は二人にお礼を残し走り去る。静まり返る店内に残された二人。先に口を開いたのはモニカだった。



「あんたいったいなんなわけ!意味わかんないんだけど!ケンカ売ってんの!」


 胸ぐらをつかみ殴りかからん勢いだ。感情のコントロールができない、モニカは溜まっていた鬱憤うっぷんを吐き出していく。



「あたいだって美味しいって料理食べてもらいたい、でもデバフがかかるから無理な望みなのよ!それがなに!僕はバフかけられますよって!当てつけなの!」

「…」

「言い返したらどうなのよ!クイーンも手懐けバフめしも作れる俺ってかっこいいとか思ってんの!モブ顔のくせに!」



 酔いやすく冷めやすい体質が幸いしたのか頭は回っていた真、自身のおこないで彼女にヒステリーを起こさせてしまった事実に後悔はない、ただ伝えたかっただけだ、バフの有無に関わらず美味しいものは美味しいと、そしておそらくは気づいているが確信が持てていないであろうことに答えを出させるために。



「ごめん、悪気はなかった。君の料理はすごく美味しいって、バフとかデバフとか関係なく、それを伝えたかったんだ」

「こんな方法で!あたいを侮辱したかったの間違いじゃないの!」



 なおも収まらない怒気、締め上げる力も増す、モニカの料理にかける思いの強さが伝わる怒りだ。



「クマ美が食べてたケーキセット貰える?」

「は!ふざけてんの!あたいの態度でわかるよね!はいそうですかって出すと思ってんの!」

「あのケーキ、君の手作りだよね、だって形が整いすぎてるしサイズが人間向きでモンスター産とは思えなかった」


「…、よく見てるじゃない!確かに手作りよ、だから何だっての!あんたに出すかは別の話でしょ!」



 返答にわずかに間があいた、やはり俺の考えは見当違いではないだろう、頼むから外すなよ、俺。



「確かめてみない?デザートでデバフがかかるか、かからないか?」

「…、あんた何者?あたいの頭の中覗いてるわけ?」

「なわけない、料理好きなモブ顔男だよ」

「は!なにそれ、ふざけてんの?」



 怒りは影を潜めてはいないが半笑いなモニカは真を離す。「席について、出したげる」提供してもらえるようだ。俺の推察が間違ってなければいいが、自身の考えを振り返る真。



 前提として彼女の料理はデバフがかかる。山賊風の客に俺が体現している。メロから渡された“解毒薬”も、この対策用、間違いはないだろう。


 例外は高齢の先客たちとベアー達、後はクマ美だ。思い思いの料理を楽しむ村民たちには目をつぶる、正直わからないからだ。


 ベアー達とクマ美はデザートを食べていた、モンスターにも効果ありらしい“バフめし”をだ。こちらは何となくわかる、というかこれから俺が食って合ってるか確かめる。


 俺の“バフめし”ではデザートで、バフがかかったことがない、昨日ナナから聞いた、ごはんではかかるがデザートではかかったことがないと。俺の“バフめし”が駆け出しの未熟でかからないのでなければ彼女の“バフめし”もおそらくかからないはずだ。頼りないが根拠もある。


 この世界では“デザートモンスター”なる、いかれた料理?が、存在している。つまり、デザート=モンスタ―、この図式が成立して、料理でかかるバフ、“バフめし”に含まれないのでないだろうか。暴論だが、そうでないと困る、だって。



 思い出のパンケーキでかからないバフが、そのあと握ったおにぎりでかかるって納得できないんだよね!個人的に思い入れのありまくる料理、ここではデザートと呼ぶけど、それでかからないで短時間でサクッと作るおにぎりでかかる。これはもう、デザートというジャンルはバフがかからない料理なんだよ、俺の中では!


 胸の中の思いに仕舞い込んどきゃいいこの暴論、彼女がいなきゃ披露する機会もなかっただろう。クマ美に提供するケーキ、俺に提供する焼きおにぎり、快活な彼女の性格そのまま、作業も顔も笑ってた。でも、“豚獣人オーク”の件で焼くおにぎりは作業も顔も俺には曇って見えた。


 山賊風の客たちに焼くおにぎりもその思いを隠して調理していたと思うと口を挟まずにはいられなかった。普段なら黙っていただろうが、俺には酔っぱらうって形でデバフが働いたのだろう、気持ちよかったし。そのせいで口に出た言葉で今の状況を招いたがこれで良かったんだ。



 料理は作り手も貰い手も笑顔であるべきだ。



 自分で食べるも食べてもらうも変わらずにより美味しくなる。根性論みたいなものだが料理は気持ちも反映されると俺は思う。


 彼女の料理は美味しい、俺の持論も適応されている。だが、彼女の“バフめし”がこれを阻んでいる、俺も他人ごとでいられない、もし俺の料理を食べるとデバフがかかるなんてなったら彼女の様に人に自分の料理を与えたいとすら思えなくなるかもしれない。でも彼女は飲食店を経営している、俺には計り知れない苦労に苦悩があったことは想像するに難くない。それでもやるのは、やはり、笑顔が見たい、結局はこれなんだと思う。


 食べてもらって美味しいって笑顔になって貰う、これ以上の報酬は同じ料理好きとしてない。まあ、なんだかんだ言って俺の独りよがりだったらそれはそれだ、俺が嫌われて終わり。


 俺の奇行で同士が救われるなら安いものだ。デザートなら“バフめし”対象外、安心して提供できる料理があるとわかればましだろう、しばらく滞在する村だ、行きつけの店の一つができるにこしたことはないからな。



「呆けてないで食べたら?あたいも踏ん切りつくし、ひと思いにいっちゃって!」



 食器が雑にカウンターに置かれガシャっと耳障りな音が鳴り、意識を戻される真。モニカは不安げなでもどこか期待も含まれる玉虫色な表情を浮かべ真を見やっている。



「やっぱうまそう!いただきます!」



 合掌し、フォークを手に取る。どれから食べようか?大粒イチゴと真っ白なめらかクリームのショートケーキ、マロン含有率高め栗毛色クリームが主張するモンブラン、イチゴ・キウイ・オレンジ・ブドウ・カラフルな光沢放つフルーツタルト、焼き色にチーズ特有のあの香に混じる甘い匂い、一口サイズのベイクドチーズケーキ、迷う、どれから手を付けよう、う~ん、アイスティーで口内味リセットできるから食べ合わせ問題はないが…。



「やっぱやめとく?わざわざデバフにかかりたくないもんね?」



 あきらめ色の濃いモニカは皿を取り上げようと手を伸ばす。しかし真が一足早く動いていた。ショートケーキの先端にフォークを通し迷いなく口に運び咀嚼する、途端に緩む表情筋、しまりのない顔をする真。


 その様子にモニカは表情を曇らせる。


 やっぱりデザートでもデバフはかかるの?また酔っぱらっちゃたの?啖呵切ってこのざまなの?


 自問の回答はなく、真の豹変はモニカに負の感情をもたらすに時間はかけなかった。



 モンスターにはデザートでかからなかったからもしかしてって思ってたけどベアーが特例?人間は例外なくかかる?今まで怖くて確認できなかった、デザートだけは“天職”が悪さしないかもと、あたいの心のよりどころだったからだ。


 確認するまでは、どちらともとれる、玉虫色だ、あたいは“デバフめし”以外も調理できる、自分をごまかしやりくりしてきた。でもそれも今日までだ。とどめを刺したのが同じ“バフめし”使いってんだから皮肉でも込めたつもり?神様ってやつは。


 これからは、料理じゃなく道具を作る気概で鍋を振いましょう、一部の奇特な客たちを覗いては、まだましなのよね、食べたいって、デバフがかからず食べられるお客様がいるんだもの。皆を笑顔にするなんて大それた夢だったみたい。


 師匠、すいません、あなたから教わった製菓技術、あたいには過ぎた者でした。


 自虐的なあきらめ、割り切る気持ちに、修業時代の光景もちらつくも、結局はこれからも“デバフめし”を作り続けるだけか、何も変わりはしない。



 自己完結したモニカの耳に真の呟きが入る。



「…ん~まい、幸せな味がする~」



 頬に手を当て体をくねらせる真。モブ顔男がこの仕草をするとキモいだけ、しかし緩んだ顔で嬉しそうにケーキを食べていく。あれ?もしかして酔っぱらってない?デバフは?


「ほれ、見てみ」ポケットをまさぐった真はモニカに自身の“住民票ステータスプレート”を見せる、画面には“身体状態、平常”と記されていた。つまりデバフはかかってはいなかった。



「紛らわしいわ!」「あだ!何すんの!」つい叩きやすい位置にある頭をはたくモニカ。文句をたれるも特に気にしたそぶりもなくケーキに夢中な真。



 勝手にブルーになってたあたいがバカみたいじゃない、知ってか知らずかケーキに夢中で話しかけてこないし、今あたい酷い顔してる、欝々しい気分に急に日差しがさしてもすぐには乾かない、少し時間が必要だ。



「あんた、手を付けるまで間があったけどためらってたの?デバフがかかるかもって?」

「ん~、いや、ショートケーキ、イチゴから行くか後に残すか決めかねてただけ」



「あっそ」たわいない会話をしつつ、心底幸福を味わってます感を漂わせる男の食事を眺めるあたい。


 熱された頭が冷え、次第に抜けていく毒気。こいつは単純に食を楽しんでいるだけ、他意も悪意もなく、純粋にあたいのケーキが食べたかっただけなのだろう、そこにデバフがあろうがなかろうが関係なく、でっかい子供みたいなやつだ。


 そいつはアイステイーで喉を鳴らし、一息つきこちらを見ず語りだす。



「先言っとく、独り言だから」

「ん?」


「余計なお世話だったら悪かった、でも見てられなかったんだ、料理好きの一人としてさ」

「…」

「うまいもん食いたくて試行錯誤してさ、納得いく料理ができると最高に気分いいじゃん、でもそれで終わりじゃないんだよな、店やってる人に言うことでもないけどさ」


 先を促したわけでもないが一拍置き、



「やっぱ食べてもらってこその料理だよな」



 当たり前の、でも、大切な、あたいにとっての料理する行為の意味、それを口にした。



「いや、あのさ、偉そうなこと言えないんだけど、最近俺の料理を食べてもらう機会が増えてさ、そんで、美味しいってそいつらの笑顔みるとさ、すげー嬉しいんだよな、それに一人よりみんなで食った方がうまいし、とにかく人に作る料理っていいよなって話!」



 気恥ずかしくなったのか後半は早口になっていた。あたいはついクスッと笑い、



「あんたバカなの」



 軽口をたたいていた。すでに気分は晴れ渡っている。真と言ったっけ、お人よしの料理バカ、この称号を彼に授けよう。「ひでー」真も柔らかなトーンで返答してくる。そしてあたいを見上げ、



「んで、こっからが本題、こんなうまいデザート俺の独り占めってもったいないなって思ってさ…」



 思いがけない提案をしてくるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ