喫茶モニカその2
「感謝するよお二人さん!」
モニカは受け取った“解毒薬”を突っ伏す兄貴分の肩をゆすり手渡す。
「これは?」
「“黒衣の奇術師“自家製”解毒薬“一発で治るよ!」
腰に手をあて一気にあおるジェスチャーをするモニカに習い、兄貴は億劫そうな動作でまねをする。コルクの抜ける小気味よい音、粘度の低い水薬なので喉を鳴らし一息で飲み干した。
「“黒衣の奇術師”さまさまじゃのう!手間かけたのぅ、ねーちゃんにそっちのにーさんたち」
効果抜群だった。腕をぐるぐる回し体の調子を確かめ席を立つ、相方がこもるトイレに向かった。ほどなくして二人で出てくるだろう。その間におにぎり焼きますか、二人にサービスしないとね。厨房に戻ったモニカは調理を再開した。とたんに上がる香ばしい油の香りに真が食いつく。
「それ俺にももらえます?」
「クマ美はいつもの!」
「はいよ!度胸ある客は歓迎だよ!」
メロから貰ったらしい“解毒薬”持参、あたいの“デバフめし”を食べようと来店された奇特なお客だ、クイーンにクマ美と名付けるだけはある。解除手段無しでも食べたがる豪胆さ、嫌いじゃない。ぶっ倒れたら奥で寝かせといてやりますか。ひとりでに上がる真の評価、本人は興味深げに厨房を覗いていた。
真の目には魔法がエネルギー源のキッチンが魅力的に映っていた。一見、物珍しさのない普通の厨房、だがよく見ると違いもある、コンセント無しで稼働する家電、いや家魔か、語呂悪いな。それにコンロ、真ん中に透明度の高い赤い石が置いてありそれから炎が上がる、魔石ってやつなのかな?魔力無くても使えるんだろうか?料理関係には関心深い真、器具や設備にも例外はなかった。
この男、“解毒薬”のくだりは頭にないのか純粋に食事を楽しみにしている、モニカの豪胆評価は間違ってはいないようだ。
「お待ちどうさま、ケーキセットに焼きおにぎり、召し上がれ!」
調理途中だっただけにすぐに焼きあがる、クマ美の注文は本日のおまかせケーキセット、冷蔵庫から出すだけだ、すぐに提供できる。
「ん~、たまに食べるとやっぱりおいし~」
ショートケーキにモンブラン、フルーツタルトにベイクドチーズケーキ、アイスティーと共に提供されたケーキを一口味わい、紅茶で口内の味をリセット、また違うケーキを味わう。嬉しそうにほっぺを動かすクマ美。
おにぎり片手にチラ見していた真は、クマ美のケーキを味わう理にかなった食べ方、それをさせる綺麗なケーキに感心した。俺もデザートに同じの、同じ食べ方しよっと、そしておにぎりにかじりついた。
塩味が効いたネギ油風味の焼きおにぎり、インド米か、細長いパラパラの米が程よく焼き固められ、噛むと崩れ、おにぎりではなくチャーハンとか炒めメシを食べてる感覚だ、美味しい、うん、こういう焼きおにぎりもありだな!なんだか気持ちがいいな、最高の気分だ!
うんうん頷き噛みしめながら食べる真、変化は直ぐに訪れた。
「あと、ミックスフライ定食もらえますか?」
「「え!」」
本人はちゃんと喋ったつもりだろう、だが二人には「みっくすふれぁーてーしょく」という呂律の回らなさから生まれた新たなメニューに聞き取れた。この症状は間違いない、とろんとした瞳、赤みがかった表情、呂律が回っていない口、デバフが“泥酔”という形で発現した、珍しいが無い訳ではない、このタイプの人は経験上どれだけ食べてもこれ以上デバフがかからないのである意味安心してあたいの料理を食べても問題ないが、如何せん酔いが酷そうなのが気になるところだ。
クマ美が主人を介抱、いや違うなあれは、執拗にボディータッチし、ない色気を醸し出し何かのたまうつもりだ。
「ご主人~、クマ美のこと好き~、どれくらい~、養クマ場に就職したいくらい~」
主従の契約とはよく言ったものだ。頭の働かない真の言質を取ろうと主人に食らいつくクマ美。
「う~ん、ふつ~」「え!なんで!」、酔と思考がそのまま出るタイプな真、昨日今日の知り合いに好きも嫌いもない、主従関係にあろうと当たり前と言えばそうだろう。
「ねーちゃん、邪魔したのぅ、手洗い占拠しちまってすまんかったのぅ」
「すいやせん!腹へってて思わず食っちまいました!」
「あ~、気になさらず、おにぎり焼けてますけどすぐに行きます?」
二人が申し訳なさそうに寄ってくる、流石メロの“解毒薬”だ、スッキリ全快した模様だ。
「もちろんじゃ!サブ!こっちのにーちゃん達にも礼、言わんかい!“解毒薬”譲ってくださったんじゃ!」
「あざっす!」
「むしろグッジョブ!いい仕事したよ二人は!」
いつの間にか真の膝に座りケーキを食すクマ美はフォークを向け答えた。当の真は「山に帰るんですか~」クマ美の頭を撫でつつ、失礼な言動をした。明らかに酔っぱらっている、察した二人は「すまんのう」と届いているか定かでない謝罪をし、受け取ったおにぎりを腰みのに垂れる収納袋に入れ店を出ていった。
あたいに出来ることはした、後は兄貴とサブ、集落の人たちの仕事だ。走り出ていく二人を見送り、新たに発生した面倒を見ないといけない酔っ払いに視線を移すモニカ。
またドアベルが鳴る、忘れ物でもしたのだろうか?視線を上げると、若い狩人風の冒険者がいた。慌てた様子の彼は声を張る。
「“豚獣人”が出ました!大至急“バフめし”をお願いします!」
やっぱりね、そんな気はしてた、今日は厄日なのかもね。
「了解!待ってて!すぐ作るから!」
料理は同じ焼きおにぎりで問題ない、モンスターの口に入る道具をまた調理する、それだけだ。手際よく調理するモニカに真がぼそりとこぼす一言。
「嫌なら作らなければいいのに」
モニカにとって酔っ払いの戯言と流すに流せない、胸に刺さる言葉だった。




