喫茶モニカその1
カタコト車輪を鳴らし馬車は穏やかな歩みを続ける。
ベアー引く馬車で村を闊歩、手綱引くクマ美は業者席に座らせた俺の股の間でベアー達を操る。行きは荷車に乗ってたから気にならなかったがめちゃめちゃ村人の視線を浴びて居心地が悪い道程になってしまった。
俺の日本での生活圏はコンクーリトジャングルまではいかないが田舎ではない。現代社会から離れた自然色豊かな村の景観は目に優しく映り素晴らしい、馬車で揺られ風を感じる、実に味がある、やたら密着してくるクマ美にそれを珍獣でも見るように眺めてくる村人さえいなければだがな、しかし過ぎたことなのでそれはそれだ。
村中央からやや外れ、ログハウスの立地感覚が広がりその分緑が豊か、小川が流れ花畑もある、人通りはまばらだ、ここらの住民はこちらを特に気にしたそぶりを見せないのでやっと純粋に景観を楽しめた。いい村だよな、ここ、老後のスローライフとか送りたいぐらいにはさ。
「ご主人ここだよ!」
絵本に出てくるような花畑に囲まれた一つのログハウスの前で馬車を止めるクマ美、“喫茶モニカ”店長の名前だろうか、表皮を削った丸太の看板が立ててある。店内から美味しそうな空気が漏れ出ている、揚げ物に煮込み料理の強い香り、デザート系統の甘い匂も混じる、喫茶店表記だが大衆食堂って感じだと予想できる。これで味もよければ家の近場に欲しい行きつけの店間違いなしだ。
「ベアーちゃん達はお留守番!お土産買ってきてあげるからいい子で待っててね!」
「行こっ!ご主人」馬代わりのベアーに待機命令を出し俺の手を引くクマ美、置き去りくらうベアーの分も味わわないと悪いな。店から放たれるごはんの香りに誘われ笑顔で応じる真はすでにランチのメニューで頭はいっぱいだった。
「モニカ!クイーン様のお出ましよ!デザートくっださいな~」
勢いよくドアを開けドアベルを鳴らす、さらに濃くなる複数の食べ物の混じった香、腹の虫がなりそうだ。
「いらっしゃい!立て込んでるから好きなとこ座って…ってその男どうしたの!」
「ん?クマ美のご主人!あ、そうそう、クマ美って名前付けてもらったからこれからはそう呼んで!」
「ご主人?奴隷じゃなくて?」
「ん?契約が守られる限りクマ美のがご主人の奴隷かな」
「ここ座ろ!」怪訝な面持ちの店員をよそに、厨房を覗けるカウンターテーブルに腰下をおろした。常連らしいし顔見知りなのだろう、彼女の傍若無人ぶりを知っていれば今のはクイーンの言動を信じられないってところか。
それにしても、モニカって店員一人で店をまわしてるみたいだ。結構客も入ってるしワンオペはきつそうだ。後、客の対応で背後を向いているからわかるが服が特徴的だ。ビスチェにホットパンツ、それにエプロン、正面から見ると裸エプロンに見えなくもない軽装、肩程の髪はバンダナをしめ前髪を収納している。丸出しの腕など油が跳ねたら火傷しそうでおっかないが、健康的に日焼けしている肌にはシミ一つない、余計なお世話らしい。店に漂う香り、料理人の腕前、共に期待できる、こっちにきて正解だ、うまいめしが食えそうだ。ふふ、緩む顔から思わず鼻から息がでる。
「ご主人、モニカが魅力的に見えても視姦すると通報されるよ、ここはそういうお店じゃないよ!」
自分の世界に入り変態的ほほ笑みを浮かべる真に、「キモいんですけど!」と言わんばかり、嫌悪感丸出しの顔で真を見下ろすモニカ、主人の奇行を諫めるクマ美、悪気はなかった、よく使われる言葉だ。本人にその気はなくともこうしてハラスメントは発生するのかもしれない。
「クマ美に変態さん、せっかく来てもらってあれなんだけどさ、提供、遅れちゃうんだけど大丈夫?」
「なんで!」「へ!変態ってひどくね!」返答の代わりに二人の後方、テーブル席を指さすモニカ。
入店時あえて触れなかったがベアーの団体でテーブル席は埋まっていた、20匹はいる、養クマ場から脱獄かサボりか事情は分からないがクマ美にばれているのに平然と食事を続ける強者たち、その中に混じり、山賊風のおっさんがテーブルに突っ伏している。気にはなったが一々リアクションできない、してたらそれだけで喉がかれる、割り切る大切さを俺は学んだんだ。だから変態と身の謂れない誹謗を受けても気にしない、という建前と違い、快活なおねーさんからの誹りを真に受けへこむ真、構わずモニカはまくしたてる。
「ギルドからうちに紹介されたお客さんなんだけど急ぎっぽいんだよね、あたいの料理食べちゃってさ、メロんとこで“解毒薬”貰ってくるから待っててもらえる?サービスするからさ!」
首を傾け頬に添えたそろえた両手でおねだりポーズするモニカ、残念ながら真には効果は薄かったが、クマ美が反応した。
「ご主人!メロから“解毒薬”貰ってたでしょ!出して出して!」
「え!あ!おう!」
揺すられ首がぐらついた真は言われるまま“解毒薬”を二つ取り出した。
「二人はメロと知り合い?ってかさ、それ譲ってくんない?今日の食事代ただでいいからさ!」
「「マジで!」」
“ただめし最高!”共通の思いを胸に、問いかけに主従コンビは即答で応じるのだった。




