支部長とお話し
「お待ちしておりました~、ささ、お掛け下さい」
ギルド支部長にもみ手で迎え入れられる真達、昨日の高圧的な態度はどこえやら、場所はギルド内支部長室、調度品に応接家具一式そろっており接待態度でソファーへ誘導してくる。
「いや~、流石です、真殿、ナナ殿、シロエ殿、我々も今代クイーンの傍若無人ぶりに手を焼いておりまして…」
見るからに高級品な柔らか沈み込むソファーに腰を下ろすと待ってましたとばかりに喋りだす支部長、「はあ、へえ」適当に相槌を打つ真、明らかに話を聞いていないナナとシロエ、メロは対面に座る支部長の横に微妙な距離を開け座っている。“火蜥蜴”のクエスト報酬を取りに来たのだが思わぬ対応をされる現在、原因はクイーンこと“クマ美”だ。
「次世代クイーン育成を速めるためまじめに働く」
集団の長である彼女、自身のおこないがベアー達に与える影響が大きく、今まで同様の生活をしているとまだ数年は次世代が育たないらしい。今朝がた“養クマ場”にコタツから戻ったときクマ美が口にした言葉だ。それからの行動は早かった、宴会そのまま寝てしまったのだろう、青空のもと雑魚寝する“ベアー”達をたたき起こし、ミツの採取、瓶詰、俺たちを町まで送る馬車の用意、朝食にと出された昨日残りのホットケーキを食す間にてきぱき指示だしこなしていた。だらけた姿しか見てなかったので、クマ実の指導者の一面を見せられ、優秀なんだと改めて認識させられた。
朝食後、送るついでにギルドに納品するとクマミツが山積みされた馬車に乗る俺達、業者席ではクマ実が手綱を握る、繋がれるは馬ではなく“ベアー”達、数十匹のもこもこが引く荷車が走り出す、もう何も言うまい。
「それにしても真殿、クイーンを手懐けるとは、いやはや、能ある鷹は爪を隠すですかな、どんな魔法を使われたのかご教授頂きたいものです」
「あははは、たいしたことないですよ」笑ってごまかす真。魔法など使えるはずもない、甘味で釣れたなどと口にしても冗談と受け取られるのがオチだ。
町までの道のりでうやむなになっていた“契約”について聞いていた真、昨夜は聞くタイミングを逃してしまい気になっていたので都合のよい移動時間だった。
“契約”とは“人型知性モンスター”と対価、代償、交渉はたまた武力や従属魔法、とにかくモンスター側から“名付け”を求められ応じることでなされる主従の結びつきを意味するらしい、俺がクマ美と安易に名付けたクイーン、あの瞬間に分かりやすく鎖で繋がれた、これが契約がなされた証拠に他ならない、ナナ達冒険者三人の共通意見だ。集団を率いるモンスターと契約するのは困難なため“一人立ち”している次世代に集団を任せた個体と契約するのが一般的、今回は珍しいケースになるそうだ。
「デザートくれればご主人、くれなけれ契約違反、“養クマ場”に永久就職、一緒に働こうねご主人」
業者席から話を聞いていたクマ実が楽しげに言い放つ。真の契約は対価、代償、交渉、こちらがあてがわれている、一方的だが彼女が口にした“デザートを定期的にクマ美に与えること”これが守られる限り主従関係は守られ、破ると今しがたクマ実が口にした“永久就職”を強制される契約らしい。ふざけているとしか思えないが強固な魔法らしく絶対の強制力があるらしい。大抵の契約は、破れば命を失う誓約らしい、恐ろしい限りだ。
“人型知能モンスター”は強力なモンスター、個体によるが上級冒険者が束になってもかなわない狂暴な奴もいるらしく、そんな彼らを無条件に従えるのは不可能。したがって、武力、魔法で無理矢理従わせ、殺気立っているものばかり、そこにきてクマ実の態度は真逆であった、納品にとギルドに訪れた彼女は真に懐き、勤勉に働く、どんな魔法と問支部長の言も頷けるというものだ。
「講釈は結構、お茶も出ないの、気が利かないわね」
「これは失礼しました、おい、皆様に上質の茶葉で一杯、入れてお持ちしろ!」
つまらなそうにしていたナナが不機嫌そうににテーブルに指をのせトントン音をたて高圧的に要求を通す、支部長さんは室外にいる職員に聞こえるバカでかい声を張り上げる。
今日はどこまでも下手だな、ここまでくると何か企みがあると勘ぐってしまう、鈍い真すら何かあるのではと疑れてしまう豹変ぶりの支部長であった。
「報酬もついでによろしくお願いします」
「これは申し訳ありませんシロエ殿、どうぞお納めください」
懐からゲームでアイテムが入っているあの布袋を取り出す支部長、テーブルに置かれたそれは思いの他、しおれていた。報酬なら金貨でパンパン、重量感ある音が鳴ると期待していただけに現実はこんなものかと妙な物悲しさを感じる真。
「どれどれ~、支部長さん、随分気前がいいじゃない、私たちに何か頼み事でもあるのかしら?」
「いえいえ、滅相もありません、先日の件は水に流し今後ともより良い関係を築ればと、我々からの心ばかりの気持ちですよ」
「ひー、ふー、みー、よー」布袋から取り出した帯で纏められた札束、見慣れた諭吉が描かれた日本で一番高価な紙幣が二束ある。それをご丁寧に銀行員さん方式の数え方で勘定するナナ、あれはどう見ても200万だ、俺には日本円に見えるだけ、実際はこの世界の紙幣、何も可笑しな場面ではない、金額以外は。
相変わらずもみ手でご機嫌伺いの支部長と、ナナと一緒にもう一束の勘定を始めるシロエ、それを見て、うっわって顔で明らかに引いているメロ、できることなら俺もメロ側で他人ずらしたい、この二人自由過ぎる、同類に見られるのはちょっと、俺のが常識的振る舞いまだ出来るぞ。そんな思考を遮り支部長が本題を口にする。
「ところでお三方、まだパーティーを結成されていないとか、どうです、この村に腰を据えてみてはいかがでしょう、うちの冒険者たちは優秀ですよ、メロはその筆頭ですし昨日もお役に立てたでしょう、もしその気があるなら是非ともお声がけを、協力は惜しみませんよ」
「そう、まあ、考えとくわ、でもねこの村に本拠地どうこう置いといてメロは連れてくからそのつもりで」
「はは、またまた御冗談を!“黒衣の奇術師”二つ名付きのうちの看板冒険者ですよ、この村に人一倍郷土愛溢れる彼女です、これからも村の為に尽力するのが本人の意向です、ね、メロ君」
「お兄ちゃ~ん、この人あたしをこき使うの、もう耐えられな~い、仲間にしてくれるって言ったよね、助けて~」
俺に駆け寄りすがりついてくるメロ、彼女は仲間だ、こんな子供をこき使うなど世界が違えば犯罪行為だ。文句の一つでもたれようと受け止めたメロから視線を上げるとすごい顔の支部長がこちらを見ていた。
「支部長さん、なんて顔してんですか?顎と目玉が外れますよ」
文句を口にするのも忘れ、つい訪ねてしまった。戸がノックされ、お盆を持った受付のお姉さんがこのタイミングで入室してくる、札束を数える二人、対面で抱き合う形の俺とメロ、それをものすごい形相で眺める支部長、受付さんは何か感じ取ったのか無言でお茶を配り一礼し退室していった。なんだか空気が重い、なんだこれ。
「いまいちね」湯呑から緑茶をずずっと啜り感想を述べるナナ、気にせず勘定の続きを始めた。彼女は空気を壊す天才なのかも知れない。
「幻惑?魅了?いや、魔力量Eならそもそも魔法なんて使えないか、一体どんな手でメロ君を手懐けたのかね真殿!?」
「何もしてませんよ、支部長さんの日頃の行いの成果じゃないんですか?」
「そんなはずあるか、わしとメロ君はツーカーの仲じゃ!メロ君、大丈夫か、自意識はあるかね、もしあれなら精神科を紹介するが」
「医者とか言ってまた監禁するんだ!言うこと聞くまで!」
うっう、俺の胸元に顔をうずめたまま嗚咽を漏らすメロ、きっとひどい仕打ちを受け続けたのだろう、そんなそぶり今まで一つも見せていなかったが。
「そんなことしたことないんじゃが!わしフェミニストじゃよ!」
困惑気味の支部長が心配そうにメロを気遣うもまさかの返しに絶叫する。弄ると面白いタイプの人なのかもしれない。
「200万確かに受け取ったわ、またなんかあったら呼んでちょうだい」
「いくわよ」用が済んだら長居は無用、すべてを置き去りに我が道を行くナナ、シロエと共に席を立つ。「冗談はほどほどになさいメロ」「あ、ばれてました」いたずらな笑みを浮かべ笑顔をのぞかせるメロ、嘘泣きかよ!この瞬間、俺と支部長は視線で語り合った、男は女の涙に騙され続ける悲しい生き物なのだと。
「ドキドキした、お兄ちゃん、あたしにくっつかれて、うれしかった?」
「あー、まあ、それなりに」
正直全く気にならなかったが、子供でもレディー、魅力がないなど伝えてはいけない。しかし真実は状況も加味されるがドキドキ要素がなかった。子供特有の高い体温に甘いミルクみたいな香り、小さく柔らかな未発達な体、腕の中にあった彼女は保護すべき対象でしかなかった。なんだかんだ理屈をつけてはいるがメロから受けた五感の刺激をこと細かに解説できる真、ただの変態なのかもしれない。
「ちなみに嘘だから」
「何が?」
「支部長にいじめられてたみたいな話、それなりの扱いされてたから心配ないよ」
真から降りたメロは言葉を発せない支部長に向け、
「っというわけでこの人たちと冒険するから村を出るときはついてくからそれまではよろしくしてね、支部長」
「ではでは~」ナナ達に続き部屋を出ていった、なんか立つタイミング逃したな。
「この年になっても、女心ってわからんものですな、真殿、もしよろしければおなごを転がすテクニックをわしに伝授してくれませんか?」
「いや、そんなテクあったら俺が教えてほしいくらいですよ」
苦笑いを向け合う俺達、女子に囲まれ過ぎてマヒしてたが男同士の中身のない会話、久しぶりだが気楽だった。




