ふんわりパンケーキその2
「お兄ちゃ…じゃなくて真さん、飲み物いれますね、キッチン借ります」
「っえ!あ、ありがと、じゃあよろしく」
おかわりを焼く真に媚びを売るメロ、わざとらしくお兄ちゃん呼びしかけるあざとさを見せる、真の一人語りを耳にいれておりシスコンだと決めつけたためだ。
メロは真の価値を“付与術師”であることと決めつけていたがそれは間違いであると確信した。彼の真価は間違いない、士気を上げる美味な料理だ、しかも異世界飯、滅多なことでは口にする機会はない。
そこにバフが加われば支援職としては一流だろう。実益と気力、心身共に満たされる、パーティーになれば尚更需要は上がる、冒険者は強いに越したことはないが力がすべてではない。
本人に力がなくとも仲間のパフォーマンスを上げる能力があるなら一人で何十人分もの戦力を有するのと変わりはない。
自身も支援職のメロ、戦闘力は見た目通り子供並み、しかし“道具生成合成”を駆使し戦闘面、冒険面、日常面、あらゆる場面でサポートできるアイテムを作成できるのが強みだ、真同様パーティーに必要な人材であると自負している。
ぶっちゃけた話、この縁をものにしたいメロ。
職業パーティーと違いこの集団は仲がいい、食べ物のことしか考えてなさそうだし金銭事の揉め事も縁がないだろう、冒険中の寝床にごはん、“簡易テント”があれば問題ない、野宿なしで冒険でき料理人まで確保できている、上手くいけばこの部屋で食っちゃ寝してアイテム作成だけして寄生できるかもしれない。無理でも子供だって主張して目的地に向かう移動中とかこの部屋でだらけられるかもしれない。
アピールだ、この部屋の持ち主真に気に入られる必要がある。夢の養われ系冒険者にランクアップの大チャンス、ものにしなくては。
そして、真が冗談で口にした“バフめし”、是非とも味わってみたいものだ。きっとこのパンケーキに負けず劣らず美味な品のはずだ。
メロは自身の欲望に従い行動を開始した。そして別の思惑も動き出す。
「あんた真って言ったっけ?養クマ場に就職しない?仕事は簡単パンケーキを私に焼くだけ、三食クマミツ昼寝つき、もふもふに囲まれた素敵な職場、どう?」
「いや、普通にやだ、三食クマミツは人間にはキツイかな」
断られるとは微塵も思っていなかったのだろう、クイーンは目を見開き信じられないものを見る模様を呈している。メロと目的こそ違うものの真に興味津々なクイーン。美味しいデザートを調理できる、この一点のみで彼を手元におき好きなデザートを作らせたいと画策していた。
「クマミツ好きなだけあげるから、無理?じゃあ一日おき、週一でも構わないけど」
「ごめん、無理」
必死に食い下がるも真に断られ小さくなっていくクイーン。すげなくされ過ぎてダルダルのパジャマを握り目には涙を浮かべている、塩対応過ぎたか、後悔する真、しかし手遅れ。
「就職しろとか言わないんでたまにでいいから作ってください!なんでもしますから!お願いします、真様~」
「うわ!っちょ!ガチ泣き止めて!いじめてるみたいじゃん!」
卓上に顔を埋め泣き落としに入るクイーン、たじろぐ真、「っあ!幼女泣かせた~」「ロリコン~、女の敵~」、ナナとシロエからヤジが入いり、しかめっ面を浮かべる。本当、女の妙な連携は止めていただきたいものだ、どう収集つけようこれ。
「皆さん紅茶でも飲んで落ち着いてください」
キッチンで飲み物をいれていたメロがお盆を手に戻ってきた、ナイスタイミング、口には出さないが真は小さくガッツポーズした。
「ありがとメロちゃん」「いえいえ、どうぞ真さん」、真に直行するメロ、アイスティーを入れたグラスを手渡した。短時間で用意したにしては手が込んでいた、よく冷えたグラス、“低温炎着火液”とは異なる香りの紅茶は、かち割り氷にストローまで使われていた。
「美味しいパンケーキのお礼です、おかわりもありますから遠慮せずどうぞ」
メロちゃんは素直で可愛いな、ニコニコ笑顔のメロのおべっかにやられ真はつい頭を撫でてしまう。
かかった!、間違えてなかった、この路線で攻めれば落とせる!目深に被る外套で窺えない顔に黒い笑みを浮かべるメロ。
「えへへへ、くすぐったいですよ~、やめてください~」
「メロちゃんはかわいいね~、お持ち帰りしたいちゃいくらいだよ~」
調子にのってなで続ける真、「あ!」、なでなでによりフード部分がずり落ち、素顔が晒される、隠していたわけではないがメロはつい声をあげてしまった。
「ロリコン!メロさんが入れてくれた紅茶、美味しいわよ!」
「まじか!ごめんメロちゃん!せっかく入れてくれたのに、頂くね!」
「え!あ、はい、どうぞ」
アイスティーを夢中で吸い出す真、なんと言うか釈然としないメロ、ここはあたしのビジュアルに言及する場面なんじゃない、誰に聞かすでもない突っ込みを内心いれる。
メロの素顔は美少女と言って差し支えないだろう、肩ほどの長さの髪は癖っ毛なのか跳ねたりカールしてたり動きがある無造作ヘア、長い前髪が左目を覆っている。特徴的な髪型だがメロには似合っていた。色白で目鼻立ちが良く成長したら約束された美が彼女に微笑んでいただろう。
この室内では真以外は美形と言って過言ではない、一人で顔面偏差値を下げる真は頬をへっこませ吸引を続けていた。その必死な面を見てメロは思う。
村の茶畑でとれたセカンドフラッシュの茶葉、アイスティーには最適だ、そこにアイテム作成で身につけた調味技術により複数のフルーツの果汁、香りを取り入れたフルーツフレーバー、喫茶店で出せるレベルであると自負できる完成度だ。媚び売らないで最初っからこれで攻めた方が楽だったんじゃ。真相手には正しい思考である。
「名前つけて!そしたら黙るから!」
一人、泣き落とし作戦を続けていたクイーン、誰一人相手して貰えず、うそ泣きを中断し次の手に出た。真は喉をならし、一呼吸、気の抜けた顔で、
「じゃあ、クマ美で」
紅茶の風味、鼻から抜ける香り、その余韻を楽しむ真はなにも考えずに答えた。“人型知能モンスター”に求められて名前をつける、この行為の意味など考えずに。
「契約成立~、デザートを定期的にクマ美に与えること、守ってね、ご主人」
なにいってんだこのクソガキ、突然ハイテンションで近づいくるクイーン。「いいな」、メロちゃんが小声で呟く、何がいいのか意味わからん。
「ご主人~、おかわり早く焼いて~」
「訳わからん、てか重い、退いてくれ」
血迷ったのかキャラがぶれぶれなクイーンがあぐらを組む俺の股座に対面で腰を下ろし猫なで声で媚びてくる、邪魔すぎる、退いていただこう。
肩を押そうと腕を上げる、ジャラ、腕から鳴るはずがない音がでた。視界に入る、なぜか腕輪が装着された右腕、そこから鎖が垂れていた。
呆然とする真にジャラジャラ音をたて首を左右にふるクイーンが声をかける。
「クマ美、首輪、ご主人、腕輪、契約で繋がれた、オ~ケ~」
オーケーしたくね~、可愛く指さし片言で情報を伝えるクイーン、パジャマの上から首輪がついており垂れる鎖は俺の腕輪に繋がっている。ジャラジャラ耳触りな音が鎖で繋がれているという現実を嫌でも認めさせてくる。
このままでは流れで言われるがままだ、助けてくれ、ナナをシロエを見やる真。
「かかってないわ」「こっちもだよななちゃん」二人は興味なさ気にスマホ、じゃなく“住民票”を弄っていた。駄目だ頼りにならない、ならメロちゃんだ、助けてくれ、隣にいる彼女に思いよ届け、顔を向ける。
「クマ美さん、真さんの独り占めはいけないと思います」
違う、そうじゃない。クマ美に張り合うメロ、腕を引っ張り自分の所有物であると主張しだすありさまだ。この場に味方はいないと悟る真。
「あんたらうるさいわ、真の邪魔しないで、パンケーキが焼き上がらないじゃない」
「「はーい」」大人しく従う二人、なるほどそうやってたしなめれば良かったのか、ナナの一言で自由を取り戻したが鎖に繋がれたままだった。
幼女を鎖で繋いでるって捕まらないか俺、日本人的思考をする真、ご主人様の機敏を察し早速行動でしめすクマ美。
「気になる?消すね」
音も重量も感じない、腕輪も鎖も忽然と消えた。やった!自由だ!あからさまな態度をとる真にクマ美がいたずらする。
「見えなくしただけ~、ほら!」
ジャラジャラ音をたて再び現れる鎖、自由なんてなかったんだ。うつむく真、ご満悦のクマ美、主従関係が逆転して見えてしまう。
ごねても無駄そうだと現状を受け入れ、覚悟を決める真。鎖が垂れる腕を器用に使い、パンケーキを焼いていく、見方によっては奴隷のようだ。そんな真の背後に立つクマ美にナナがいい放つ。
「クマ美、“一人立ち”してないあんたじゃ私たちについてこれないわよね、真と契約してどうするつもり」
「次期クイーンは育ってるんで成長次第、鎖たどって追いかけるから問題なし~」
うざい口調で軽口を叩き話続けるクマ美。
「ご主人の仲間ならクマ美の仲間、ってわけでよろしく、ナナにシロエ」
「「よろしく」」戸惑いなくフレンドリーに応じる二人。場数が違うとこういう場面でも順応できるのだろうか。
「あたしは!」「あなたは仲間じゃない」一時加入のメロに微妙な距離感を感じ取っていたクマ美、二人と違いメロを仲間と認めない模様。
俺を置いて話が進んで行くな、蒸し焼き作業をする元凶の真はことのなり行きを見守っていた。そんな彼の上着を握りこみ、
「真さん、メロもあなたたちの仲間にしてください、村を出るとき連れてってください、駄目ですか?」
うるうる上目遣いですがりつくメロ、ここで肯定して貰わないと夢の養われ系冒険者がどっかいっちゃうと、恥も外聞もないく必死だ。
「メロちゃん、紅茶以外も美味しい飲み物入れられる?」
「コーヒーもジュースも入れられます、味もそれなりかと」
「俺は歓迎、皆は?」
「ご主人がそう言うなら」「歓迎するわメロさん」「よろしくメロさん」、クマ美以外明らかに“飲み物のクオリティー“に食いついての歓迎発言ではあるが、どうあれ同行する仲間と認めてもらえはできた。
「ありがと!お兄ちゃん!皆さん!足を引っ張らないよう頑張ります!」
隠すつもりのないメロ、真に全力で媚びる。「お兄ちゃんがずっと欲しくて、呼んじゃだめ?」兄を溺愛するブラコンを演じる現在28歳、三十近い女性が無理をしていると考えると辛いものがあるが見た目は少女、割り切っているメロは、ばれなければ問題ないと高を括っていた。
「俺の妹もメロちゃん位の頃はお兄ちゃんお兄ちゃんってくっ付いてきてかわいかったな~」
「えへへ、なでなで気持ちい~、もっとして~」
やはりシスコン気味のロリコン、メロとクマ美を侍らせペット感覚で頭を撫でる真、意外なことにメロはともかくクマ美まで満足げに頭を預ける始末、意外にテクニシャンなのかもれない。
「メロ“さん”気持ちよさそうね、よほど人肌恋しかったのかしら」
「メロ“さん”ギルドで聞きましたよ、ずいぶんご活躍なそうで、私もななちゃんもまだまだ若輩ですから勉強させてもらいますね」
わざとらしく“さん”を強調する二人、…間違いない、ばれてる!あたしの実年齢!ってこと真も知っていてもおかしくはない、頭上ではあたしをバカにしたしたり顔でなで続けているとしたら…、とんだ恥さらし!やだやだ、顔を上げたくない~、時間よとまれ~、パ二くるメロ。
「とにかく身内なんだから気安く呼び合いましょ、っね、メロさん、あ、間違えた、メロ」
「っへ!も、もちろんですよ、ナナ」
やたら“さん”を強調してメロちゃんを名指しするナナ、「お願いしますね、メロさん。あ!メロ」、シロエも続く、何なのか、意味わからん。恐る恐ると言った風にこちらを窺うメロちゃん、俺も便乗するとしよう「メロ、改めてよろしく」「お兄ちゃんはそのままでいてください」なんだか安心した様子のメロ、ますます意味わからん。鈍い真であった。
その後焼けたパンケーキ、俺の胡坐に腰下ろすメロが分けてくれた、ふんわりもちもち、紅茶と和三盆の風味ある甘味をクマミツが整える。普通においしかった、パン☆ケーキの時も思ったが、クマミツ、昔から食べなれた体に自然と馴染む甘さに感じる、初めて食べたはずなのに不思議なミツだ。
「おにぎり握るけど食べる人?」
「「「は~い」」」
甘いものを食べるとしょっぱいもの食べたくなる、それに甘味のみの夕食は男の俺にはきつい、甘味しか食べられないらしいクマ美を除き4人で食べた、塩を利かせたパリッとする軽くあぶった海苔を巻いた塩むすび、甘い口に塩分が入り、ひとしおにうまかった。
「あ!かかった!」「ななちゃん!私も!」、ナナとシロエが俺の握ったおにぎりでバフがかかったと騒ぎだす、しかしメロと俺にはかからなかった、個人差があるのかよくわからんが、“バフめし”として魔法が使えなくてもバフ、本当に使えてしまったわけだ。これで足手まといの金魚の糞から卒業する一歩になればよいのだが。
重くなる瞼とうすら寒い空気、なかなか寝付けない真は数時間前の出来事を振り返っていた。
狭い6畳間の室内、コタツで雑魚寝する面々、ナナとシロエはもとよりだが、クマ美とメロまで遠慮一つしない、我が物顔で場所をとる、コタツを追い出された真、バスタオルをかけ畳に背を預けていた。温いコタツでだらしない寝顔をさらすであろう4人の寝息が聞こえる、信頼、違うな、男として見られていないか、昨日今日知り合った成人男性とよく同室で爆睡できるな、手出しする勇気も、そもそも出す気もないからあれだけど貞操観念しっかりしないといつか泣きみるぞ、いらぬ心配と共にやがて真も眠りにつくのであった。




