ひとりごはんその2
時刻は6時をまわった。真は部屋の中央に鎮座する電気コタツに入りキムチ鍋をつついていた。立ちのぼる湯気から室内には隙間風に負けない幸せな香りが漂っている。
「っはっはふ、ああっち~」
口内をやけどしないようにふーふー息をかける。
真は豆腐をレンゲで掬ってスープと共に食した。これは真のこだわりなのだ。
鍋は複数人で囲み取り皿に分けて食べる。これが基本であり王道、勿論真も納得しているしおいしい食べ方であると自覚している。しかし今は一人メシ。つまりうまい食べ方が変わるのだ。
真が一人鍋をするときこだわるのは温度だ。複数人で囲み携帯用ガスコンロを用いれば熱いうちに食しきれる。が、一人ではそうもいかない。貧乏学生の真にはコスパが悪いからだ。そもそも、そのサイズを一人では食しきれない。ならば台所まで取り分けたぶん食したらおかわりに行く。これでは真の中では鍋とは言えない。
そこで登場するのが真が使用している一人用鉄鍋だ。鍋焼きうどん、すき焼きなんかを店で注文すると出てくるあれだ。これはお一人様御用達の利便性にあふれる調理器具だ。汁物、煮物、炒め物何でもござれ、熱々のまま最後まで食せる現代の偉大な発明品だ。
また一人鍋では最高の相棒の一人であり真がヘビーローテションする器具でもある。
前述したとおり鍋は温度が命。取り分け皿で食すとどうしても汁が残り、お代わりのたびに飲み干しておかなければぬるくなっていく。しかし、この鉄鍋ではその心配がない。さらにレンゲを使用する為ミニラーメンならぬミニ鍋が作成でき口に運ぶたびに様々な食材の組み合わせを楽しむことができるのだ。鍋最高、真はほくそ笑み食し続けた。
「しっかし、あちーな」
鉄鍋を空にした真はジャージの襟首に指を入れ風を送る。額には汗がにじんでいた。
夢中で食したキムチ鍋。隙間風を凌駕する発汗作用がもたらされていた。
「っうし、仕切りなおすか」
立ち上がり、台所へ鉄鍋をもって向かう。この男一人前では満足できなかったのか、
おかわりを作るつもりだ。
「っうぷ、ん~」
おかわりを大鍋から鉄鍋にひとすくいしたところでげっぷをし、腹をさすりだした。
実は腹八分目を超え、割と適量を食してはいたのだ。
こだわりを持つ真、お一人様鍋こと鉄鍋は自身の理想の調理器具。それは料理のクオリティーのみならず適量を食するにも役に立つ。ではなぜおかわりをするのか、簡単だ。それもこだわりゆえだ。
“鍋にはしめはつきもの、そこまで食しての鍋である”
真のこだわり、むしろルールと言い換えてもいいかもしれない。
腹がきつくなるなら一杯目を少量のこし、しめを作ればよいではないか?
それでは駄目だ。なぜか?こだわりだからだ。
…めんどくさい男である。
唯一の救いはあくまで自分ルール、なので他人に強要しない。真が楽しむためだけのこだわりである点である。寂しいことに、ともに鍋をつつく仲の者が身近にいないので関係ない話だが。
適量を鉄鍋に移し、蓋をした。
「腹ごなしするか」
真は心地よい満腹感と発汗する体を鎮めるため、浴室で汗を流す腹積もりだ。
食後の入浴は体に悪い?関係ない、真は食に関しては自身が思うベストな行動を必ず完遂するのだ。
取り込んだのちかごに入れっぱなしのタオルを引っ掴み、浴室に真は消えていった。
浴室はマンションによくあるトイレ付きユニットバスである。湯は沸かすのではなく貯める方式をとる。真はシャワーを浴びたのち湯を張りくつろぐスタイルをとる。大雑把な計算になるが30分以上は浴室から出てこない。長風呂の勘定に入るだろう。しかしこの長風呂が、入浴後のお楽しみに影響を与えるなど真はつゆほども想像していなかった。
「ここは、どこかしら?」
無人の室内、コタツの裾が揺れる。唯一の住人、真不在の室内に人が現れた。
「この密室、あったかいわね」
「せ、狭いよ~ななちゃん~」
もみくちゃな2人は布をめくる、鎧姿のコスプレ少女たちがコタツの足の間から顔をのぞかせた。