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夏の日のユーレイ  作者: マヤ
7/11

答え合わせはあなたから

 事故の相手を探す。勢いのままに始めたものの、成果は全くあげられなかった。

 まず僕らは警察署を訪ねた。どう考えたって一般人の僕に捜査状況やらを教えてくれるはずもないのに、被害者がそばにいるからと謎の自信に満ちていた僕は馬鹿正直に訊きに行った。けっきょく相手にされず、下手したら頭のおかしいやつが来たと署内で笑われているかもしれない。

 それでも一つだけはっきりしたことがあった。それは、三科さんが僕以外には見えてないし声も聞こえてないということ。話をしてくれた警察の人は終始僕しか見ていなかったし、三科さんが「絶対教えてくれないと思いました」と呟いても無反応だった。

 それなら、と僕は再び事故現場に戻り、今度はその周囲の家の車を一台一台見て回った。

「車がどっちの方向に行ったかは覚えてないんですか?」

 『目撃者捜してます』の看板のそばで三科さんに訊くと、彼女は自信なさそうに首を傾げた。

「向こうのスーパーで買い物をした帰りに後ろからぶつけられたので、たぶんあっちだと思うんですけど」

 指で示したのは大きな団地がある方の住宅街。僕と彼女は三時間近くかけてぐるぐると家々を見て歩いた。最初こそいくらか話をしたものの、暑さと見えない終わりのプレッシャーからだんだんと僕の口数は減っていった。

「ちょっと休んでもいいですか」

 小さな喫茶店が見える。僕が汗をぬぐうのと三科さんが頷くのが同時だった。

 ***

「もう少し遅くなって仕事に行ってる人が帰ってくる頃にもう一回りしましょう」

 わずかにツンとする匂いの喫茶店の端に僕らは座った。当然注文は一人分。店内に人は少ないけど、一応小声で話す。ぶつぶつ独り言をつぶやく変な人って思われるのは嫌だ。

「いえ、もう十分ですよ。最初は事故の相手が分かるならって思いましたけど、見つかったからどうなるってわけでもないですし」

 諦めた風ではなく、自然な口調の三科さん。でも。

「単純に僕が納得できないんですよ。悪いことをした人が普通にしてるのって」

 僕だってどうこうしたいとはない。ただ、なんとなく気持ち悪いのだ。それこそ志穂に言わせれば「めんどくさい生き方だね」とのことだが、納得できないのだから仕方ない。

「変わった人ですね。あっ別に悪い意味じゃないですよ。上手く言えませんがいい人ですね、セイイチさんって」

「いい人でいるのは当たり前のことですよ」

「そうですか? あんまりいないタイプの人だと思いますよ? きっと一緒にいる人がいい人なんですね」

 一緒にいる人? ここ一年で一緒にいる人と言えば彼女しかいない。傲慢でわがままな変人しか。

「いや、それは違いますね。それは断じて違います」

 僕は志穂にされたいくつかを三科さんに話した。急に思い出話を始めた僕を最初は不思議そうに見ていたが、なぜか彼女は途中からはくすくす笑いだす。

「かわいいイタズラじゃないですか。仲いいんですねその雇い主さんと」

「いやいやいや。いつも苦労してますから。給料と労働が釣り合ってませんし。僕が苦労するのを楽しむようなタイプです」

「そんなことないと思いますよ。今日最初に会ったときに乗ってた車、あれも雇い主さんから借りたものでしょ? 車を借りるときはいつもあの車種なんですか?」

「まあだいたいアウディーですよ。時々軽のときもありますけど」

「やっぱり」

 僕答えを受けて、彼女は嬉しそうに手を叩く。

「なんであの車か考えたことあります?」

 なんでって、単なるきまぐれじゃないの?

「ちょっとだけひどいこと言いますけど落ち込まないでくださいね」

 うわぁ。僕初対面の人にひどいこと言われるのか。一口飲んだアイスコーヒーがやけに苦く感じるんだけど。

「セイイチさんって車の運転慣れてないですよね。なんかぎこちないっていうか。もし軽自動車であの運転してたら周りの人に煽られると思うんです。だから軽じゃない車なんですよ。逆に一番高い車だとセイイチさん変に気負うじゃないですか。擦ったらどうしようとか。それを踏まえての選択だと思いますよ」

 たしかに。軽自動車を除けば次に安い車だろう。それでも十分高いけど。

「セイイチさんが思ってる以上にその人は優しいですよ。今度お礼を言ってみるといいと思いますよ。いつもありがとうって」

 どうなんだろ。あの人のことだから「気分が悪くなってきた」とか言い出してトイレに駆け込みそうな気がする。

 その時あまりにもタイミングよく携帯が鳴ったので、僕はあやうく鳴りだしたそれを落としそうになった。

「はい?」 

「やあ。探し物は順調?」

「不調ですよ。やっぱり手掛かりが少なすぎたみたいです」

「なぁんだ。なんか電話越しに冷気が伝わるからとっくに相手見つけて幽霊の何某さんとお茶でもしてるかと思ったのに」

 僕はぎょっとして店内を見回す。見える範囲に知ってる顔はない。

「冗談だよ。街中にしてはふさわしくないレトロな音楽が聞こえたからどこかに入ってるのかなって思っただけさ。私はいつもの部屋で街を眺めてるから安心しなよ」

 一瞬、超々高性能望遠鏡で眼下の街を眺める姿を想像したけどかき消す。あの人なら持ってそうで怖いけど。

「そんなことはどうでもいいんだ。ただ、いつまでも清掃のお兄さんを借りられていると困るんでね。手助けしてあげようかなって」

「手助け?」

 それから、志穂はT町のある住所を口にする。不意で覚えきれなかった僕はもう一度言われた住所を店のナプキンにメモする。

「そこに住むフジハラサトシ氏が例のナンバーの車の持ち主みたいだね」

「調べてくれたの?」

 意外だ。依頼でもないのに志穂が動いてくれるなんて。

「私じゃないよ。知り合いに頼んだら快く引き受けてくれただけ。やっぱり相場の二倍出すって言えばさくさく調べてくれるね。キミの給料から引いとくから請求とかは安心してね」

 一部不安な言葉を残して電話は一方的に切れてしまった。いったいどれくらいの額なんだろう。

 まあ、それでも。

 僕は手元のメモを何度も目でなぞる。覚えたいわけじゃない。そこに行って何か変わるわけじゃないかもしれない。

「電話なんでした?」

 メモを不思議そうにのぞき込む三科さん。

「たぶん、車の持ち主が分かりました」

 携帯に住所を打ち込む。三科さんはこわばった顔を隠すように両手で口元を覆う。

 すごく便利な時代になったと思う。住所を調べればすぐにその場所が分かるんだから。

 同時に、すごく怖い時代になったと思う。わずかな情報から、個人の情報がどんどん引っぱり出せるんだから。

「夜になったら訪ねてみましょう」

 行って、会えたとして、何ができるのか分かんない。でも、たどり着ける道が開かれた。どうしたらいいか判断つかないなら、前に進むしかない。

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