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夏の日のユーレイ  作者: マヤ
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志穂

  僕たちの街は、中心の駅を境に北と南で違う顔をしている。北側には大学やアパート、塾や小さな商店街が並び、南側には会社のビル群や市役所など昼間はとにかく細々とした灰色の建物が乱立しているのが目につく。

 僕が北と南で真っ先に空気が違うと思ったのは街の夜の顔で、北側は学生よりの健全で大衆的な居酒屋ばかりなのに対して、南側の酒場は学生の財布では数分も保たないような値段のお酒と、黒スーツの男の人やピンクのお姉さんが赤提灯の代わりに溢れていた。

 僕が主に活動するのは当然北側で、志穂の暮らす旧商業ビルもなぜか北側にある。駅から離れた神社の裏手にポツンと建っている姿は、隊から孤立して彷徨う兵士を思わせる。建造途中で中止になったのか、三階より上は中途半端に足場が組んであり、無謀にも北側に商業ビルで進出しようとした人の敗北の証みたいになっている。

 一見すると人がいるようには見えないが、外階段をあくせく上るとやがて、カクカクした文字で「アジト」と書かれた看板が見えてくる。それが三階の踊り場だ。誰にも話さないけど僕はこの遊び心が大好きだった。

 重い荷物を両手に持って階段を上るのは辛いけど、ようやくゴールが見えてきた。指が千切れるかと思いながらも本の入ったかばんを片手にまとめ、鉄製のドアノブを回す。以前、アイスを買ってこいと命じられ、いざ帰ってくるとドアの鍵を閉められていたことがあった。そのくらいの悪戯は嬉々としてやる人なのだ。ちなみに溶けたアイスは僕が再冷凍して食べた。変に硬いし表面はべとべとしてておいしくなかった。

「もどりましたぁー」

 問題なく開いたドアに安心しながら声をかける。返事はないけど探すまでもない。一番広い部屋を迷いなく目指す。

「もどりましたっと」

 床にまで広がった本。これは僕の能力不足のせいじゃない。本棚に入りきらなかった本を整頓して志穂の指示通りに並べてある。そんな部屋にあるソファのうち、窓際にある方あるソファに彼女はいた。その隣には立派なデスクと椅子があるのに、彼女がそれに座っているのをあまり見たことがない。

「やあおかえり」

 だらしなく足を投げ出し、横向きでソファに寝ころんでいる。もはや座るものとしての役割をしてない。

「背もたれが泣いてますよ」

「その分肘おきを利用してあげてるんだ」

 肘の代わりに頭と足を乗っけてますけど?

「セーイチくん」

 あいてるスペースに手提げかばんを置こうとする僕を志穂が呼び止める。

「けっこう時間かかったんだね」

 冷水をかけられたみたいにドキッとした。遅くなったことを責められたからじゃない。僕がさっき三科さんに言ったのと同じ言葉だったからだ。

「ちょっと寄り道してまして」

 ときどき、志穂のことを占い師かなにかじゃないかと思う時がある。過去が視えているような話し方や行動をするからだ。それに、彼女の纏う独特の空気には、そういった「不思議」があっても納得してしまうような雰囲気がある。

「志穂さん」

 今度は僕が呼ぶ。

「あなたはオカルトってものを信じてますか?」

「オカルトって……宇宙人とか魔法とかの?」

「ええ……まあ」

 ホントは幽霊だけど。

 一瞬の沈黙。その間に彼女がどんなことを思ったのかは読み取れない。やがて、

「信じているよ。悪魔も妖怪も雪男も」

 志穂は、気持ちいくらいに迷いなく言い放つ。

「な、なんでそんな風に言い切れるの? 見たことないのに」

 年上には敬語を使うこと。そんな当たり前なことを忘れるくらいに動揺していた。

 オカルトなんて彼女は否定すると思ってた。ばかばかしいと彼女に否定してほしかった。

「キミは見たことないものは存在しないことにするのか? 例えば、わたしはオーストラリアという国を見たことないし、キミが借りてきた本に載っているお菓子のほとんどをきっと知らない。じゃあそれらは存在しないかい? 答えはもちろんノーだ」

 僕がなにか口を挟む前に、淡々と志穂が続ける。

「キミは今のを詭弁だと反論するだろうね。否定しないよ。屁理屈だから。わたしが見たことなくても他に大勢が見たことあるからね。じゃあ友情はどうかな? 愛情は? それらは大勢が存在すると主張するにもかかわらず、目撃者は皆無だ。なのに超能力やお化けを否定するのは何故か。わたしにはその理由が見つからない。だから今は存在すると認識している」

 どこまでも、自分にまっすぐな人だと思った。今みたいな物言いは僕にはできない。するだけの自信や勇気が自分にないから。誰かに合わせるように主張を曲げて、大切なのは自己ではなく世間の思考だと自分に言い聞かせる。そうやって角が立たないように過ごしてきて、そんな考えに疲れた僕には。

 志穂ならきっと、嘲笑することなく力になってくれる。そんな風に思えた。

「実は僕、幽霊に会っちゃったみたいなんです」

 それからの志穂の行動は、いつもの自堕落っぷりからは想像できないほどの俊敏さだった。僕が言い終わると同時に猫みたいにビクンと跳ねたと思ったら、本の隙間を縫うように駆け出した。ソファのへこみが直るよりも早く戻ってきた彼女は、大きく息を吸い込んでから両手にいっぱいの白い粒を僕に投げてきた。

「どうしてそれを早く言わないのかなぁ? ぐだぐだくだらない質問する暇があったらそのことを先に言えばいいのに」

 笑顔のまま、まるで子供に言い聞かせるみたいにゆっくりと語る姿は、これまで見てきたあらゆるものよりも怖った。思いっきり撒かれた白い粒が僕や僕の近くの床に広がっている。本にかからない絶妙な加減っぷりはどうやって習得したのか。

「わっ、なにするんですか。いきなりっ」

 僕の抗議なんか気にせず、志穂は手に付いた粒を払っていた。

「清めるんだよ。その件の幽霊はここにいないんだろうな」

「いま、せっ痛っ。ちょっ、これ塩じゃないですか」

 口に入ったかけらがしょっぱい。

「あたり、まえ、だろ。砂糖でお祓いする国からきたのか、キミは」

 塩をまき終えるとさっさと手洗い場に消える志穂。僕はというと、どうせ指示されるから床の塩を掃除する。

 こういうところに奴隷根性があふれてるのかな、と思っていると、悠々と手を拭きながら志穂が戻ってくる。

「それで、幽霊はここにはいないんだろうね」

 何事もなかったみたいに再びソファに沈み込むと、志穂は「まったく」と言ってそっぽを向いた。そう言いたいのはこっちだ。

「いませんよ」

 なんか腕のあたりがぺとぺとして気持ち悪い。それにしても、そんなに幽霊が怖いのかな。

「それはよかった。この場所が霊に憑かれでもしたらわたしはしばらく星空キャンプだったからね」

「もともと地縛霊でも憑いてそうな場所ですけどね」

 ありのままを言っただけなのにクッキーの空き箱が飛んできた。

「で? 聞こうじゃないか。科学が独り立ちして散歩でもしそうなこの時代に、ただ図書館に行っただけの大学生が幽霊に遭ったって話を。そのつもりだったんだろ、もともと」

 だらしなく体を投げ出していた少女が片膝を抱えて座りなおす。

「ええっとですね……」

 小さく上下する彼女の肩を見つめながら、僕は思い出すままに記憶を言葉にしていく。

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