幾時を越えて、この想い 中
極楽浄土。
死後に幸福の待つところ。
言い伝えでは富士山の頂上から南無阿弥陀仏と唱え、門をくぐり抜けた先にあるという。
そんなわけでまずは登山の準備と思い一度麓の村へ戻るとさぁ大変。地上では数時間前に地震が起きていたらしく、小規模とはいえ家の中はひっくり返る様子。幸い箪笥に押しつぶされたとか重症の人はいなかったが、それでも地震は怖いもので村人全員手を合わせて南無阿弥陀仏と唱えていた。
その姿を見て、心配するよりも先に罪悪感に襲われる。つい数時間前に壮行会の締めに鬼達が四股を踏んで胡喜媚の無事と悲願達成を祈っていた。四股を踏んで送り出すという風習は人間の間でもしばしばみられる光景なので特に気にはしなかった。
しかしそこは三メートル級の鬼の四股。地獄の天井が崩れて落ちてくるのではないかというような地鳴りに、まるで地震のようだ、と思った。まさか地上で地震になっているなんて想像もつかないだろう。彼らには悪気はないのだが、今後は別の方法を模索してもらわなければならない。一本締めに変えてもらおうかな。
地震が収まってすぐ、村の男どもが湖からナマズを引き上げていた。地震はナマズが引き起こしているからナマズを狩れば収まると言う伝統にいそしむ姿はそれはもう必死な形相でいる。ごめんよナマズ。本当は君らのせいじゃないんだけど、真実を言って聞かせても信じてくれないだろうからここは犠牲になってくれ。俺は君達の犠牲を忘れる事はないだろう。
「こんな有様じゃあ登山の準備なんかろくにできないな。てかさ、飛騨を越えられるコンちゃんなら富士山の頂上まで俺達を運べるんじゃないの」
「何言ってんのさ。昨日も言ったけどオレチャン七腔ないから飛んでも身動きできないんだよね」
「ちょっと待て。飛騨をひとっ飛びって言ってたよな」
「年上のオレチャンから一ついい事を教えてあげるよ。酔っ払いの言う事を真に受けちゃダメだぞ☆彡」
気付いたら☆彡の顔に裏拳が入っていた。潰れた顔で暴力反対とか言ってるが、だったら俺は妄言反対だちくしょうめ。しょうがないので誾と胡喜媚に山の頂上まで俺達を運んで飛べるか頼んでみる事にしよう。子供のように湖の淵できゃっきゃと遊んでいる姿はまるで子供のよう。二人とも俺より年上のはずなんだが、肉体年齢に引っぱられているのか全くそうは見えない。
「おーい誾。鵺になってここから俺達を富士の頂上まで運べるか? コンちゃんは自力でなんとかするらしいから乗るのは俺と胡喜媚だけなんだが」
「え、ちょ、何気にひどくない」
「腹が減った! 私はすずめの丸焼きをご所望だ! タレがたっぷり染みた香ばしいやつだ!」
「あたちもおなかすいたー!」
「お前らあんだけ飲んで食ってしてたのに」
「それは昨日の話だろう。今この時の話をしてるんだ。食後のおやつはまんぢゅうな」
「おまんぢゅうもたべたーい!」
「一つでいいから俺の質問に答えてくれ。腹いっぱい元気いっぱいになったら富士の頂上まで俺と胡喜媚を乗せて飛んでくれるか」
「お安い御用だぜ!」
「おやすいごようだぜ!」
「お安い御用チョリース!」
胡喜媚はまぁいいとしてコンちゃんマジむかつく。
それにしてもすずめの丸焼きか。京都あたりで食べたのをよく覚えている。切り分けられてそうと分からないような串焼きで出てくるのかと思ったら、なんと羽をむしってそのまま串に刺したすずめが出て来たもんだから驚いた。タレの香ばしい香りが鼻をくすぐるのだが、見た目に慣れなくて全部誾に譲ったやつだ。
この辺では見た事はないが、誾の事だから自力で捕まえてしまうに違いない。なんせ気に入りすぎて、どこでも食べられるようにタレを分けてもらってしまっているからな。
あれはちょっと勘弁してほしい。何か代替物はないだろうか。あ、いいところにナマズがいるじゃないか。それも大漁ときたもんだ。ちょうどナマズで昼飯をするというので無理を言ってご一緒させてもらう事に。代わりにコンちゃんのありがたーい説法を聞かせて欲しいと言う事でコンちゃんが大活躍。
最初はすずめが食べたいとごねていた誾もおいしそうにナマズを食ってやるだけで、よだれがたらり。腹の虫も鳴きだしてようやく席についた。
富士五湖。
富士の周辺にある五つの湖。姿形は様々だが。湖とその周辺に成る季節の木々の映り変わりに誰もが酔いしれるという。そして、富士五湖には特別な条件でのみ現れるもう一つの湖がある。赤池と呼ばれる直径五十センチ程の湖。
大雨が降った後、蒸発せずそのまま水が残った時にだけみられる幻の湖。それが今、足元に姿を現していた。どうやら先の地震で地下水が漏れ出し、奇跡的に形を整えている。
「大雨でできた富士六湖の赤池はただの水たまりなんだけど、地獄の鬼達が起こした地震でできた赤池は浄土へ繋がってるんだよね」
「それはわかった。ならなんで先に言わなかったんだ」
「あれ、言ってなかったっけ。オレチャンも喜媚ちゃんも飛べないし、富士の頂上まで行くのめんどいから四股踏んでもらったって」
「聞いてねぇ!」
こいつめんどくせぇ!
まぁいいんだけどさ。手軽に目的地につけるならなんでもいいんだけどさ。俺ももっと楽に行ける方法はないのかとか、四股を踏んだ理由は景気づけ以外にも理由があるのかとか、聞いてないし。そもそもそんなの聞くわけねぇだろ。その先があるとは思ってないんだからさ。
終わった事をぐちぐち言っても仕方がない。三人が浄土へ行けるよう、神社の神主が大幣をふるうように、二人の正面に立って刀を軽くふるい誾と胡喜媚の魔を払う。
「そしてお前の首を落とす。感謝しろよ浄土へ連れてってやるからな」
「待ってごめん! これから真面目になるから許して!」
真っ白な空間。音も色もなく温度も感じない。
ここが浄土。むっちゃんのいる世界。
心臓がどきどきして止まらない。あの日どうして突き飛ばされたのか。その真実が知りたくて、でも真実なんて知りたくなくて、怖くて怖くて勇気がでなくて何百年もの時が過ぎた。大好きだった友達に突然地獄へ突き飛ばされたあの日から、失意と絶望の日々が続く。
ぽっかりと空いた地上への穴は暗く閉ざされ、飛べないあたちは自力で地上へ戻る事はできなかった。
なぜ。どうして。
それだけが心の中で木霊して、答えのない自問自答を繰り返す。そんなあたちを見かねて閻魔様が手を差し伸べた。
「歌と楽器を演奏するのが大好きなんだってね。ここで地下アイドルをやってみない?」
音楽。
その一筋の希望にも似た響きが、楽しかったむっちゃんとの思い出を思い起こさせる。絶望を忘れたいがために一心不乱に音楽に打ち込んだ。閻魔様が持ち込んだ楽器はどれも見た事のない異国の物ばかりだけど、使ってみるとその性質は手に取るようにわかる。
ギターを持ってバラードを歌った。心の叫びをそのまま歌詞に、むっちゃんへの想いを音に乗せる。
最初は誰も気に留めなかった。亡者はただ鬼の言われるがままに刑に服する。鬼はただ淡々と仕事をこなした。観客のいないワンマンライブ。
それでも次第に感情を忘れた亡者が目の前で立ち止まる姿が目に映る。鬼も手を止めて見入ってる表情を幾度か見た。
「それはね、君の歌に感情が、魂が、血が通っているからだよ」
閻魔様はそう言っていつも頭をなでてくれる。嬉しかった。誰かに認められるのが心の底から嬉しかったんだ。それから何十年。何百年と歌い続けた。悲しい過去を忘れる為に。
ある日、転機が訪れる。可哀相にまだ十歳くらいだろうか、赤い髪の女の子が現れて言ったんだ。
「ねぇその、よかったらわたしも一緒にお歌をうたいたいな」
嬉しかった。同じ喜びを共有できる仲間ができた。
それからは二人で歌って、三人になって、今では五人になった。音楽の幅も広がって伝えられる感情も増えていく。感情は伝播して鬼も亡者もパーリーピーポー。地獄は年中お祭り騒ぎ。
年末年始の打ち上げでほろ酔いの麗子が軽いノリでみんなに言った言葉を覚えている。
「なんでみんな音楽やろうと思ったんだ。ちなみにあたいは死んでも楽しい事できるんだって思ったから。成仏するのはそれが飽きてからって決めてんだ」
「私は体が弱くて家の中で過ごしてばかりでした。外の世界を知らぬうちに病で死んでしまい後悔しかありませんでした。でも二人を見てとても楽しそうで、誰かと繋がる事を望んでいた私にはとても眩しく感じました。だから楽器を手に取ったのです」
「私は三人がキラキラしてて、どうせ成仏するならキラキラしたいって思ったの」
「わたしは、生前好きな男の子がいたんです」
「「「なんと!」」」
赤面必死のガールズトークを横目に彼女の言葉を自分の姿に重ねた。
朱美は伝えられなかった想いを音楽に乗せて伝えたい。最期が突然に訪れてちゃんと彼に言えなかった言葉を胸の内から解き放ちたい。わたしはここで元気でいるよって、届かないかもしれないけれど叫びたい。そうつぶやいた。
だから、あたちも、届けたい。しっかりと自分の言葉で!
むっちゃんにどれだけ恨まれていても憎まれていても構わない。あたちの心の叫びを大切な友達に伝えるんだ。
ありがとうって、抱きしめるんだ。